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丘の上の雑貨屋と魔王モール  作者: 登石ゆのみ
第15章 ギリシャ神と古代樹とゴーレム兄妹編
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アルコールはどこの世界でも奇跡なんですよ、と豊穣の女神は言いきった

 真っ黒に焦げたパン。炭火の中から拾い上げたような仕上がりだった。

「ああ、こんな初歩的なミスをしてしまうなんて……」

 真っ黒になった塊の前でうなだれるイゴラくん。こんなに落ち込むイゴラくんを見るのは正直初めてだ。


 心配になって優しく声をかける。

「失敗は誰にだってあるさ。気にしすぎだって」


「あらら、すみません。私が変なタイミングでビールを飲んでしまったがばかりに……」

 デメテル様が謝る。ビールのせいではないと思う。神様がやってきたことそのものが、原因なのは明らかだが、それは口にしない。


「すみません、僕の不注意です」


「いえいえ、私も無関係でないことは確かです。では、お詫びに」

 つかつかとパンの前に進み出て、パンに手を伸ばす。


「ちょ……! いくら酔ってるとはいえ、それを食うのは無茶ですって!」

 とっさに止めようと手を伸ばした瞬間、彼女の手から淡い光が溢れ出した。

 ――次の瞬間、そこにあったのは、今まさに窯から出したばかりのような、ふっくらと黄金色に輝くパンだった。

「え、これ……時間が戻ったのか?」


 驚く俺たちを余所に、彼女はパンをパクリと一口。

「うん、おいしい。麦のポテンシャルが引き出されているわ」

 笑顔で、二杯目のビールを流し込む豊潤の神様。その顔はビール大好きなお姉さんだった。


***

「これでも豊穣の神です。その食べ物の一番良い状態にすることができるんですよ」

 それ、飲食店でやればフードロスゼロってやつを達成できるんじゃ……!?

 俗なことを考えるが、そんなに気軽に使える魔法なわけがない。


「それは奇跡レベルの魔法では……?」

 おそるおそる尋ねると、うれしそうに説明をするデメテル様。


「ふふふっ。そうです! オリンポス12神のみが使える奇跡魔法の一つです。ただ、ギリシア異世界から離れた土地では条件を満たさないと使うことができません」


「そんな貴重な魔法を……。それで条件とは?」

 きっと大きなリスクがあるに違いない……。


「それは……ビールを飲むことです!」

「それ、ただの飲みたい理由じゃないですか!」

 思わず神様にツッコミを入れてしまった。


「ふふふっ。アルコールは、どこの世界でも奇跡なんですよ」

 俺のツッコミを楽しそうに受け流し、彼女は魔法で出した三杯目のビールを飲み始める。


「ここは面白いところですね。また来ますわ。しばらく滞在しますので、盆栽の鉢、もっと作っておいてくださいね」


 金髪をなびかせ、白い衣を揺らして、デメテル様は丘を優雅に下っていった。その光景はまるで神話の一場面みたいだった。


(……次はつまみも用意しておこう)

 やはり俗なことを考えながら、彼女の後ろ姿に手を合わせた。


***

「実物は初めて見ましたけど、母からよく話を聞かされていました。近隣異世界の中でも、最上位に存在するオリンポス12神。その中で最も田舎の民にやさしいとされるデメテル様」

 ガディが夢見る少女のように手を組み合わせて目を輝かせる。

(近接異世界って……異世界ってたくさんあるのか?)

 異世界の知識をこれ以上増やしたくなかったので、神様のことだけ質問する。


「確かにすごかったけど……。12も神様がいるんなら、4大精霊の方が珍しい存在なんじゃないか? どっちがすごい存在なんだ?」


 俺の質問に自虐的に笑うガディ。

「神様と比べたら精霊なんて俗物です。汚れものです」

「そこまで言わなくても……」

 にしても、ガディも絵画のモデルように美しい存在だが、デメテル様は思わず頭を下げてしまいそうな美貌の存在だった。


 その美貌を思い出しながら視線をさまよわせていると、呆然としたイゴラくんが目に入る。

「盆栽のお姉さんがほんとうに神様だったなんて……」

 きっと幼い頃に「神様ですよ~」とか言われてて、冗談だと思っていたのだろう。そりゃそうだ。

 だけど、別に気になることがあったので、そちらを質問する。

「にしても……イゴラくん、さっきはパンを焦がしただけでやたらと落ち込んでたけど、何かあった?」

 そう、最近、新作パンに挑戦しているイゴラくんは、失敗なんてよくあることだった。


「さっき焦がしてしまったパン、妹が好きだった味を再現しようと思ってたんです……。それが、焦げパンの香り、昔の、『あのとき』の朝みたいで……!」

 拳を握りしめるイゴラくんの肩が、微かに震えていた。

 

 ……妹。きっと、彼の中に眠るライムチャートちゃんのことだ。

 皮肉なことに、この場にいる全員が彼女を知っているのに、イゴラくん本人だけがその存在を知らない。

 

 店内に一瞬、痛みを伴う沈黙が流れる。

 

 本当のことを話すべきか。だが、ライムチャートちゃんの了承なしに彼女の秘密を話してしまうのは、何か良くない気がした。

 周りの皆の表情を見渡しても、同じ迷いがあるようだった。


 俺はあえて、空気をぶち壊すように声を張り上げる。

 

「ともかくさ! デメテル様がいる間は、パンと盆栽鉢で稼げるだけ稼ぐぞ……! 神様が気に入ったパンと盆栽鉢! ここで人気が出れば街中に盆栽ブームが来て、俺は鉢の注文で大儲け! 借金返済の第一歩だ!」

 

 ペッカが、今日一番の冷ややかな視線を俺に向けてつぶやいた。

「……そんなずさんな計画で100億が返せたら、この世に苦労なんて言葉は存在しないぞ」

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