異世界雑貨屋を営業再開するときは開きさえすればいいんだよ
六古窯の瀬戸さんが勝利をおさめ、残された雑貨屋メンバー。
「何か、ものすごい魔法戦を見せられたな……」
颯爽と立ち去る馬車をみてペッカが口を半開きにしたままいう。ていうか柴犬サイズのままサングラス姿でいいのか。
「ああ、何でも伝説の六古窯の一人らしいよ」
「うーむ、知らん。オレ様が森で木彫りしてた頃の話かもしれん」
森にこもっていた時期だろうから知らなくても無理はない。
「あ、思い出しました! そういえば聞いたことあります! 確か先代の勇者ですよね? すごい人たちが一度に転生してきて魔王をこらしめたっていう。すごい器を作れるって噂の」
サングラスの妙に似合うガディが嬉しそうに言う。伝説の存在ってそんなものなの?
「どっちにしろこんな田舎では魔王と勇者との闘いなんてあんまり関係ないっすよ」
サングラスを頭にのっけたスコリィが面倒そうに言う。
頭にサングラスをかける奴は信頼してはいけない。
「いやそうもいっていられないぞ……。現にペイ次郎はこんな田舎に営業を仕掛けに来たわけだし。スロウタウンの人たちも契約してしまったかもしれない。手数料無料のうちに解約させないと」
「便利なら契約してもいいのではないですか?」ガディが人差し指を立てて左上に視線をやって考え込む。
「そうなんだけど。でも相手が魔王だからな。嫌な予感しかしない」
ペッカが応える。
「俺様も賛成だ。魔王はずいぶん丸くなったようにイメージ戦略しているが、俺様たちが住む場所を奪われているのは事実だ」
「ああ、魔王は油断ならない……!」
スコリィが尋ねてくる。
「てんちょー。イゴラくんどこっすか?」
「えっと、彼なら一度家に」
「レンガパンを取りに行ったときはいなかったっすけど」
「入れ違いになったんじゃないかなあ」
「いや、嘘っす。責任感の強いイゴラくんが家でゆっくりするわけないっす。少なくとも一度は私たちに顔を見せに来るはずっす」
うわー、めっちゃ信頼されてる……! 信頼分けてくれ……!
「おい、正直に話したがいいぞ」
リュックの中から声がした。
「あ、スラコロウ。元気になった?」俺が声をかけるとリュックからポンっと飛び出す四角いスライム。
「おかげで助かった。とにかく、イゴラは今その辺の山にいるはずだ。食料はたくさん持っていたが」
「そんな非道なことを……」ガディが口を押さえて汚物を見るような目で俺を見る。このお嬢様、俺をこの目で見るの癖になってないか……?
「まあちょっと事情を話すよ……」
俺はこの数日の話をした。
**
「……で、お前は軽い気持ちでイゴラを山に置いてきたのか?」あきれたようにペッカが言う。
「いやその、彼なら地元の山にも詳しいし、それほど深い山ではないと聞いていたし……」
言っていて情けなくなってきた。
「うーん、てんちょーを怒鳴りつけたいところっすけど、確かにこの辺の山は子供のころよく遊んでいたし、歩いて六時間くらいの山なら庭みたいなものっすよ」
意外とスコリィがあっけらかんと答える。
ていうか、異世界の田舎民の行動範囲広すぎ。
「ああきっと、また立派になって帰ってきてくれるっす!」
「しかし心配は心配だな」ペッカはドラゴンのくせに心配性である。
「そうだ! ペッカ飛べるんでしょ? ちょっと見てきてよ」
「……フォレストドラゴンを小間使いにするとは……。まあいいだろう。ゴーレムとドラゴンは旧知の仲だしな」
というとさっと翼を広げて、飛び去った。行動力があるってうらやましいな。
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「ただいまもどりました」
「はやっ」
イゴラくんはペッカが飛び去って5分くらいで帰ってきた。
「探すも何も、こいつ、山を下りて森の入り口でゆっくりしてたぞ」
「さすがにちょっと疲れて休んでました」
「ともかく無事でよかった!」
――これでみんなに責められなくて済む。こっそりと胸をなでおろす。
スコリィが安心した顔でいう。
「そもそもイゴラくんは学校のサバイバル実習で優等生だったっす」
おいそれもっと早く言ってくれよ。
「体調は大丈夫です? おいしいミネラルウォーターはどうです?」
ガディがさっと水の入ったゆのみを出す。
「あ、いただきます」
イゴラくんは一気に飲み干す。
「ぷはー、ありがとうございます。おいしいですね、この水。にしても遅れてしまってすみません。峠のお茶屋さんで全部事情は聞いたんですけど、ちょうど帰り道に思い出の場所があったので寄り道してました」
「思い出の場所?」
「えっと、この近くにある古代樹なんですけど。あの場所では昔、家族でいろいろあって……。ちょっと思い出に浸ってました。うちの家庭、意外と複雑で……」
辛そうな声の調子にもかかわらず、けなげに笑顔を作るイゴラくん。スコリィが推す理由、わかるわ。
しかしこれってもしかして妹のライムチャートちゃんのことかな。
「ま、詳しいことはきかないさ。話したくなったらいつでも話してくれればいい」
「すみません。……そうだ、新しい小麦粉でパンを焼きたかったんです。台所使っていいですか?」
「もちろん! じゃあ、ひとまず今日は昼間は久々に雑貨屋業やって、夜は飲むぞ!」
「いいっすね! まあ、売るといってもほとんど焼き物とパンなんすけど」
「いいんだよ! 今日はお店を開きさえすればいいの! 看板の派手さとかもどうでもいいの!」
「あ、お水もありますよ! これはウンディーネの里の七甲のおいしい水です」ガディが澄んだ水を差し出す。水マニアになりつつある。ていうかその名前大丈夫?
「ミネラルウォーターか。確かにコンビニでは意外と売れ筋だったな。よし、売ろう!」
俺が即答すると、ペッカも風呂敷から何か出した。
「俺様の木彫り細工も売れ」
細かいドラゴンのうろこのような見事な細工がなされたブローチや置物を出す。
「え、ちょ、これ、高級品じゃないのか?」
「このくらいのサイズならすぐに彫れるからそこまで高く売る必要はない。俺様たちドラゴンは、伝統工芸で対抗したといっていただろう? フォレストドラゴンはこの木彫り細工だ。……そう、ずっとこの鋭い爪と牙で木彫りをしていたのだ」
ドラゴンの木彫り細工、うーん、シュールだ。
「ありがとう、目立つ位置において、売らせてもらうよ。ともかくこれで商品棚が埋まるな」
俺は帰って早々、店をすることにした。
こういうときこそ、動かなきゃいけないのを知っている。
昼間に強制的に寝てしまうルルドナは、窓からその小さな顔をのぞかせ安らかな顔で寝ていた。
……ただいま。
営業再開って気合を入れすぎるとダメになりますからね。。
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2025.8.15 主人公の一人称を俺にして、それに合わせて各所書き直しました!




