異世界雑貨屋を営業再開するときは……開きさえすればいいんだよ
「何か、ものすごい魔法戦を見せられたな……」
颯爽と立ち去る馬車をみてペッカが口を半開きにしたままいう。ていうか柴犬サイズのままサングラス姿でいいのか。
「ああ、何でも伝説の六古窯の一人らしいよ」
「うーむ、知らん。オレ様が森で木彫りしてた頃の話かもしれん」
森にこもっていた時期だろうから知らなくても無理はない。
「あ、思い出しました! そういえば聞いたことあります! 確か先代の勇者ですよね? すごい人たちが一度に転生してきて魔王をこらしめたっていう。すごい器を作れるって噂の」
サングラスの妙に似合うガディが嬉しそうに言う。伝説の存在ってそんなものなの?
「どっちにしろこんな田舎では魔王と勇者との闘いなんてあんまり関係ないっすよ」
サングラスを頭にのっけたスコリィが面倒そうに言う。
このスタイルで許されるのは、バブル期のプロデューサーか南国リゾートの案内人だけだ。
スコリィのサングラスを取りながら懸念を口にする。
「いやそうもいっていられないぞ……。現にペイ次郎はこんな田舎に営業を仕掛けに来たわけだし。スロウタウンの人たちも契約してしまったかもしれない。手数料無料のうちに解約させないと」
ペッカが続けて補完する。
「手数料無料の罠にハマる前に解約させんとな。依存したあとで規約改定されるのが一番怖いやつだ」
俺とペッカが「プラットフォーム経済の闇」を語っていると、スコリィがふと尋ねてきた。
「てんちょー。イゴラくんどこっすか?」
「えっと、彼なら一度家に……」目が泳いでしまう。
まさか山に忘れてきたなんて言えない。
「レンガパンを仕入れに行ったときはいなかったっすけど」
「入れ違いになったんじゃないかなあ。いや、家でゆっくりしているとか……」
「いや、嘘っす。責任感の強いイゴラくんが家でゆっくりするわけないっす。少なくとも一度は私たちに顔を見せに来るはずっす」
うわー、イゴラくん、めっちゃ信頼されてる……! 信頼分けてくれ……!
「おい、正直に話したがいいぞ」
リュックの中から声がした。
「あ、スラコロウ。元気になった?」俺が声をかけるとリュックからポンっと飛び出す
リュックからスラコロウが飛び出した。
「イゴラは今、そこの山のどこかいる。食料は持っていたが。流れで置いてきちまった」
スラコロウの視線の先。雑貨屋から西の山を見つめる。
「……そんな非道なことを」
ガディが汚物を見るような目で俺を見る。このお嬢様、俺をゴミを見るような目で見るスキルがカンストしてないか?
俺は冷や汗をかきながら、この数日の事情を話した。
***
「……で、お前は軽い気持ちでイゴラを山に置いてきたのか?」
あきれたようにペッカが言う。
「いやその、彼なら地元の山にも詳しいし、それほど深い山ではないと聞いていたし……」
言っていて情けなくなってきた。
「うーん、てんちょーを怒鳴りつけたいところっすけど、確かにこの辺の山は子供のころよく遊んでいたし、歩いて六時間くらいの山なら庭みたいなものっすよ」
意外とスコリィがあっけらかんと答える。
ていうか、異世界の田舎民の行動範囲広すぎ。
「きっと、また立派になって帰ってきてくれるっす!」スコリィは意外とポジティブに考えてくれたみたいだ。
「しかし心配は心配だな」
ペッカはドラゴンのくせに心配性である。
「そうだ! ペッカ飛べるんだろ? ちょっと見てきてくれよ」
俺は両手を合わせてペッカに頼み込む。
「……フォレストドラゴンを小間使いにするとは……。まあいいだろう。ゴーレムとドラゴンは旧知の仲だしな」
そう言うと、さっと翼を広げて、飛び去った。
***
「ただいまもどりました」
「はやっ」
イゴラくんはペッカが飛び去って5分くらいで帰ってきた。
「探すも何も、こいつ、山を下りて森の入り口でゆっくりしてたぞ」
「さすがにちょっと疲れて休んでました」
「ともかく無事でよかった!」
――これでみんなに責められなくて済む。こっそりと胸をなでおろす。
「体調は大丈夫です? おいしいミネラルウォーターはどうです?」
ガディがさっと水の入ったゆのみを出す。
「あ、いただきます」
イゴラくんは一気に飲み干す。
「ぷはー、ありがとうございます。おいしいですね、この水。にしても遅れてしまってすみません。峠のお茶屋さんで全部事情は聞いたんですけど、ちょうど帰り道に思い出の場所があったので寄り道してました」
「思い出の場所?」
「えっと、この近くにある古代樹なんですけど。あの場所では昔、家族でいろいろあって……。ちょっと思い出に浸ってました。うちの家庭、意外と複雑で……」
辛そうな声の調子にもかかわらず、けなげに笑顔を作るイゴラくん。
……スコリィが推す理由、わかるわ。
だけどこれってもしかして妹のライムチャートちゃんのことかな。
「ま、詳しいことはきかないさ。話したくなったらいつでも話してくれればいい」
事情を察した大人のように肩を叩きながら声をかける。これで俺の行動は許されるはずだ。
口の端を軽く上げた俺をイゴラくんは尊敬のまなざしで見つめる。
「気を遣って貰ってすみません……。あ、そうだ、新しく手に入れた小麦粉でパンを焼きたかったんです。台所使っていいですか?」
「もちろん! じゃあ、ひとまず今日は昼間は久々に雑貨屋業やって、夜は飲むぞ!」
「いいっすね! まあ、売るといってもほとんど焼き物とパンなんすけど」
「いいんだよ! 今日はお店を開きさえすればいいの! 看板の派手さとかもどうでもいいの!」
「あ、お水もありますよ! これはウンディーネの里の『七甲のおいしい水』です」
ガディが澄んだ水を差し出す。水マニアになりつつある。ていうかその名前大丈夫?
「ミネラルウォーターか。確かにコンビニでは意外と売れ筋だったな。よし、売ろう!」
俺が即答すると、ペッカも風呂敷から何か出した。
「俺様の木彫り細工も売れ」
細かいドラゴンのうろこのような見事な細工がなされたブローチや置物を出す。
「え、ちょ、これ、高級品じゃないのか?」
「このくらいのサイズならすぐに彫れるからそこまで高く売る必要はない。俺様たちドラゴンは、伝統工芸で対抗したといっていただろう? フォレストドラゴンはこの木彫り細工だ。……そう、ずっとこの鋭い爪と牙で木彫りをしていたのだ」
ドラゴンの木彫り細工……。うーん、シュールだ。
「ありがとう、目立つ位置において、売らせてもらうよ。ともかくこれで商品棚が賑やかになるな」
俺は帰って早々、雑貨屋業務をすることにした。
こういうときこそ、動かなきゃいけないのを知っている。
昼間に強制的に寝てしまうルルドナは、窓際のソファで安らかな顔で寝ていた。まるで俺たちの商品販売会議を見守っているように。
(……ただいま)
まるで守り神に祈るように心の中で呟いて、雑貨屋業務に取りかかった。




