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第1話 11歳 夏

 天才の隣に立つという行為が、凡人にとってどれほどの偉業か――想像できるだろうか。


 特別なことなど何もしていない。

 それなのに、勝手に集まる周囲の視線。


 称えるような眼差し。

 落胆の色を帯びた瞳。

 そして――嫉妬。


 妬み、嫌がらせ。

『なぜお前が隣にいるのか』と、無言で突きつけられる問い。


 それでもなお、あなたは隣に立ち続けられるだろうか。






 ⸻


 サイ・クロスフィールド。


 それが僕の名前だ。


 片田舎のパン屋に生まれ、両親の手伝いをしながら穏やかに過ごしてきた、ごく普通の少年。


 11歳の夏。


 あの夏の日を思い返すたび、胸の奥がじんと痛む。


 思えばここが、『僕たち』の人生の分岐点だったのかもしれない。


「サーイー! あーそーぼー!!」


 昼下がり。お昼ご飯後の心地よい眠気を破るように、外から元気な声が響く。

 母さんがノックもせず扉を開けた。


「ユノちゃんが来たわよ! 店を手伝わないなら外へ行ってきなさい!」


「……うん、今行くよ」


 部屋から出て、荷物をとってお客さんに挨拶をしながら家を出る。

 店の前には、声の主。


「あ、来た! おはようサイ!」


「うん、おはようユノ……」


 彼女の名前は、ユノ・ロックウェル。


 誰もが振り返る黄金の髪を腰まで伸ばし、純白のワンピースによく映えていた。スカーレット色の瞳をきらきらと輝かせる。


 近くに住んでいた――ただそれだけの理由で仲良くなった、底抜けに元気な女の子。その手には釣り道具一式。釣りに行く気満々の格好だ。


「今日も釣り?」


「もちろん! 魚釣り対決、今日こそ勝たせてもらうわ!」


「うん……でも、魔法の練習は終わったの……?」


「もちろんよ! 私を誰だと思ってるの? 大人達に与えられた課題なんて、午前中にチョチョイって終わらせちゃうんだから!」


「……そっか、流石だね。じゃあ行こうか。あんまり店の前で話すとお客さんに迷惑だし」


「うん!」


 僕は荷物を受け取り、川へ向かって歩き出した。








 真夏の陽射しに、砂利道が白く輝く。

 鼻歌まじりで上機嫌なユノの横顔を横目に、僕はなるべく人とすれ違わないことを願っていた。


「あ、ちょっと迂回していきましょ」


「……うん」


 このまま進めば、ユノの家の前を通る道だ。


 遠目に見える彼女の家の前には、王都の『魔法協会』の人々が集まっていた。


「このままだと捕まっちゃうから」


「話、聞かなくていいの?」


「ママが対応してるからいいの。おべっかばかりで退屈だし……それから……」


「……?」


「ううん、なんでもない」


 ユノは口ごもり、先を歩き出す。


 魔法協会と彼女の家が何を話しているのか、僕は知らない。

 けれどきっと、ユノの夢を叶えるために大事なことなのだろう。


 彼女は魔法の天才だった。


 3歳にして習得困難な魔法を何個も使えるようになり、11歳の今では50種を超える魔法を操る。

 普通の人間なら、1年に1つ覚えられれば上出来とされるのに。


 さらに、彼女の魔力量は常人の何倍にも及ぶときた。


『将来は国一番の大魔導士になってやるわ!!』


 それが、ユノの口癖であり、夢だった。


 大魔導士は、魔法使いの中でもとてつもない偉業を成し遂げた者にのみ与えられる称号。


『魔法文明を築いた始祖』


『魔王を討伐した魔法使い』


『不老不死の魔法を発動させた魔女』


 歴史上、大魔導士の称号を得た者は、たった3人しかいない。


 僕から見れば、まさに雲の上の存在。

 それでも――ユノならきっと、なれると思っていた。


 僕とは、違って。

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