パン屋の娘
朝の光が薄いカーテンを透かして差し込んでくる。
パン屋の二階、アリアの部屋は――本で満ちていた。
机の上、棚の隙間、床の端、寝台の下に至るまで背表紙がぎっしりと並び、紙とインクの匂いが甘く漂う。
さながら小さな図書館だ。
「……んん……」
布団の中で、アリアがひとしきり身じろぎをしてから身を起こすと、ふう、と長い息を吐き、背伸びをする。
白い寝間着の肩口が少しずれ落ち、柔らかな肌が朝の光に照らされた。
天井に向けて高く伸ばした腕は、すらりとした少女らしい細さと、パン屋の手伝いで鍛えられた健康的な張りとが、同時にそこにあった。
アリアが寝ぼけた瞳を瞬かせながら窓を開けると、川面を渡る風がカーテンを膨らませ、薄い布越しに冷たい空気が肌を撫でていき、金の髪が肩から背にさらさらと流れ落ちて行く。
「……ふあぁ……気持ちいい」
川からの吹き込まれる風で、積まれた本のページもぱらぱらと揺れ、朝の光を反射する。
紙の擦れる小さな音が本からの挨拶のように聞こえて、アリアは思わず微笑んだ――ここは、わたしのいちばん好きな場所。
「おはよう、アリア!そんな冷たい風に当たっていたら風邪を引くわよ!」
アリアを起こしにきた母のマリアが、窓の方をチラリと見ながら、声を掛けてきた。
「えー……でも気持ちいいのに」
口を尖らせながらも、アリアは渋々窓を閉める。
母が部屋から出て行くとアリアは寝間着を脱いで、司書の制服に袖を通す。
襟を整え、ベルトをきゅっと締めると背すじが自然に伸びた。
鏡の中の深い碧眼は年齢以上の凛とした光を宿す。
「よし」小さく呟き、髪を整えると、彼女は今日の一日へと足を踏み出した。




