名誉ばかり求めるナルシストはコスプレ魔法で迎え撃て
攻めてきた魔王モールドラッグ部門のケイロン。応戦する水の精霊ガディ。彼の速さは地上生物の域を超えているため、クスリをやっていると指摘する。
店の前でのコメディバトルが続きますが。
「クスリ? はっはっは! 何のことやら」
「とぼけるな! 地上生物の速さの限界を超えてるだろ! クスリをキメてるとしか考えられねぇ! 何よりてめー、クスリくせーんだよ!」
距離をとったガディが指摘し睨み続けると……敵の顔色がスッと変わる。
「……さすが、水の精霊の血を引いているだけある」
彼の不気味な笑みに、ガディがは水の魔方陣を幾重にも張り巡らせ、戦闘態勢に入る。
「はっ、正直に言えばいいんだよ」
ケイロンはゆっくりと背中に手を伸ばし――取り付けた丸薬を、口に放り込んだ。
「ただ、私がとっているのは、怪しいクスリではありません」
足元から黒紫のオーラが吹き上がり、彼の脚は不気味に肥大していく。筋肉が波打つ。
「ああ、素晴らしい感覚です! これは、依存性なし・副作用なし、効果は抜群の筋力強化魔法剤――その名も、《ケイロン丸》。唯一の副作用は、自信家になることですかね」
……いやそのネーミング、大丈夫? 自信じゃどうしようもないこともあるんだぞ。
「そんなもんに頼るから、足元をすくわれるんだよ! ぬめれ、春野草! 早蕨水流!」
周囲の足元に、水がまるで蕨のように地面からにょろにょろ生えてきた。
〈ニョロ~ヌメ~ヌメェ〉
ーーなんか、ぬめ。
「そんなかわいらしい技で私が足を滑らせるとでも?」
また、後ろにーー。しかし不自然にまた砂ぼこりが上がる。
「くそっ! こんなちんけな店がなけりゃあ、大技出せるのによ!」
ちんけっていうな。
そのとき、飛び出してきたスコリィが魔法を使う
「見えたっす! 蜂蜜瓶の蓋結晶!」
「な、なんだこれは……!? 足が動かない!」
相手の足に薄黄色の結晶がまとわりつく。
〈ヌチャッベッタベチャーッ〉
作中一ともいえる気持ち悪い音が響く。
「スコリィ、こんな技も使えたのか!?」
「ピクシーが使える伝統魔法っす。可愛すぎるから使うのためらってたっす」
相手の足にまとわりつくハチミツ。
あんまりかわいくないけど……。ハチミツ瓶のふた、固まったら取れないよね。
「ともかくこれでお前の高速移動も終わりだな!」
「はっはっは! 甘いですね! ハチミツだけに! 私にはまだ《ドーピングの余地》があるんですよ!」
「うまいこといわれたっす! くやしいっす!」
珍しく俺に泣きつくスコリィ。
「……確かに今のは悔しいな。まだ若いんだ、次があるさ……」
俺たちのやり取りを意に介さず、ケイロンは背中に背負った丸薬を、次々と口の中に放り込みだした。
「私の自慢の足に勝てるかな?」
彼はその体を震わせーー巨大化した。……下半身だけ。
「あんなでかい足をからめとるハチミツなんて出せないっす」
「わかっている……。だけどあれはどう見ても……」
彼の下半身は巨大化しまるでコンテナのようになり……上半身がちょこんとついている状態。
「アンバランスすぎだろ!」
蹄の直径だけで、自動車のタイヤはあるだろう……。
その脚が突然、震えだした。
「魔人の貧乏ゆすり 《レッグシェイク》!」
〈ゴゴゴゴゴゴッ〉
――それは普通の揺れではなかった。周囲の空間が陽炎のように揺らぐ。
同時に強いめまいに襲われる。
「くそ、動けん!」
「目が回るっす……!」
思わず座り込んでしまう俺たち。
「狂え! 筋肉から湧き上がる湯気よ! くるくる狂汗馬 《トラック・ドラッグ・トランス》」
周囲を走り出したケイロンの足から湯気が上がる。――いや、あれは。
以前もみた、精神操作系の魔術……!?
「みんな――この煙を吸うな……!」
声を振り絞るも、次々と意識を失っていく仲間たち。
俺も、最後の力で這いながら、スラコロウを呼びに行こうとする。彼なら、解呪可能なはず。
だが――、立ちはだかる馬の巨脚。
「まずは不愉快なあなたからです」
――甘い、香り。さらに意識が遠のく。
持ち上げられる巨大な、自動車のタイヤのような巨大な蹄。
しかし、煙を吸った俺はピンチなのに、まるで夢での出来事のようにそれを眺めていた。それほど、意識がもうろうとしていた。
「くそ、こういうときにコーヒーがあれば……」
弱音をはいたそのときだった。
――「まったく、君たちは、その魅力的な魔力を、扱いきれていないね」
消えゆく意識のなか、聞き覚えのある声が聞こえた。
強い、風が吹く。
〈ビュオオオーーー!〉
「コスプレ魔法、|嵐が丘・少女の白帽子 《クリーン ウィンド イン ザ スカイ》」
〈シャラン!〉
軽やかに響く軽やかな金属音。
――俺たちは、空間ごと違う場所にいた。
**--**--**
少女――いや、魔女は、白いワンピースの姿で、風に煽られていた。
見渡す限りの草原と曇り空。強い風。
――嵐が来る。誰もがそう思う場面。
突風に、少女の白い帽子が風に飛ばされ、スカートを押さえる仕草。鉛色の空の中、白だけが輝いていた。
飛んで行った帽子。――それが空に届いたかのように、青空が広がっていく。
その光景に、俺たちの頭の濁りが晴れる。
少女の姿のまま、女優のような余裕をもって、俺たちに笑いかけた。
「もう、立てるはずだよ。さっさと終わらせて宴を始めようじゃないか」
**--**--**
気が付けば、元の場所に戻っていた。
よろめくケイロン。
「何が起こった……? こんな解呪方法、ありえない……! 空間全体を塗り替え解呪するなど……!」
再び筋肉を震えさせるケイロン。
「君の精神操作魔法は美しくないから、やめてくれたまえ」
「筋肉湯気の美しさをなめるな!」
「見解の不一致か。いいだろう、私の魔法で止めてみせよう。――放課後の夕暮れ・教室 《ラビリンス オブ オレンジデイズ》」
〈シャラン〉
その音が鳴った瞬間、魔女のコスプレ衣装がセーラー服になる。髪は両側に二つ結んだおさげ。
彼女のコスプレから発するセピア色の光と共に、景色が塗り替えられる。
気が付くと俺たちは、放課後と思われる木造の教室にいた……。
――ノスタルジックな夕焼け、木の机、聞こえる部活の声。
……いや、これ日本の学校じゃん!
そこにいたのは――
学ラン姿の若きケイロンと、手紙を差し出すケンタウロスの女学生だった。
ワルプルギスの昼が使うコスプレ魔法は、それをテーマにしたワンシーンを強制再生する魔法のようですが……。次回は本作品中最強で最低な創作魔法が出てきます……。
ルビは入らなくなってきたので、二重かっこで表現しています。
感想・コメントお待ちしております!
2025.8.15 主人公の一人称を俺にして、それに合わせて各所書き直しました!




