唐津焼の痺れと女神達との別れはビールの香り
「イエーイ! すきありいい!」
森から出てきた俺たちを襲ったのは、ストリーム・唐津だった。
〈ビュオオォォーー!〉
彼の風魔法が荒れ狂う。同時に手足が拘束される。
――これは、風の束縛魔法!
「なんじゃこのそよ風は」
しかし、本来の大きさに戻ったゴーレムのトゥッフじいさんにゲンコツをもらって一瞬で気絶した。
……ゴーレムに風魔法はきかないって学べよ。
だけど、少しは学んでいるようだった。スコリィが慌てる。
「この風、麻痺の呪いがかけられているっす!」
タナトスという強敵を倒したあとの俺たちは、なんと……。
――森の入り口で動けなくなった。
麻痺というより、石のように固まった感じだ。しゃべることはできるけど、体は動かない。
全員でじっと回復魔法の使えるデメテル様を見る。
「わたし、一晩中魔法でビール出してたから、解呪の魔法を使う魔力なんて残ってませんよ。あとはビールを数杯出す程度しか……」
テヘペロ、という表情をするデメテル様。
このビール狂の女神は近いうちに神の名をはく奪されるんじゃないだろうか。
その娘のペルセポネーちゃんも、母親の真似をしてテヘペロと舌を出す。……神の美貌でそれやらないでほしい。
だけどそこで気が付く。
「いや、待て待て。何当たり前みたいに言ってるんだ。俺たち動けないじゃん!」
「それはやばいっす! 貴重な朝のレンガパン時間がなくなるっす!」スコリィが妙に焦る。レンガパン時間ってなんだよ。
トゥッフ爺さんが落ち着いて対応する。
「……その呪いならしばらくすれば解ける。で、このふざけたやつはいったい何者じゃ?」
のびきったストリ-ム・唐津を軽々と摘まみ上げるトゥッフ爺さん。
「こいつの陶器の中に、タナトスが封じ込められていたんです。ともかく伝説の六古窯ではないですが、唐津焼の陶器を使った魔法が意外と強くて、……現に今も俺たちは動けませんね」
「なるほど。陶器魔法か」
……この異世界、陶器魔法ってそんなに強力なの?
***
「おいお前ら! オイラのこと忘れてただろ」
スラコロウが転がってくる。
同時に、俺らの周囲を青白い光が包み込み、麻痺がとけていく。このサイコロ状のスライムは、体が硬いことに悩んでいる魔法スライムで、貴重な解呪魔法が使える。
「あ、……いや忘れてなんかないよ。解呪ありがとう。スラコロウ」
「ふん、まあどっちでもいい。調べものもできたしな」
「調べもの?」
「ああ、ここの二階には大量の書物があるからな。ずっと奥でこもって読ませてもらっていた。夢中になっていて気が付いたら何日もたっていたんだけどな」
そう、この家は二階があるのだ。本しかないので、ほとんど行ってかなったけど。
スラコロウ、この店員で一番のインテリかもしれない。
「それで何か分かった? 体を柔らかくする方法とか」
「うん、それどころじゃないんだ……!」
スラコロウの焦った声に思わず真剣な表情になる。
「いったい、何が……!?」
「この家の住人、とんでもない奴だぞ! 前の住人は、なんとあの魔女のヒルデガルティ――『ワルプルギスの昼』だ!」
「なんだと!? あの『ワルプルギスの昼』だと!?」ペッカが大げさに声を上げる。
(……そこ、夜じゃないの!?)
驚くところに戸惑いつつ、俺は皆と口を開けるのだった。
***
工具店のマリーさんが言っていた。
『あの家には魔女みたいな人が住んでいた』と。
――住んでいたのは本当に魔女だったのだ。
家に戻った俺たちは、店舗の前に設置したテーブルの周りに集まっていた。スラコロウがこの家で見つけた資料を持ってくるという。
ゴーレムのトゥッフ爺さんはストリーム・唐津をつまんでコボルト警察署へ持って行った。
長い戦いを終えた後だけど、月魔法時計を見るとまだ6時過ぎだった。純白の朝日が登り始めている。
(……開店準備、朝のラッシュにまだ間に合うな)
朝日に目を細めつつ現実的なことを考えていると、突然ひときわ光が周囲を包む。それは朝靄を吹き飛ばすような、眩しい光だった。
デメテル様とペルセポネーちゃんが帰るようだ。
「じゃあ、私たち、帰りますね」
光に包まれる女神の母娘。
手には盆栽鉢が抱えられている。
森の入り口に打ち捨てられていた俺の陶器を拾って、磨いて渡したらいたく気に入ってくれた。今から返って盆栽をするのだろう。
「ライムチャートちゃん、大きくなったら遊びに来てねっ!」
「ペルセポネーちゃんも、いつでも遊びに来てください。絶対に、これが最後じゃないです」
小さな二人がハグをする。
……俺、こういうシーンに弱いんだよ。思わず涙ぐむ。娘の卒業式に立ち会った気分だ。
女子メンバーに見られないよう顔を上げると、デメテル様と目があった。
「ふふふっ、そうだ言い忘れていました、クタニさん。ルルドナさんをしっかり見てあげるように。あなたなら大丈夫でしょうけど」
(……え?)
俺が聞き返す間もなく、朝の光と同化するように二人の女神は消えていった。
蛍のように天に舞う光の残滓は、古代樹の小さな白い花びらを思い起させた。こうして、俺たちの奇跡のような体験は、透明な微風の中、静かに幕を閉じたのだった。
……ビールのにおいを漂わせながら。




