公爵令嬢たる私、逆ハーレムの可能性について真剣に考察いたしますわ
「私の名はチェリアージェ=マラスキーノ。マラスキーノ公爵家の令嬢ですわ」
「『令嬢』って自称するものじゃないような気が……」
「うるさいですわよ、チイトさん」
「これは失礼。で、お父上の秘書である私に何のご用で?」
「そうでしたわね。早速本題に入りましょう。王国宰相たるお父様の秘書であり、異世界からの来訪者であるあなたに、少々お知恵を拝借したいことがあるのです」
「私の知恵ですか。微力ではありますが……。で、どのような件ですか?」
「他でもありません。私の夢を叶えるにはどうすればよいか、一緒に考えていただきたいのです。私の夢――逆ハーレムの実げ……こら、話の途中で回れ右をするなんて失礼ではありませんこと!?」
「えー? いや私、男の人とお付き合いした経験も乏しいですし……。お役に立てないかと思いまして」
「そんなことはわかっています。あなたに聞きたいのは、殿方にモテる方法ではありません。それに関しては今更他人に聞く必要もありませんし」
「……ええ、随分おモテになると伺っておりますが」
「当然ですわ。だって私ですもの。私があなたに伺いたいのは、一妻多夫制を導入するにはどうすればいいか、という……こら、また回れ右をする!」
「すみません。帰っていいですか」
「まあまあ、チイト。面白そうな話じゃないフィアか。せっかくだから相談に乗ってあげるフィア」
「出たよ……。この世界の管理者たる叡智の女神ソフィア様の分身って、もしかして暇なの?」
「失礼フィアね。こう見えても忙しいフィア。けど、困っている人がいたら助けてあげるのが人の道というものフィア」
「さっき面白そうだからとか何とか……いえ、もういいです。で、一妻多夫制ですか。その逆の一夫多妻制ならよく聞きますけど」
「そうフィアね。チイトがいた世界の歴史を顧みても、多くの時代、地域でみられた風習フィア。キリスト教のガチガチの一夫一妻制のほうが例外的フィアね」
「あーそういうものなんだ」
「そういうものフィア。こちらの世界でも、身分の高い男性が複数の妻妾を抱えるのは珍しくないフィア」
「そうなんですか? って、そうか、フィアの姿は私にしか見えないし、声も聞こえないんだった。えー、かくかくしかじかで……」
「ええ、そうですわね。確かに複数の妻というのは珍しくありませんわ。私のお父様も、正妻であるお母様以外に側室が二人いますしね」
「なるほど。でも、何で逆の一妻多夫制はあんまり無いんだろ?」
「そりゃあ単純な問題フィア。そもそも、一夫一妻制を、一人の男が大勢の美女に囲まれてウハウハ、みたいなイメージで捉えるのは一面的すぎるフィア」
「『ウハウハ』とか死語……ああ、いえ、何でもないです。で? 男の人の願望、てか性欲垂れ流しじゃないのなら、どういう意味が?」
「何だか私怨がこもってるフィアね」
「べ、別に元彼に二股掛けられたことなんて無いから! 無いったら無いの!」
「あー、はいはい。話を進めるフィア。流産や死産の確率も乳幼児死亡率も高かった時代において、より確実に子孫を残すには、一人の男性が複数の女性に子を産ませるというのが合理的だった、ということフィアよ。逆に一人の女性が複数の男性を囲い込んでも、一度に産める子供の数に変わりはないフィアからね」
「なるほど、それはそうね」
「それに、男系の社会においては、誰が父親だかわからない子供を産まれても困る、ということもあるフィア」
「うーん、なるほどねぇ。あー、はいはい。説明しますよ、チェリアージェ様。かくかくしかじかで……」
「はあ。つまり、一妻多夫制は社会制度としては意味がないと?」
「一般的な人類の社会においては、そうフィアね」
「人類の?」
「おっ。チイト、なかなか鋭いフィアね。そう、人類以外だと事情が異なる、というケースもあり得るフィア。エルフの場合は、女系社会な上に、生殖能力が非常に低いということもあって、有力な氏族の娘が複数の婿を取る、という風習が見られるフィア」
「あー、この世界のエルフってそうなんだ」
「あと、人類の場合でも、他の並列世界だと、例が無いわけじゃないフィア。魔法を使える資質が『魔女』と呼ばれる女性だけに発現する世界で、力のある『魔女』が多くのヒモ……こほん、夫を持つ、という事例があるフィア」
「ははあ。そうなんだね。でも、この世界じゃ魔法は男女ともに使えるからなあ」
「まあ、魔法に限らず、女性が体格的にも知能的にも圧倒的に優位で、男性の務めは生殖だけ、みたいなのも、並列世界の中には存在するフィア」
「それって、もはや人類と呼べるの? チョウチンアンコウとかなんじゃ?」
「れっきとした人類の範疇フィア」
「そ、そうなんだ。……、えー、はいはい。かくかくしかじかで……」
「うーん、そんな特殊な事例を持ち出されても役に立ちませんわ。『私が』、逆ハーレムを築くための方法論をですね」
「と、言われましても……。ああ、そう言えば、元の世界の漫画で、女性の将軍が大勢の男性を大奥に囲い込む――つまり逆ハーレムを築く、っていう話があったっけ」
「あら、そうなんですのね。それはどのようにして?」
「ええっとたしか、疫病の蔓延で男性が極端に減って、富と権力を握る女性が男性を独占する、みたいな話だったはず……」
「ちょっ、冗談ではありませんわ。今の男女比のままで考えてくださいな」
「ですよねー。ああでも、あれってちょっと納得いかない気が……。ただでさえ少ない男性を権力者が独占なんてしたら、確実に一揆が起きるよね」
「まあ、そうフィアね。男性向けエロだと、むしろ男性の数が少ないので一夫多妻、みたいなのが多いフィア」
「そんな情報はいらん。まあ、とは言うものの、世界観もすごく緻密に練られていて、傑作であることは確かなんだけど」
「雑なフォローフィア」
「いや、本当だから!」
「あなたの世界のマンガとやらの話はもういいですわ。私が逆ハーレムを築ける方法を早く考えてくださいませんこと?」
「あー、そうですねえ。でも結局のところ、女性が複数の男性を侍らせていても周囲に文句を言わせないだけの絶対的な権力と、大勢の男性を養える経済力。この二つがあればなんとかなるのでは?」
「それなら、今でも十分持っていますけれど、もっともっと必要ということですかしら。わかりました。一層励むといたしましょう」
「……ひょっとして、私とんでもない怪物を世に送り出してしまったような気が……」
「別にチイトのせいじゃないと思うフィアよ」
「あのぅ、お取込み中失礼いたします……」
「あら、メイドのエリー、何かご用ですの?」
「はい、お嬢様。王太子殿下のご使者がお見えになっております」
「まあ! それを早くおっしゃい! すぐに参りますわ」
「行っちゃった。なんだかんだ言って、婚約者の王太子殿下とはラブラブなんだよねぇ。……他にも恋人がいるという点には目を瞑るとして」
「王太子の方にも何人か恋人がいるって話だしフィアね」
「カオスだなぁ」
おあとがよろしいようで。ちゃんちゃん♪
エカチェリーナ二世「そんなに難しく考える必要無くない?」