「お惣菜のつまみは最高でしたよ」――豊穣の女神と、死の底からの生還
「て、てんちょー!!」遠くに聞こえるスコリィの声。
「おいっ!!」ペッカの心配そうな声。
目が、かすむ。
(……ああもう、だから真剣なバトルって嫌なんだよ)
――血が、周囲の地面を濡らす。
(……ふざけて生きすぎたかな。でも……真剣に生きるには、俺の人生は重すぎる)
どうでもいい考えが頭をよぎるが、かすむ視界の中、敵の姿をにらみつける。
死神の鎌をもった、死を喜びの対象としている、タナトス。
こんな奴にだけは負けたくなかったのに。
「ははは! 目障りな奴が一人死んだな。死は最高だ! もっとも……お前みたいな汚れた魂は、こちらから願い下げだがな」
「……く、そ……っ」
奥歯を食いしばった、そのときだった。
――俺の胸元から、まばゆい光があふれ出した。
……柔らかな風が吹く。
冷たかった空気が、ほんのりと温もりを帯びていく。
まるで春の陽だまりに包まれたみたいに――心地よい、光。
ふと気づくと、俺の周囲には草が芽吹き、若木の枝がそっと伸びていた。
(ああ、ここでなら死んでいいかもしれない)
ぼんやりとした意識の中で美しい空間に俺は思う。
痛みが、スゥー、と引いていく。
胸の奥に、小さな、あたたかな灯が灯ったようだった。
そこに、現れたのは――。
陶器のような白い肌に、金髪の髪、……片手にはビールジョッキ。
「……まさか、その種を自分に使うとは。ほんと、あなたって……面白い方ですね」
優しく、微笑みながら、慈愛に満ちた声が耳に届く。
ああ、知ってる。
この声は――。
「……デメテル様!」スコリィの叫びに似た声が響く。
豊穣の女神、デメテル様が、目の前に立っていた。
「あなたのお惣菜、ビールのつまみとして……最高でしたよ」
まるで、昼下がりに商店街の惣菜をほめるみたいな、あたたかくて、どこかゆるい、その言葉をかけられ……。
――俺は、生き返った。
***
死にかけた俺の周囲に蔓植物が広がり、芽吹いていく。ポケットに入れていた、あの種から発生しているようだった。
春の芽吹きのような、あたたかくて瑞々しい新緑。
――淡く光を放ちながら、やがて静かに、消えていく。
その様子に見とれてしまう。気づけば、俺の傷は……すっかり癒えていた。
タナトスから余裕が消え、後ずさる。
「お、お前は……! オリンポス十二神の――デメテル!」
「あなたは、憎きハーデスの手下の、タナトスですね。下がりなさい。今引き下がるなら見逃してあげます」
デメテル様の放つオーラは、まさに神々しさそのものだった。
同じくギリシャ神話に登場する二人。タナトスは有名な邪神ではある。だが、オリンポス十二神には序列されていない。
堂々と序列されているデメテル様とは、格が――違う。
「いや……! お前に何ができる! 回復と補助魔法しか使えない能無しめ!」
タナトスが怒鳴り散らし、闇の巨大な球体を魔法で出現させ、巨大化させていく。
まったく動じないデメテル様は、静かに微笑んで相手を見据える。
「そうですね。能無しですよ」
余裕のままに、デメテル様はふわりと俺のそばを離れ――。
一瞬で、ライムチャートちゃんのもとへ。
「よく、頑張りましたね」
「あ、あなたは……?」
「ふふふ。あなたの『生みの親』の一人ですよ」
「……え?」
ぽかんとするライムチャートちゃん。
「大きくなりましたね。それに、神の力を一人で抑え込むなんて……大したものです」
デメテル様は、そっと手をかざす。
光がやさしくあふれ、魔力をすり減らしていたライムチャートちゃんの身体を包む。
こわばっていた彼女の表情が、ふっと、やわらかくほころんだ。
だがそのとき――。
「回復などさせるか! 闇球吸収!」
ひときわ巨大な闇の球が、唸りを上げて二人に迫る!
「……あ!」
思わず、といった感じでライムチャートちゃんが飛び出す。
小さな体で、デメテル様をかばうように。
……彼女らしくない、無謀な動きだった。
闇の塊が破裂し、黒い霧となって、二人に襲いかかる。
――しかし。
二人の前に小さな影が、空から舞い降り、光を放つ。
「光源輪廻!」
眩い光の弾丸が、円環を描きながら放たれる!
渦巻く闇がまるで、高速な何かに殴られるように消滅していく。
その衝撃で闇の煙が周囲に立ちこめる。
闇の煙が晴れたとき――。
小さな影の姿が明らかになる。
「ば、ばかな……! お前は……!」
その姿を見たタナトスの口から焦りに満ちた声が漏れる。
デメテル様とライムチャートちゃんを守るように立っていたのは、透き通る青い瞳に、輝く金色の髪をなびかせる天使のような少女。
ただ、その両手にあったのは、――あまりに場違いで、使い込まれた、真っ赤なボクシンググローブだった。




