知の都を歩む
アリアが外に出ると通りはすでに活気で満ちていた。
石畳を馬車ががたごとと進み、露店では朝から焼き栗の香りと甘い果物の匂いが混ざり合って漂う。
香辛料の派手な色が布袋の口からあふれ、吟遊詩人が広場の片隅で小曲を奏で、学生たちが外套を翻して議論しながら通り過ぎる。
ここは学問都市ナルセア――王国の知が集まる、世界の心臓。
「アリアちゃん」
呼び止めたのは、パン屋の常連の老婦人だった。腕にはいつものパンの袋を入れるかごを下げていた。
「今日も図書館かい」
「えぇ。だって、私は図書館勤の司書ですよ。パン屋は父と母の手伝いでやってるだけ。」
「働き者だこと。図書館で働くアリアちゃんもいいけど、おばあちゃんはアリアちゃんの考えたパンも好きよ。パン屋の娘が倒れたら、この町の朝ごはんが困るわよ。」
「ふふ、朝ごはんの運命は父と母が守ってくれます。わたしは、図書館の本たちを守りますから」
老婦人は目尻を下げた。
「いい子だねえ。アリアちゃんの本の話は、聞いてるとこっちまで賢くなった気がするからね。」
「そんな……わたし、話し出すと止まらなくて」
「それがいいのさ。好きなものがある人は強いからね。今度また、図書館へも顔を出すからお勧めの本をまた選んでね。」
アリアは老婦人に別れを告げて歩き出す。
そして、石畳の上を歩きながら、ふと考える。
――守りたいもの。パンの匂い、朝の挨拶、街のざわめき。わたしの日常。みんなの日常。
「ちょっと欲張りかな。」
誰に言うでもなく、アリアが呟いた。
坂を上がると、灰白色の巨大な建物ーーナルセア大図書館ーーが見えてきた。
その高いアーチ窓は、朝の光を受けて更に輝きを放つ。
大図書館の前を行き来する人々も、自然と背筋が伸びる感覚を覚える。
アリアも反射した光を浴びながら、職員である司書用の出入口へと向かう。
司書用の出入口も大図書館の正面玄関ほどではないにせよ、一般的な公共施設の正面玄関に比べ、立派な造りとなっている。
それだけ、この国において司書が重要な仕事であることが分かる。
アリアも司書用の出入口の前に立つと、心がすっと澄んでいくのが分かる。
ーー今日も本に触れながら、1日を頑張りますか。
アリアはそんなことを考えながら、大きく壮厳な扉に手を触れた。




