ワルプルギスの夜、小さなドラゴンとささやかな前前夜祭
素材探しにいくフォレストミニドラゴンのペッカと主人公……。
夜に入り、俺たちは、明るい森を通っていた。
「おいペッカ、魔法灯……、明るすぎじゃないか?」
「けちけちするな。魔力を充電しているのは俺様だろ」
ペッカは相変わらずミニサイズになって頭の上に乗っている。
「だいたい俺が最初に入ったときは、そんなに明るくなかったけど」
「ふん、お前がいないときは森の奥は明るく照らし出されていたんだぞ」
知らなった……。
「まあ、ペッカがいればすぐに集め終わるだろ。庭みたいなものなんだろ?」
「それはそうだが、こんなものが本当に薬になるのか?」
描かれていたのは、木の皮や根っこ、キノコ、湧き水からきれいな石まで。
「ルルドナの入浴剤にするつもりだよ」
「魔女の考えていることはわからん」
**
ペッカの案内で順調に材料を集めていく。
「あとはキノコか……」
「キノコの生えている場所までわからんぞ。まあちょっと湿った場所に行ってみるか」
「そうだな、……ってあれ?」
俺らが足を向けた先、明らかにライトアップされたキノコの群生地があった。
「おい不用意に近づくな。明らかに怪しいぞ」
「そりゃ俺だってわかるよ」
「っと思って、ここで立ち止まるのもお見通しだ!」
後ろからの声を聞いた俺は、思わずしゃがみこんだ。
〈ブンッ〉
頭の上すれすれを何かが通過する。
「い、今のをよけただと……!?」
俺の頭の上を通過したのは、ワシ型のモンスター。
そう、それは昼間の……、鳥使いの名のりすらできない野郎だった。
**
「ファルコナ・タカジョー。鳥モンスターを操り、どんな素材も集めるエキスパートだ」
めっちゃ早口である。さらに続ける。
「魔王モール4号店の新薬調査部隊さ! 昼間はなぜか帰ってしまったが、この森の素材は俺がいただく!」
「……! 魔王モールの……4号店!」
俺たちが前回いったのは3号店。っていうか魔王モールって何号店まで出しているんだっけ。
「なぜ俺様たちがここに来ることがわかった!」
「ふ、こちらもいま、その伝説のキノコを見つけたところさ」
「……そんなにすごいキノコなの?」
「……はい、今のなし! あれ、大したキノコじゃないよ!」
俺は思わず腕を出してツッコミする。
「おせーよ!」
「くだらん芝居に付き合わんぞ!」
〈ブオォォーン〉
ペッカがウッドドラゴンを召喚する。精巧なつくりの木で作られたドラゴンが召喚される。
――俺が戦ったときより、随分と小型だ。
「ほう! 完成度の高い加工召喚だな! だがこちらの本物の鳥のスピードにはかなわんだろう!」
四方からワシ型モンスターが攻撃してくる。
速い!
木製ドラゴンは防戦一方だ。
「速いな……! だがこちらは数で押し切らせてもらう!」
次々と小型の木製ドラゴンを召喚するペッカ。
「俺が操れる鳥の数に勝てるかな!?」
鳥モンスターがどこからともかく集まってくる。その姿は実に多彩で、フクロウ、コンドル、カラス、ツバメ、……ムクドリ、ヒヨドリ、スズメ……。
いやちょっと戦いに向いていない感じの鳥も交じってない……?
「にしても、……ちょ、多すぎ! 鳥とドラゴンのダンスパーティーかよ!」
もう数百匹の大乱戦になってしまった。
ていうかただお互いに飛び交っているだけ。
魔法灯で照らされたドラゴンと鳥モンスターが上空を行きかう。
まるで飛行戦闘機の戦いだ。
俺はペッカに耳打ちする。
「ペッカ! フクロウ型の奴だけ倒せるか? いや、動きを封じるだけでいい!」
「フクロウ……? お前、まさか……!?」
「ああ……! そのまさかさ!」
「くそっ、5秒だけだぞ!」
ペッカの周囲に魔法陣が展開される。
同時に、フクロウモンスターが多くのドラゴンに取り押さえられる。
「いまだ!」
その瞬間、すべての魔法灯が消える。ペッカが自分の魔法灯と、キノコの前に置いてあった魔法灯を消したのだ。
――そう、フクロウ以外の鳥は、夜目がきかない。
「おおおおー!」
「ふ、古典的な手段を……! 操っている人間を狙うのは定石! その対策をしていないと思うな!」
相手は短剣を構えたようだが、関係なかった。
「なっ!」
ファルコナーは、魔法灯を付け、驚愕した。
何せ目に映ったのは、――ハニワだったのだから。
**
ハニワの兜で思い切り頭突きして、相手を倒した。伸びきった相手を見下ろしながら言う。
「ま、暖かい季節だからここに置いていても風邪ひかないだろう」
俺のハニワの兜はオートで敵の攻撃を防ぐ効果があるからできる芸当だ。相手が剣の達人とかだったら防げないけど。
何より、明かりをつけたとたん、ツヤツヤのハニワが突然目の前に現れたら……誰だって混乱する。
「お前、ああいう戦い方はやめたほうがいいぞ」
「勝ったからいいじゃん。今までだってこのくらいギリギリで勝っていただろ?」
「そうじゃない……。まあ、ここで長々と説教するわけにもいかないな。キノコを採って帰るぞ」
不満そうなペッカに首をかしげながら、俺は最後の材料を採取し、店へと戻った。
**
「これでよし。あとは魔力が回復しやすいよう、月明りを当てればいい。明日にはある程度回復するだろう」
俺とペッカの材料を受け取った魔女ヒルデは、自前の薬とすりつぶしたり火を通したりして、ルルドナの入ったお椀の水に注いだ。不思議な光が彼女を包む。
「さて、飲もうか」
間髪おかずに、魔女が酒瓶を出す。
「え、祭りは明日では?」
「前前夜祭だ。それにこれは私が作った特性漢方酒。飲めば金運が上がるぞ」
どんな酒だよ。
「……怪しすぎます。そもそも何が入ってるんですか?」
「もちろん、健康にいいものばかりさ。魔山芋、魔銀杏、あとは……君たちがさっき取ってきた薬草」
「さっきのキノコ、入ってないでしょうね!?」
「魔霊芝かい? 入ってるけど?」
「やっぱりかーー!」
**
「飲みますー!」すっかり酒好きになったガディが手を挙げる。
「お前ら、楽しそうなことしているな! オイラも飲む!」
聞き慣れたコロコロ音とともに、スラコロウが転がってきた。
「ちょっと、全員飲むのはまずいって! 誰か一人は店番してないと」俺が声を上げる。
すると――。
「俺様が飲まないでやる」
へそを曲げたペッカがつぶやく。もしかすると、さっきの暗闇が怖かったのかもしれない。
それを聞いたヒルデは、おちょこで酒を飲みながら小さくつぶやく。
「おや、逆効果だったかな?」
「え? どういうことです?」
俺が聞き返すがヒルデはあいまいに笑うだけだった。
「いや、……なんでもない。さあ、酒の味の感想を聞かせてくれ」
ガディは口元をにやけさせながら、おちょこをくいっと傾けた。
「ふぅ……うん、やっぱり漢方っぽいです! 苦味がこう、じわじわと身体にきますね!」
「その“じわじわ”が効くんだ。時間差でくるの、快感だろう?」
「ガディに変なこと教えないでくださいよ」
俺は苦笑しながら、カウンターで小皿のつまみをつついているペッカを見た。
「ペッカは……本当に飲まない?」
「いま飲んだら負けた気がするからな」
「あーあ、へそ曲げモードか」
俺がぼそりとつぶやくと、ヒルデがまたニヤリと笑う。
「そうやって拗ねられるって、いい仲間を持ったようだね、今の家主は」
「そうですかね……?」
「君たちみたいに素直じゃない子が“気にしてる”って態度に出せるのは、居場所がある証拠さ」
その言葉に俺は、ふと魔王モールでのルルドナの無防備な寝顔を思い出した。
あれも、俺が無意識に“気を使わせすぎた”せいかもしれない。
俺は漢方酒をあおって伝説の魔女に尋ねる。
「……あの、師匠。俺がとっさに体当たりで戦ってしまうのって、かっこよく言えば自己犠牲的に戦ってしまうことって、そんなに悪いことでしょうか」
「……悪くはないよ。けど、それは“信頼できる仲間が近くにいる”ときだけにしておいたがいいね」
「仲間がいるときだけ……?」
「仲間を突き放し、孤独な場所で自分を削るのは……ただの搾取だよ」
うまく呑み込めなかったが、グサッと胸に刺さるその言葉。
「……やっぱり、師匠はレベルが違いますね」
俺がぼそりと漏らすと、ヒルデは苦笑して言った。
「そりゃあね、こっちは“精神に干渉する魔女”だから。人の心の歪みと献身はよく見える」
「はは……手強い師匠だ」
「当然だろう。弟子が無茶して潰れたら、……師匠の、沽券にかかわる」
ヒルデはそう言って、ぐいっと酒をあおる。 その顔がどこか、寂しさを含んでいるように見えた。
その瞬間、ペッカがぽつりとつぶやいた。
「……オレ様だって、強くなりたいんだぞ」
場が一瞬静まる。
「……」
そう、特にこの雑貨屋のメンバーは異常だ。スコリィやイゴラくんはともかく、神の子の魂を融合させたライムチャートちゃんに、四大元素精霊の娘のガディ、特別な解呪魔法が使えるスラコロウ。ドラゴンなのに弱いほうに分類されている。
「いつも“弱いドラゴン”って言われている気がする。いつか――誰よりも……」
「ペッカ……」
「……いや、忘れてくれ。誇り高きドラゴン族が何を言っているんだ……。いやいや、この際だ、言うぞクタニ、今の俺様ではお前の無茶な戦い方をフォローできない。あんな戦い方はもう、するな」
そう言って、ちょっとだけつまみをつまむペッカ。
スラコロウが転がっていき彼の背中をたたく。
俺は目をつむり、頭を下げ、言葉をかみしめる。
「ああ、わかった。精進する」
自分でも驚くほど優しい声が出た。
「……じゃあ今夜は、みんなで強くなりましょー! ね?」
天女の姿のガディがそう言って杯を掲げる。
「強くなるって、酒にか?」
スラコロウがにやにや笑って酒をすする。
「……おい、俺様にも一杯くれ」
俺は黙って移動し、ペッカの前に自慢の陶器を置き、酒を注ぐ。
「かんぱーい!!」
宴はまだ続く。
月明かりの下、小さな雑貨屋での、前前夜祭。
――小さな者たちが、それぞれの強さを探して歩き出した……、そんな夜だった。
伝説の魔女も目を細め、酒の入った杯の水面に移りこんだ月の踊りを見つめていた。
淡々としてましたが、ペッカも悩んでいたようです。
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2025.8.15 主人公の一人称を俺にして、それに合わせて各所書き直しました!




