「花見でもしません?」――引きこもりが世界を変えることもあると女神は言った
苦悶に満ちたままパンになった死神に近寄って、つついたりして動かなくなったことを確認する。
そこかしこに、小さなハニワが散らばり、チョコチップのように焼きついている。
焼きたてのいいにおいが頭を混乱させる。
「これは……、売れないな」
死神骸骨のパン、ハニワ入り。…… どう考えても不気味すぎる。
「案外、売れるかもしれないですよ」
デメテル様に支えられながら、ライムチャートちゃんがよろよろと歩いてきた。
「骸骨パンとかいいかもしれないっすね。映えるかもっす」
「子どもにウケるかもしれないぞ、カルシウムたっぷりにすれば親も安心だ」
スコリィも寄ってくる。その背中に張り付いたペッカも。
お前らたくましいな。死神の骨ってカルシウム入ってるのか……?
そこにルルドナがふらふらとよってくる。
「あんたたち……、新商品はまかせるわ。私、今日はもう休ませてもらうわ……。クタニ、あとよろしく。割引シール貼っておいた惣菜は夜10時までよ……」
「ルルドナ!」
倒れこんできた彼女を、そっと受け止める。
(総菜、全部売れ残ったのか……? )
……次の瞬間、小さな姿へと変わり、スッと俺の胸ポケットに収まった。
(ルルドナ、体力が少なくなっている。やっぱり、調子が悪いのか)
どうにかフォローしなくてはならない。
何気なく、貫かれた胸のあたりを見てみたが、体も、服も治っていた。……奇跡魔法、すごいな。
デメテル様がそれを見て言う。
「ルルドナさん、サイズ変更までできるんですね」
興味深そうに胸ポケットの中に入ったルルドナを覗き込む。
「そうみたいですね。うちの店はルルドナのおかげでもってるんです」
「興味深い、ですね。あなたの周りには不思議な力が集まるんでしょうか」
デメテル様は、パンになったタナトスを見たり、他のメンバーを見たり、俺とその胸元を見たりして、面白そうに笑顔になる。
どちらにしても、一番不思議な魔法は、このパンにする魔法だ。
「にしてもライムチャートちゃん、これイゴラくんの魔法……だよな?」
タナトスをパンにした魔法。あれはイゴラくんが前回見せた魔法とよく似ている。かなり強力になっているが。
「さ最近、兄の中に引きこもっているときも、外の世界を認識できることがあるんです。戦いのときと、パン作りのときだけ」
ふだんのどもりのしゃべり方に戻りつつある。
「そりゃ大変だ。寝ている時まで意識があるなんて」
「ね、寝ているばかりってわけでは……。でも、わ、わたしの魔法は基本的に、還元して形を整える魔法しか使えないんですけど、あ、兄の魔法を参考にしてみました」
「さすが、私の子ですね。魔法センスがいい」
「そそそんなことは」
「あなたのおかげでみんなが助かったんですよ」
そこに、デメテル様の隣でうつむいているペルセポネーちゃんが視界に入る。
「もちろん、キミもすごかったよ。ありがとう」
ちびっこのペルセポネーちゃんにも、しゃがみこんでお礼を言う。
だが、あれだけ強気だったペルセポネーちゃんははうつむいたまま、何も言わない。
(……大丈夫、嫌われるのには慣れている)
笑顔で固まっていると、ぽつりと言葉を漏らすスーパーキッズ。
「ママにこの人変態だって教わったから……」
(おい、てめぇ)
思わずデメテル様を見ると、彼女は文字通り神の微笑みで返してきた。圧が、強い。
(……ハニワでいじめたこと、まだ怒ってらっしゃる?)
目をそらし、さりげなく話題を変える。
「……で、ライムチャートちゃんがデメテル様の子どもって、どういうことです?」
「神々の秘儀なので詳しいことは言えませんが、タナトスたちのせいで死にかけた娘ペルセポネーの魂を、同じく死にかけていたこの子の魂と融合させ救うことにしたんです」
「魂を、融合……?」
「はい。こちらのゴーレムの体はタナトスによって滅ぼされかけてましたから、急いで近しい存在にその魂を定着させたんです。それがイゴラくんです」
「魂の、定着……?」
俺はもうロボットのように聞き慣れない言葉を繰り返すしかなかった。
「まあ、ペルセポネーとライムチャートは、異なる世界の双子ってところですね」
なんだか話が壮大になってきたぞ……。
「ということは、ライムチャートちゃんって半分神様……?」
「いえ、そこまでは。ただ、神レベルの魔法が使えるだけで」
……それ、もう半分神様みたいなもんだろ。
「でも、どうして彼女に……?」
「それは、盆栽仲間だった彼女のおじいさんのおかげです。手紙を受け取っていたんです。それで私は神々の秘儀が使えるかもしれないと気が付きました――異なる世界で、同時に、命を落としかけている幼子がいる、と」
俺は理解するのをあきらめ、一つ学んだ。
――趣味友達って、大事なんだな……。
***
「……お、おかあさん……?」
ライムチャートちゃんが遠慮がちに声をかける。
デメテル様は笑顔で応じる。
「ふふふっ。そう呼んでもらえるのは光栄です。でもあなたにはたくさんの祝福を与えた親がいるんですよ」
「わ、私、き、記憶の片隅に、お。覚えています。ひ、光の中の……き、記憶」
戦闘の興奮が冷め、完全にどもった話し方になる彼女。
「それは素晴らしい……!」
デメテル様が、優しく微笑む。
「わ、私は……ずっと思っていました。じ、自分なんかが生きていていいのかって……。こ、こんな魔力を与えてもらったのに、ほとんど兄の中に引きこもって……」
「もちろん、いいんですよ」
デメテル様は、はっきりと、あたたかな声で言い切った。
「で、でも……、本当に、ずっと、外に出てなくて、よ、世の中のこと、何も知らないし。お兄ちゃんの中で、ず、ずっと本を読んでいただけで……」
……お兄ちゃんの中って本があるのか……? 詳しく聞きたかったがぐっとこらえる。
「ふふふ、いいんです。ぜんぶ、いいんです」
デメテル様の微笑みは、慈愛そのものだった。
彼女はライムチャートちゃんに近づいて、やわらかな口調で続ける。
「あなたのような存在が……、ほんの一歩、踏み出したとき、この硬直した世界に新しい風を吹き込んでくれるんですよ」
女神さまを見上げたライムチャートちゃんは、真顔のまま、――ぽろぽろと、涙をこぼし始めた。
「あれ……?」
自分でも信じられないように、手で涙をぬぐう少女。
だけど、涙は、止まらなかった。
――その瞬間。
古代樹がぼんやりと光りだした。
〈フォアアアアー〉
柔らかな光が、闇夜をほのかに照らし出す。
枯れていたはずの古代樹に、小さな、小さな花が、いくつも咲き始めた。
「ああ、やはり……」
デメテル様が、そっと目を細める。
「みなさん。どうです? 今日ここで――花見でもしませんか? 売れ残りの総菜で。ビールは私が用意しますよ」




