死の神が待つ古代樹の森で対決、仲間の覚醒
タナトスとの決戦を決意した雑貨屋メンバー。
森へ向かうのは、俺、スコリィ、イゴラ、ペッカ。
ガディには店番と、眠っているルルドナのことを頼んでおいた。
今回は、店の配達はお休みにして、ペッカも連れてきた。
「俺様は暗くなったら帰るからな」
相変わらず暗いのが怖いようである。
森に入ると、すぐに問題が一つ解決した。
「これは、俺の作った盆栽……?」
森の入り口に打ち捨てられた盆栽があった。
近寄ってみてみると、盆栽はどす黒いオーラに覆われていた。
「盆栽の木が枯れている……」
まるで生気を吸収されたかのように。ペッカが俺の隣にきて分析する。
「枯れているのではない、死をもたらされたのだ。これも、タナトスの力だ」
イゴラくんが小刻みに震えている。
「この力、やっぱり、あのときの……」
隣でスコリィが心配そうに覗き込む。
「イゴラくん、調子悪そうっす……。ここは店長たちにまかせて帰ったほうがよくないっすか?」
「歩きながら話します。いきましょう」
ふらついて進む彼が、頼もしく、同時に一気に遠い存在に見えた。
**
「実は、昔はここでよく遊んでいて、古代樹は本当に身近な存在でした。先祖のお墓参りの帰りに、古代樹の広場でよく昼食のパンを食べていました。古代樹には昔から不思議な力があるって言い聞かされて、大事にするように言われていました。
あるとき、妹は原因不明の病にかかって寝たきりになりました。いや、妹だけじゃなくて、ほかのゴーレムたちもみんな病気に倒れました。ボクは何度も何度も古代樹にお祈りにいきました。だけど、病気は全然よくならず……。ある夜、妹は急に苦しみだして、……死んでしまったんです」
声のトーンが暗い。……あれ、でも妹って。
「そもそも、俺の一族は、ずっと放浪していたらしいです。ようやくこの土地に安住の地を見つけて、ほんの数百年前にすみ着いたそうです」
ほんのって、やはり時間感覚が違う。
「ともかく妹以外にもたくさんの仲間が死んでしまったんです。仲間はみんな死ぬ数日前に、黒いオーラにまとわれて、どんどん風化していってしまって……。花瓶の花もすぐに枯れて、お医者さんにも魔法医に見てもらっても、原因はわからない、当時の技術ではどうにもできないとのことでした。そのときの力がタナトスの力、だと思います」
道の脇に生えている木々を見ながらイゴラくんが言う。
いくつか、まるで生気を吸い取られたかのように枯れ木になってしまっている。黒いオーラのようなものがまとわりついている。
きっとタナトスが生気を奪い取っていったのだろう。
「ともかく、古代樹との古い思い出です。不思議なものを信じていたボクは重い病気にかかってしまった妹を、古代樹の力で、回復させようとしたんです。でもうまくいかなくて……。もう気にしてないんですけどね。もう本当に幼い時だったし」
これってもしかして。
「……え、えっと、イゴラくん、妹は何人?」
「一人ですけど。いや、一人だったんですけど」
「名前はライムチャート?」
「は、はいそうですけど。あれ、知ってたんですか? お店のほうで聞いたとか?」
……やっぱり。
俺たちは顔を見合わせる。みんなでうなずく。
――そう、俺たちは彼の妹、ライムチャートちゃんとは面識があるのだから。
店長として、俺が話し出すことにした。
「落ち着いて聞いてくれ。君の妹は、君の中で生きている……!」
「て、てんちょー、言い方。ややこしいっす……!」
本当は、妹の了承を得るべきなんだろうけど、あまりにイゴラくんが気に病んでいるので、話すことにした。
もしかしたら黒いオーラに影響を受けているのかもしれない。
俺たちは、妹が体を共有して、魔力が尽きたときに入れ替わっていること
「そ、そんな……。確かに昔からよく倒れて寝ていることが多かったですけど。ていうか俺の体ってどうなっているんですか?」
「異世界だからなんでもありなんじゃない?」
「そんなめちゃくちゃな……」
「でもそういう魔法があるんじゃないの?」
「そんなの、少なくとも一般魔法にはないですよ……」
イゴラくんがつぶやくと、スコリィが続けて言う。
「てんちょー、回復魔法とか、基本的に命を扱う魔法は、奇跡魔法に近いっす。回復促進魔法はあるっすけど」
この世界は何でもありの魔法がたくさんあるみたいだけど、多分俺がファンタジーモノとして知っているのが一般魔法だろう。……それで、回復魔法だけがほとんどない。
「奇跡魔法か……」
パンの焦げをなかったことにする奇跡はこの目で見たけど、いまいちありがたみがわからない。奇跡魔法っていってもどうせすごいけど使い道微妙な魔法があるだけだろう。
「……それでも、生きててくれるなら、それだけで、うれしいです」
ポロポロと涙をこぼすイゴラくん。
「ああ、……そうだな」
俺は死んでこっちにきたけど……。話の腰を折りそうでそれを言うのはやめておいた。
スコリィが俺を引っ張って、イゴラくんから少し距離を置いていう。
「と……、尊いっす尊いっす!」
「え? 泣いて……ちょ、首! 首締まってるから!!」
興奮のあまり首を締め上げられて死にかける。推し活女子こえーよ。
「だけど、ボクが寝込んでいるときに、妹が出てきていた、ということなんですよね……」
「俺らが知る限りではそうだな。ていうか両親にも隠してたっていうから、たぶん部屋の中で本を読んでいた程度だと思うけど」
「え、じゃあ俺の日記とかも読んで……?」
「ああ、絶対に読んでるな」
「それは間違いないっすね」
俺とスコリィが即答で答えると、イゴラくんは顔を手で覆って、もだえる。
「わああぁぁ。恥ずかしいなあ。変なこと書いてなかったよなあ」
……いやきみは絶対大丈夫だよ、少年。
俺とスコリィがほほえましく彼の様子を見ていると、ペッカが声を上げた。
**
「おい! 前を見ろ!」
黒いオーラの塊が俺らに向かって飛んでくる。まるで闇の電球のような。
ペッカの焦る声。
「よけろ! 絶対に触れるな!」
俺たちはそれぞれ別の方向によける。
ボゴォオォオオォォォン!
周囲の木々が黒いオーラに包まれ、枯れる。
地面まで、まるで風化したように黒い砂のようになっている。
「タナトスの力っす! 生命力を吸い取ってるっす!」
「土の生命力まで?」
黒く染まった地面を見る。
「そんなのわかんないっす!」
「とにかく、こちらに攻撃を仕掛けてくるということは、まだ古代樹の力を吸い取ることはできていないはずだ! 急ぐぞ!」
**
闇のオーラの弾は、切り開いた道をまっすぐに飛んでくる。
道幅は自動車一台ほど。見通しがよく、敵の軌道も読みやすい。
俺たちは小走りにずんずん進み、ついに古代樹の広場まできた。
「タナトス! もうやめろ!」
古代樹に向かって黒いオーラを放ち続ける存在に向かって俺は叫ぶ。
「やはり、貴様らか……」
**
「いいだろう。古代樹より先にお前らから先にわが死の力の糧にしてくれよう……」
その言葉のあと、空気が変わる。重く、湿った、まるで地下深くにもぐりこんだような空気。
やがて闇の球は形作り、青年の姿になった。その手には、死神の鎌のような武器を持っている。
「タナトスは確か、死神のモデルになった神だったな……」
青年の姿とは裏腹に、その声は老人のそれだった。
「転生者よ。不思議な呪具をもっているようだが、この姿の我にはきかんぞ」
「強がりはいつまで持つかな!」
俺は大量にリュックに入れてきたハニワのうち一体を投げつける。
「ふんっ」
死神の鎌で一刀両断される。
ぽとりと落ちるハニワ。
他のもいくつも投げてみるが、すべて切り落とされる。
「終わりか?」
死神の青年は勝ち誇ったように口の端をあげる。
「終わるのはそっちっすよ! パーライト・シザー!」
スコリィの呪文の声とともに、鋭い白い刃が敵の両側に二本発生し、相手を挟み込む。
――が、くるりと回した死神の鎌で、紙切れのようにずたずたにされる。
「木々よ力を! リソダイト・ハンマー!」
間髪入れず、ペッカの呪文が炸裂する。
地面が何か所も盛り上がり、巨大なハンマーとなって相手に襲い掛かる。
しかし、闇のオーラが球体状に波打ち、ハンマーの動きを止める。黒く染まったハンマーはぼろぼろと崩れ落ちる。
「……それだけか? では、こちらが行くぞ! 闇死円・乱」
直径1メートルほどの闇の球体がいくつも出現し、俺たちを取り囲む。まだ昼なのに、周囲が闇に染まったようだ。
ぐるぐると回転しながら距離を詰めてくる。
「グラナイト・コラム・スピン!」
イゴラくんの防御魔法! 白い石の柱が多く出現し、俺たちを取り囲み、闇の回転と対抗するように回転する。
闇の動きが、止まる。それはしかし、一瞬。柱の回転は止まり、じわじわと白い柱を浸食し始める。
「フォノライト・ウィンド!」
〈ヒュウウゥゥーン!〉
スコリィの声に、柱が白く風をまとって輝きだし、闇の浸食を止める。
「すごいぞ二人とも! ……これが朝練の成果か!」
俺の声にスコリィが親指を立てて言う。
「給料アップよろしくっす!」
余裕あるな!
「ほお、その魔力、……どこぞやの神に祝福されたか?」
――祝福。俺はデメテル様の軽口を思い出す。
『二人を祝福しておきますね』
(あのとき、デメテル様が“祝福”と言っていたのは……まさかこの力?)
「だが、無理をしすぎたようだな」
〈キィィィーーン!〉
周囲の柱が空気を切り裂くような高い音を立てて、消滅する。同時に、闇の球体も消滅し、――イゴラくんが倒れた。魔力切れだ。
「イゴラくん!」
地面に倒れる寸前、スコリィが支える。
「遠慮はないぞ」
再び、同じ技を使ってくるタナトス。闇の球体が再び俺たちをぐるりと取り囲み、周囲から詰め寄ってくる。
俺はハニワを投げつけようとするが、寝起きの少女の声に止められる。
「それ、とっておいたほうがいいです」
イゴラ君の体が光に包まれ、宙に浮かぶ。
風が巻き起こり、巨大な魔方陣が展開する。
「法則還元」
少女の声が響く。
〈ブォォォオオオン!〉
闇の球体の前に、白い魔方陣が次々と出現し、
――闇そのものを消滅させた。
「な……!」
タナトスが驚き身構える。
現れたのは、巨大なレンガの帽子に、ぼさぼさの黒い髪、青白い肌、細い手足、よれよれのワンピース。――イゴラくんと体を共有している、彼の妹、ライムチャートちゃんだ。
「誰かと思ったら。私を殺した奴らの、一人じゃないですか」
いきなり神の力を凌駕したライムチャートちゃんは、その力より驚くべきことを口にした。
その眼にはとてもあの少女とは思えないような、怒りの光が宿っていた。
いや、彼女のオーラに込められた感情は、……怒りというより、――“裁き”だった。
ライムチャートちゃんは神の力が使える……?
タナトスを倒すことはできるのか……!?
2025.5.10 伏線回収できなかったところ修正しました!
感想・コメントお待ちしております!
2025.8.15 主人公の一人称を俺にして、それに合わせて各所書き直しました!




