売りたいものを売るな、売れるものを売れ
日常編です。
その後、俺たちは、順調に雑貨屋業を続けた。
雑貨屋というより、パンと焼き物の店になってしまっているが。
「ここは商品が少なすぎっす。アタシが山からめぼしいもの取ってくるっす」
と言って珍しい木の実や魔法石の岩石をとってきた。
「ピクシーはこういうのめっちゃ得意っす」
と胸を張るが、確かに目はいいみたいだ。
やたら元気だな。イゴラくんと朝練しているからか。
しかし毎朝、店の前でやたらでかい音立ててドンパチしやがって。イゴラくんの防御魔法とスコリィの攻撃魔法を打ち合って、練習にちょうどいいようだ。
お年寄りがそれを見学しに来てパンや飲み物の売れ行きがいいのが悔しい。
ここはもうお年寄りのお散歩コースになってしまったようで、ピクニックの行きと帰りに食べ物と雑貨を買う場所になってしまっている。
まぁ、たまに俺の茶碗も買っていってくれるからうれしいが。
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現在の役割はこうだ。
イゴラ:パン焼き
スコリィ:店番、仕入れ
ペッカ:木彫り細工作り、配達
ガディ:ビラ配り、店番、窓掃除
スラコロウ:粘土の型
ルルドナ:夜の店番、店全体の管理
俺:粘土こねる、雑用、会計
見たところ、みんなそれぞれの個性を生かして役割分担できている。
……まあどうにかなるだろう。
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「いやならねえよ!」
夜。
普通の経営なら順調でも、10億の借金で、利子だけで1000万もする状況の店がやる経営ではない。
「と、ともかく分析しなければ」
俺もデータサイエンス魔法検定受けようかな。いや、魔法はいらない。
……それで、ここ一週間のこの店の売り上げを計算してみた(およその数)
レンガパン……450個*280=
丸パン……300個*200=
焼き物……200個*300=
ハニワ……0*5000
森の果実……400個*100
ペッカのジャム……100瓶*250
ペッカの木彫り細工……20個*7000
ガディのミネラルウォーター……600杯*100
薪用の木……50セット*200
スコリィが拾ってきた森の木の実や岩石……100個*50
合計:526,000ゲル
「ハニワ売れてねえ! いや10億の借金なんて絶対に無理!」
この1週間分を4倍して約200万毎月売り上げがあっても、借金返済に充てることができる額なんて50万程度だろう……。
「うん、このままじゃ、まったく借金なんて返せないな!」
俺は目を細め窓の外の月を見る。月見もいいな。霞かかった月がこちらを淡く照らす。
「……ああ、このまま俺は借金に追われて死んでしまうのだろうか」
悲劇の気分に浸っていると後ろから声がした。
「心配しすぎよ。ま、経営者は少し心配性なくらいがちょうどいいんだけど」
ルルドナが声をかけてくれる。夜の店番を頼んでいるが、24時間にしたところでたかがしれている。郊外のコンビニというわけにはいかないか。
「うーんでも、一回り成長したんだ。このまま同じことをしているわけにもいかないなあ……」
まずは、加工だ。加工をしないと高く売れない。
ペッカの木彫り細工が意外と売れているのが注目に値する。
特にこの場所はお年寄りが多いから、やわらかいパンがもっと売れるだろう。
とはいっても調子よく売り上げを伸ばしても、月に100万借金返済用に稼いでも……。
いやもう考えたくない。
「稼いでも稼いでも、わが暮らし楽にならず」
「まだそんなに稼いでないでしょ!」
なかなかいいツッコミするようになったじゃないか。
「ともかくスコリィの商品調達や、ペッカの木彫り、ガディに頼んでいたお酒が高く売れることを祈るよ」
「あら。あなたのは売れなくていいの?」
「俺のはもっとあとになってからかな」
「現状、焼き物の売れ残り結構あるんだけど?」
「それは、ほら、爆買いしてくれる団体が来るよ……きっと」
「こんな田舎の雑貨屋に爆買いしてくれる団体客なんて来ないわよ!」
本当はハニワグッズを売りたいが、今はちょっと我慢することにした。
自分の出したいものを出すより、まずは売れるものだ。
駆け出しの商売人はいつもそういうところで間違うのだ。もっとも、商売人なんて駆け出しのころはいつかどこかで間違うものだけど。
「にしても、焼き物スキルは結構上がっていると思うんだよね。今だったら、なんでも貫くハニワの槍となんでも防ぐハニワの盾が作れそう」
「つまり作れないってことね……」
「すごいの作ってほかのところに出荷する? 魔王モールとか」
だけど魔王モールにおいてもらうには、どうにも争いごとをして勝たねばならない気がする。備前さんも瀬戸さんも勝負に勝って団子を置く契約してたし。
「とにかくあれ、土湿布売りなさいよ」
「ああ、普通の生き物にきくのかなあ」
「自分で試せばいいじゃない」
「それもそうか」
「膝用とか分けて作ればいいかもしれないわよ」
どこの世界も関節の悩みは共通か。
「わかったよ。転生前の世界でも随分とお世話になったし」
***
「おいこれマジでいいぞ」
ペッカが目を閉じて温泉に入ったような表情になる。
ドラゴンの背中に湿布が貼られているのも、なかなかお目にかかれない光景だが。
俺は土湿布を大量に作り上げ売ることにした。すると……。
――自分の店に行列ができる。想像したことがあるだろうか。
土湿布を求める長蛇の列。
「まさか土湿布がこんなに当たるとは……」
自分の才能が怖い。
……このままだと粘土細工応用して、土壁吸湿材とか泥パックとか売ったほうが儲かるかもしれないぞ。
ともかく数日間、この調子で売っていたため、完全にパンと湿布の店になってしまっていた。
いやなんの店だよ。
そうしているうちに、思わぬ来客があった。
その人は、歩くだけで道ゆくお年寄りが拝むレベルだった。
圧倒的な存在感。きらびやかで清楚な衣装。金髪の長い髪、青い瞳。
全身が淡いオーラに包まれ、客のざわめきがすべて神々しいBGMに聞こえる。
――そう、オリンポス12神のうちの一人が、雑貨屋にやってきたのだ。
「ここが噂の“焼き立てパンと湿布の聖地”ね」
柔らかな微笑みのあと、彼女はゆっくりと足を踏み入れた。店の空気が神殿のように変わる。
次回は……神回になる、俺は確信した。
ギリシャ神話のオリンポス12神の一人とは誰でしょう。次回は文字通り神回です。
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2025.8.15 主人公の一人称を俺にして、それに合わせて各所書き直しました!




