86.聖女の光
感情むき出しのベアティの視線にさらされ、私は唇を緩めた。
これからどうなるのだろうと若干の怖さはあるけれど、求めていたベアティの感情が自分に向けられていること、何よりもそばにいる安堵のほうが勝る。
――ああ、帰ってきた。
一生とか重すぎる言葉をさらりと吐いているが、それはきっと本音でありそうするためにこれからもいろいろ仕込んでくるのだろう。
この重さも込みなのがベアティで、出会った頃から変わらなくて、積み重ねた日々がこれからも変わらないという妙な安心感さえ覚える。
多少、いや、かなり重いかもしれないけれど、その気持ちがほかの誰でもなく自分に向けられていることが嬉しい。
好きだと気づいてから、一度離れてつらかったからこそ、当たり前にあった温もりが尊かった。重くてもそばにいてくれるだけでいい。
「それでスタレット侯爵はどうなったのでしょうか?」
個人的にベアティには聞きたいことはたくさんあるが、今は現状把握が優先だ。
私たちを苦しめた元凶がどのような状態なのか、期待と不安を胸にランハートに訊ねた。
「ああ。スキルも使用できないよう拘束している。さっき話したように証拠が出て言い逃れができない状態だからな。王族にしたことへの罪状もあるし、極刑は免れないだろう」
国王の精神支配の件も清算されるようだ。
なかなか証拠が掴めず皆が歯がゆい思いをしてきたが、マリアンヌと対峙している時に王族も勝負に出ていたようだ。
国王を支配しようとした、ベアティの人生を狂わせようとした、シリルたち獣人を無理やり奴隷に落として好きに扱った諸悪の根源。
マリアンヌを成敗できてもスタレット侯爵がいることで脅威を警戒してきたが、ここにきて怒濤の決着がつけられた。
「そんなっ。お父様が……。これまで私たちがどれほどこの国に貢献してきたと――」
マリアンヌが叫ぶと、ランハートが珍しく声を荒げた。
「黙れ! 何が貢献だ。ああ、腐った根をあちこちに張り巡らせ負の財産という名の貢献はあるか。まだまだその根を引っこ抜くのにも再生するのにも時間はかかるだろうが、今回の件を乗り越えた暁には我々は一段と強くなるだろう」
「そんな……。お父様がそんなことを? 何かの間違いよ。私たちはよき未来のために動いてきたのに……」
ひっく、ひっくと泣き始め縋るように男性陣を見つめるマリアンヌを、ランハートは冷めた眼差しで見下ろす。
「都合が悪くなると泣き落としとはいい神経をしているな。地下に打ち捨てられた遺体の山を見た。今までお前たちが使い捨ててきた者たちの訴えや涙を汲んでやったことはあるのか?」
ランハートの言葉に周囲がざわりとし、誰もが厳しい視線を向けた。
拉致監禁とかなりあくどいことをしていたらしい。
シリルの両親はお気に入りであったため、身体的な問題はなかったが侯爵家の地下ではかなりひどいことが行われていたようだ。
ベアティたちを見つけた時のことを思い出していると、そこでランハートが私を見た。
「この度のことはエレナの功績が大きい。改めて感謝する」
「私ですか? 頭を上げてください」
深々とこの国の王子に頭を下げられ、人の目もあるのにと慌てて私はそれを止める。
案の定、その姿に周囲がまたざわつきだし、視線が私へと向く。
「ああ。我々が侯爵たちを追い詰めた時、多くの実力者が立ちはだかり邪魔をしてきたが、光が降り注ぐと同時に彼らは意識を失った。おそらく倒れた者たちは侯爵の支配魔法を受けていた者たちだろう。外で確認したら、この教会が光っていたからエレナの力なんだろう?」
「光――、あっ」
この場の者のすべての治癒とともに、マリアンヌに、スタレット侯爵に歪められたものを正常に戻すように願ったのだ。
常に憤りはあったため、自然とこの場にいないスタレット侯爵まで思い浮かべていたが、それが功を奏したようだ。
「やはり覚えがあるようだな。エレナのスキルのおかげでこちらに大きな怪我人も出ずスタレット侯爵を拘束することができ、解き放たれて混乱している場の制圧を行っている。これまでも救った者たちの今後を支援し、この国の滅びを止めてくれた子爵家には感謝している。国王からも感謝の意を預かっている」
「国王陛下が……」
大事になってきたと目を見張ると、次々と周囲から称える声が上がる。
「やはり聖女様だ」
「聖女の光だ」
「エレナ様、万歳!」
「君たちの功績は大々的に掲示しなければな。我らの聖女様」
そう言うと、ランハートはわずかに口の端を上げた。
感謝の気持ちもあるのだろうが、ここであのような言動を取ったのは私たちをこの国から逃さないためだろう。
やはり王族。侮れなさに身が引き締まるとともに、自ら動き民の前で頭を下げる姿に、まだまだこの国も捨てたものじゃないと思えた。
国からの離脱もありだと思っていたが、巨悪の根源が離脱したのならまだこの国で頑張るのもいいのじゃないか。
「とにかくエレナが心配なのと状況報告を兼ねてこちらに向かったが、ここは我々がすることはもうないな。彼女を連れていけ」
「ああ……」
マリアンヌが崩れ落ち、引きずられていく。
頼りの父も捕まり誰も味方がいないこと、容赦のない視線にさらされ叫ぶ気力もないようだ。
こうしてこの日、スタレット家は終わりを迎えた。
それととともに教会から放たれた光は遠く離れた他国からも観察され、聖女が生まれた日として歴史に残ることになった。




