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丘の上の雑貨屋と魔王モール  作者: 登石ゆのみ
第16章 魔女帰省編
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ワルプルギスの昼、降臨~帰ってきた魔女が魔女っ娘コスプレをしてた~

「じゃあ、私はもう寝ます」

〈スポンッ〉

 あっさりとレンガの帽子の中に引っ込むライムチャートちゃん。


 転がるレンガの塊を見つめてつぶやく。

「この子、引くときは早いんだよなあ……」


 レンガの塊を店内に運び込むとスラコロウが二階から飛び降りてきた。


「持ってきたぞ! この家にいた魔女の資料だ!」

 店の前に置いた休憩テーブルの上に分厚い封筒を置く。


「そんなに騒いでいるけどさ、魔女ってこの辺にはたくさんいるんじゃないの? 異世界の駄菓子屋とか薬屋にいるおばあさんってだいたい魔女じゃないの?」

 俺が雑な見解を言うと、ペッカが呆れて応じる。


「お前この世界の魔女をなんだと思っているのだ……。魔法の研究に障害を捧げ、その実力を認められた者が魔女と呼ばれているのだ」


「そんなマジな存在なの……?」

 国家錬金術師じゃん。

 驚いて固まっていると、スラコロウがさらに問い詰める。

「おう。それにしても……本当にお前、『ワルプルギスの昼』を知らないのか?」

 ……『ワルプルギスの夜』なら知ってるけど。ていうかお前らもうそろそろファンタジー好きから苦情が来るぞ。


「知らないな」

 正直に短く答える。昼ってなんだよ、おい。

 あきれた様子でスラコロウがその四角い体を弾ませながら説明してくれる。

「いいか……『ワルプルギスの夜』ってのはな、絶大な魔力を持っていて、春の日を祝う祭りに現れ、奇跡のような魔法を使うという……。何より恐ろしいのは、その魔法を食らったものは皆、記憶や精神そのものを変えられてしまう、って話だ」


 人の記憶や精神そのものを変えてしまう、魔法。

(そんなものあったら、それは、魔法ではなく呪いだ……!)


 思わずつばを飲む込む。

 俺が動けないでいると、からかう声が飛んできた。

「てんちょー、まともな精神に変えてもらえばいいっす」

「それいいですね!」

 スコリィとガディが意気投合してこちらを蔑むように見る。お前ら……。


 だけど、そのおかげで軽口をたたけるようになる。 

「前の住人がどういう存在かなんて関係ない。それに、ここはもう俺の家だ。帰ってくることもないだろうし……」


「それが、『ワルプルギスの昼』は毎年決まった日にここで祭りをするらしいんだ!」

「いやもう俺の土地なんだけど」

 借金返済したら、だけど。


「魔女がそんなこと気にするわけないだろ! で、とにかくその祭りの日が明日なんだ! すべてを無にすることだって可能な魔女だぞ! ともかくこれを見てくれ!」

「!!!」

 スラコロウがみせたその資料に、俺たちは驚愕した。


***

 ――魔女の資料、それは。

『魔女っ子メイド同人誌販路拡大計画』


 俺はめまいがして座り込んだ。

「う、嘘だろ……。こんなの……!」

「ああ、オイラも驚いた」


「驚きを通り越してあきれたよ……」

「そうですよね。魔法を使う女性を愚弄していますね……!」


「そこはドジっ子メイドだろう! 性質属性を二つ付けてうまくいくことなんて滅多にないぞ! 愚か者が!」

「……」

「てんちょー。あきれる方向がずれてるっす……」


「二兎を追うもの一兎も得ずだ! ガディなんて見てみろ! 悪魔と精霊を合体させて見た目が美しいのにいまいちキャラが安定していないだろ! 最強レベルの魔法が使えるのに父親にしか使っていないし、この店でも看板娘にくらいしかなっていない! 紺碧の目に青瑠璃の髪、それでいて漆黒の角に鋭い牙! もはや神の素敵ないたずら! なのに二重人格で丘の上の雑貨屋の看板娘!? ……あれ、改めて考えてみるとけっこういいな。ていうか最高じゃん! 神様ありがとう!!」

 俺が手を組んで天に掲げると、ガディが目の前にやってきた。圧を感じる。

「……店長さん、この店ごと洗い流して更地にしていいですか?」


「ちょっと、落ち着いてガディさん」


 俺は距離を置いてガディを説得しようとする。だが、圧が減らない。

「あの……! ええい! とにかく、性質属性二つは難しいんだよ! ぶれるんだよ!」


 その瞬間、背中にひんやりとした空気が走った。聞きなれない女性の、落ち着いた高い声が響いた。


「価値観変化の目まぐるしい現代において……『魔女っ子』はもはや属性じゃない。形容表現さ。考えてごらん。魔女っ子の帽子、衣装、ほうき……。何が思い浮かんだ? きっと皆が同じ衣装を想像したんじゃないか? ……そう! 今や魔女っ子は形容詞なのさ!」


 ――いつの間にか俺たちの後ろに、大きな黒い帽子をかぶった銀髪の少女がいた。


〈ガタンッ!〉

 俺は勢いよく立ち上がり、彼女の目を正面から見る。黒みがかった銀色に緑色の宝石を砕きいれたかのような瞳がまっすぐに見つめ返す。

 直感。

 迷わずに、スッと手を差し出した。

 俺の目を見た彼女も、迷わずにその手をつかんだ。


 ――それこそが、世界に変革をもたらす、握手。


「師匠と、お呼びしてよろしいですか」

「ああ。次の住人くん」

 ぐっと握った手は冷たく、だけど不思議と懐かしい温かみがあった。

「……」

 テーブルに座った仲間たちの、長い沈黙と視線。不思議な静寂が俺たちを包んだ。

 誰もが、この出会いがただの喜劇で終わらないことを、うっすらと悟っていた。


「また変態さんが一人増えました……」

 今や常識人になってしまったガディの大きな溜息は静かに宙に消えていった。


(※変化形は、魔女っ子かろう、魔女っ子った、魔女っ子い、魔女っ子いとき、魔女っ子ければ。となります。――嘘です。リアルでは絶対に言わないでください)


***

 改めて、魔女を座らせ店の前のテーブルで会話を続ける。


 謎の熱弁をふるったのは、銀髪をツインに結び、ウェーブをかけた髪を自慢げに揺らす少女だった。

 ――その名は更級・ヒルデガルティ。二つ名は『ワルプルギスの昼』。世界トップクラスの、魔女。


 絶大な魔力を秘め、精神をも変化させる、それどころか無をもたらす存在。


(更級って有名な古典文学にあったような……)


 ……そんなことはどうでもいい。問題はその姿。――魔女っ子メイド。

 魔女っ子帽子にメイド服、黒紫のプリーツスカート、大きめのこげ茶色の靴に、黒と白の縞タイツに大木の箒。腰には小さなハタキ。

 ――見事に、調和している。

 これが伝説の魔女、『ワルプルギスの昼』。

 

 いやそれはどうでもいい。この魔女は、もはや日本の伝統的衣装になりつつある『魔女っ子メイド』という属性の渋滞を見事に乗り越え、調和させた、歴史を一つ完成させた、偉大な存在。


「え、だって、帰ってくるのは明日……」スラコロウのめずらしく弱々しい声。


「当日移動? ありえないね。徹夜組なんだ。壁サーのでも絶対に手に入れたいタイプだ」

 ちょっと何言ってるかわからない。だが、熱いのはわかる。さすが師匠。


「あらゆる魔法を極め、漢方薬の研究にいそしんでいた私は気が付いたのさ。こもって研究しているだけじゃダメだ。研究結果を、広めよう。できれば派手に、コスプレして広めようって」

 ……天才ってあれと紙一重だよね。


「それは……うまくいったんですか?」


「うまくいったさ! 私の渾身の魔女っ子メイドコスプレ念写魔法写真十万枚が完売だよ! 技術の粋を集めて脳内のイメージを画像化する念写魔法を編み出した自分をほめたい!」

 目的変わってるじゃねーか。

 念写魔法ってなんだよ。脳内のイメージをそのまま画像化って……超画像生成AIか。


 改めて魔女っ子少女の姿を見る。とても魔法で(年齢を偽り)作られたとは思えない、その可憐な美しさ。

 ……念写魔法写真、一枚ください。


 ツッコミと要望を口にするのを我慢したそのとき、俺の頭上に暗い影が急降下してきた。


***

 頭上から急降下してきたのは――ワシ型の鳥モンスターだった。

 鋭い風と羽音とともに襲いかかるその影を、魔女の杖から発せられた銀の閃光がはじき返す。


 同時に、怪しい男が少し離れた位置にから大声を出す

「ここか! 魔王モール三号店新月バトルで優勝したやつらの家は!」


 ……俺の個人情報、どうなっているんだ。

 

 皆が身構えたとき、敵が名乗りを上げようとする。

 「私は鳥使いの……」


 言葉を遮り、魔女ヒルデが言い放つ。

「今! 重要な会議をしているんだ。帰ってくれないか」


 魔女がにらみつけたとたん、銀色の魔法陣が広がる。

 すると……敵はくるりと向きを変え、帰っていった。ワシも同時に飛び去る。


 それを見届けた魔女が自慢げに語りだす。


「驚いたかい? これは精神操作魔法。あらゆる生き物の意識を逸らし魔法さ……って、何してるんだい?」


「師匠! 朝販売のお惣菜を作らねばなりません! いったん失礼します!」俺は席を立つ。

「俺様も作る!」ペッカが続く。

「オイラも手伝うぞ!」スラコロウも。

「ワタクシも掃除を!」ガディも。

「アタシもレンガパンを仕入れてくるっす!」スコリィも。


 俺たちは店に戻り、それぞれの役割をこなし始めた。


***

「……久々に一人じゃない環境で使ったから忘れていた。精神操作の対象を選べないのがこの魔法の欠点だな」

 ふぅーっとつかれた魔女のため息は、これからの宴の期待に満ちていたのだった。

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