奇跡の魔法はビールが好き
黒焦げになったパンですが。
真っ黒に焦げたパン。炭火の中から拾い上げたような仕上がりだった。
「ああ、こんな初歩的なミスをしてしまうなんて……」
真っ黒になった塊の前でうなだれるイゴラ君。
俺は心配になって声をかける。
「失敗は誰にだってあるさ」
こんなに落ち込むイゴラくんを見るのは正直初めてである。
「あら、すみません。私が変なタイミングでビールを飲んでしまったがばかりに……」
デメテル様が謝る。ビールのせいではないと思う。
「いえ、ボクの不注意です」
神様がやってきたことそのものが、原因だったと思うが、それは口にしない。
「いえいえ、私も無関係でないことは確かです。では、お詫びに」
つかつかとパンの前に進み出て、パンに手を伸ばす。
「ちょ、いくら酔ってるとはいえ、それ食べるのは無理ですって!」
俺が止めようとすると、彼女は、手から光を発し……、パンをきれいなふっくらしたパンにした。
「え、これって……?」
俺らが驚いていると、彼女はパンをつまんで、パクリと食べる。
「うん、おいしい」
と、笑顔になり、二杯目のビールを飲み干した。
**
「豊穣の神です。その食べ物の一番良い状態にすることができるんですよ」
フードロスゼロってやつを達成できるんじゃ……!?
「それは奇跡レベルの魔法では……」
「そうです。オリンポス12神のみが使える奇跡魔法です。ただ、ギリシア異世界から離れた土地では条件を満たさないと使うことができません」
「そんな貴重な魔法を……。それで条件とは?」
「ビールを飲むことです」
「それ、ただの飲みたい理由じゃないですか!」
思わず神様にツッコミを入れてしまった。
「ふふふ、アルコールは、どこの世界でも奇跡なんですよ」
俺のツッコミを楽しそうに受け流し、彼女は三杯目のビールを飲み始める。
「ここは面白いところですね。また来ますわ。しばらく滞在しますので、盆栽の鉢、もっと作っておいてくださいね」
金髪をなびかせ、白い衣を揺らして、デメテル様は丘を下っていった。まるで神話の一場面みたいだった。
次はつまみも用意しておこう。
**
「実物は初めて見ましたけど、母からよく話を聞かされていました。近隣異世界の中でも、最上位に存在するオリンポス12神。その中で最も田舎の民にやさしいとされるデメテル様」
ガディが夢見る少女のように手を組み合わせて目を輝かせる。
……異世界ってたくさんあるの?
「確かにすごかったけど12も神様がいるんなら、4大精霊の方が珍しい存在なんじゃない? どっちがすごい存在なの?」
「神様と比べたら精霊なんて俗物です。汚れものです」
「そこまで言わなくても……」
しかしガディも絵画のモデルように美しい存在だが、デメテル様は思わず頭を下げてしまいそうな存在である。
イゴラくんは呆然としている。
「盆栽のお姉さんがほんとうに神様だったなんて……」
「にしてもイゴラくん、パンを焦がしただけでやたらと落ち込んでたけど、何かあった?」
そう、最近新作に挑戦しているイゴラくんは、失敗なんてよくあることだった。
「あのパン、妹が好きだった味を再現しようと思ってたんです……。それが、焦げパンの香り、昔の朝みたいで」
……妹! きっとライムチャートちゃんのことだ。イゴラくんだけ、彼女のことを知らない。
皆が一瞬沈黙する。
話そうか迷ったけど、ライムチャートちゃんの了承を得てからのほうがいいような気がして俺はごまかして声を上げる。
「ともかく、デメテル様がいる間は、パンと盆栽鉢で稼ぐぞ……! それで人気が出ればこの街に盆栽ブームが来て、俺は鉢で大儲けだ!」
ペッカが渋い顔でつぶやく。
「そんなずさんな計画で大儲けできたら苦労しないぞ……」
ついに奇跡の魔法まで出てきました。実生活でほしいですね……。
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2025.8.15 主人公の一人称を俺にして、それに合わせて各所書き直しました!




