表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険の書は図書館から〜本を喰らう少女〜  作者: picono
第2章 〜夜の囁きとカラス〜
9/14

思考と記憶との邂逅

 「――ようやく、読まれた」


 胸の内側で声が響く。

 アリアは反射的に本を胸に抱きしめた。鼓動が革表紙を微かに震わせる。喉が乾き、唾を飲み込む音だけがやけに大きく思えた。

 

 アリアの柔らかな双丘に抱かれる本の気配が揺れた。

 本の影から、黒い羽がふわりと舞い上がった。

 闇に紛れていたそれは、月明かりを受けると瞬く間に形を結ぶ。

 少年だった。黒髪に夜を宿したような瞳の少年は軽やかに棚の縁へ降り立つ。


「遅い」

 短く、からかうように言って、少年はアリアを見上げる。

 その声は、先ほどの囁きではない。もっと乾いて、芯がある。


「あなた……誰?」

「名が要るなら“フギン”でいい。そう呼ばれていた。」

 少年は肩をすくめると、もう片方の棚の影を顎で示した。

「――で、そっちは?」


 白い羽が一枚、静かに降りた。

 黒とは対照的に、淡い光を帯びた羽は床に触れる前にほどけ、少女の姿をとった。

 白銀の髪を肩で結い、透き通るような瞳でこちらを覗き込む。

「ムニン。そう呼んでください。」

 少女は小さく会釈し、囁くように続ける。

「驚かせてしまってごめんなさい。助けを求めたのは、わたし」


 アリアは言葉を失っていた。

 目の前に漆黒の髪の少年と銀白の髪の少女が突如として現れた。

 まるで物語そのものの存在が呼吸している。

 作者の思いのもと、様々な空想をすることはあっても、それは現実には存在しない。

 けれど、今は、目の前にそれが存在する。

 指先が熱くなる。紙をめくるときの、あの確かな手触りに似た熱だ。


 「あ、あなたたちは……何者?」

 何とか声を振り絞って問いかける。。


 「俺はフギン。と言ったはずだ。」

 少女が柔らかな声で続ける。「私はムニンですよ。」

 本気とも冗談ともつかぬ答えが返ってくる。


 「……新人の、司書ですか。」

 大図書館の司書の顔を全員覚えているアリアは、違うと分かっていながらも、一応尋ねる。

 

 ムニンと名乗った少女は首を横に振った。

 「違うわ。どちらかと言うと読まれる方というか、記録というか。」

 「読まれる?、記録?あの、それって、どう言う…」

  アリアが色々と聞こうとする前に、ムニンは白い指を唇に当てて微笑んだ。

 「私たちは“読む者”を探して、ずっと旅をしていた。この無題の本こそ、わたしたち自身。ずっと 読める人を探して旅していたの。」


 「本?、読める人……?」


 フギンの冷たく刃のような瞳がアリアが抱く無題の本に落ちる。

 「君は白紙の奥の声を聞いた。それは普通の人にはできない。この国の司書は、多くが優秀だが、 白紙の向こうの声を聴ける者は稀だ。」


 「あなたは読んだ。白紙の奥に、声を見たでしょう?」

 温かな瞳のムニンが続ける。


 アリアは手の中の本を見下ろした。

 さっき開いたページは全て空白だった。

 けれど、さっき確かに、黒が生まれては消えるのを見た。

 目の前にいる2人からは、確かにいつも本を読んだ時に感じる思いがある。

 

 この世界には、目には見えないが、確かに精霊が存在するとされ、それを体系付けた魔術もある。

 2人はそんな存在なのかもしれない。


「あなたは……私に、何をさせたいの?」

 アリアの問いかける声は乾き、喉の奥でかすれた。


 フギンと名乗った少年が、影のような一歩を踏み出す。羽音はしないのに、空気が揺れて石床がひやりときしんだ気がした。

「さっきも言ったが、俺達は探していた。書かれぬままの本に触れ、その向こうを読める者を。」


 アリアは思わず本を抱きしめた。表紙から伝わる熱が、制服越しに胸元へと広がっていく。

「わたしは……ただ、本が好きなだけで……」


「好きだからこそ、聞こえるのだ」フギンが言葉を重ねる。「書き手の迷い、嘘、真実――紙に刻まれたそのすべてを。お前はこれから思考しなければならないい。」


 「ねえ、お願い。」

 ムニンは、ただ真っ直ぐアリアを見つめて、続ける。

 「私たちを助けて。このままだと私たちの存在が消える。全ての記憶が途切れる。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ