異世界で身近になくて最も困るものはコーヒー
衣装を配り終えたようですが……。
着替えた俺は、奥の部屋でそわそわしていた。
――俺の衣装は、スコットランドのキルト。タータンチェックのスカートだ。人生で初めてスカートなんてはいてしまった。
「あれだけ偉そうに言っておいて、お前が一番恥ずかしそうな表情しているな」
スラコロウに不平を言われる。
「あーあ! お前はいいよな。そんな恥ずかしい衣装を着なくて済むんだから」
「そもそも、お前らが“恥ずかしい”って概念に縛られすぎなんだよ」
「それは、……そうだけど」
確かに、人はとらわれているんだ。だから……スカートだって平気だ。
部屋の奥からのぞき込む。
店番をしているのはスコリィ。頭の両端をお団子にしてノリノリである。
「いらしゃませー! やすいアルよー!」
一番堂々としている。ていうかなんでその古典的な言い回し知ってるんだよ。
イゴラくんは……違和感がなさ過ぎてむしろ普段着のようである。ブータンの伝統衣装。
「店長さんできました! 特別なレンガパンです! 春の祭りと聞いたので、いろんなハーブを入れてみました!」
焼き立てパンをもってきたイゴラくんに見つかってしまった。
「お、いいね。これならたくさん売れるよ。祭りまで無理しないペースで焼いてくれるかな」
できるだけ平静を装って、イゴラくんに指示を出す。
「わかりました! あ、クタニさん、それ似合ってますね!」
楽しげに台所へ戻るイゴラくん。
……イケメンかよ。
恥ずかしがっているのも馬鹿らしくなって店の前に出ると、ちょうど工具店のマリーさんがきたところだった。大量の木材を抱えている。
「あら、久しぶりに見ると、……性別変えちゃったのかい?」
「いや違います! 祭りの衣装です!」
「あっはっは。冗談だよ。ここの広場で祭りがあるから、屋台の木材よろしくって手紙があったんだけど、そうなのかい?」
「祭りっていうか、ただのコスプレした奴らの集まりですよ。焚火を囲んで飲み食いするだけです」
「へえ。そりゃ面白そうだね。わたしも参加しようか?」
「コスプレしてから来てくださいね。日が沈んだら開始です。あ、夕食はうちで買ってくださいね!」
「ちょっとは商売上手になったみたいだね。じゃあ、うちの旦那と来てみるよ」
マリーさんは笑顔で丘を下って行った。
**
にしても、眠い。ここ連日、無理した上に酒まで飲んで、眠いことこの上ない。
木材で簡単な屋台を組み立てた俺は、店の前のベンチでうとうとしていた。
――コーヒーが飲みたい。
そう、一番身近になくて困るもの、それはコーヒー。
「コーヒーが飲みたいコーヒーが飲みたいコーヒーが飲みたい……!」
早口で繰り返す。耳のいいスコリィがカウンターの奥からあきれ声を出す。
「てんちょーが壊れたっす……!」
「スコリィ、コーヒー買ってきて」
「んなもんは都会にしかないっすよ……あ、でも漢方茶ならあるっす」
「漢方茶があって、コーヒーがない世界なんて……。日本って恵まれていたんだなぁ」
コーヒーが気軽に飲める。転生前の世界、日本の数少ない良いところだ。
「オイラの魔法でも眠気までは取れないからなぁ」
解呪魔法が使えるスラコロウが言う。
「いや、この際、眠気なんてどうでもいい。コーヒーさえ飲めれば眠ってしまっていい」
「てんちょー、もう自分の言葉が支離滅裂なことに気が付いてないっすね……」
そのとき、地面を削るような音とともに、何者かが華麗にスライディングしてきた。
〈ザザーッ!〉
砂埃がおさまったあと、俺の横に白衣を着たイケメンが立っていた。
「眠気覚ましを、お探しですか?」
金髪ヘアーに整った髭、グレーの瞳。それは白衣をきた、――ケイロンだった。
突然現れたケイロン。コーヒーを持っている様子はない……。
感想・コメントお待ちしております!
2025.8.15 主人公の一人称を俺にして、それに合わせて各所書き直しました!




