居場所は借金してでも手に入れろ
【あらすじ】借金で丘の上の屋敷を買って雑貨屋を始めたクタニ。魔王モールからルルドナを取り戻し、帰り道、男を上げ金運を上げると言われる山にイゴラくんと登り、スラコロウを仲間にし下りてきたが……。
――眠気と闘いながら山を降りる。
山登りを終え、確かに男として一段階上がったような気がする。
……単に寝不足の妙なテンションになってるだけのような気もするが。
「やっと、戻ってきたな」
スロウタウンの脇を通り抜け、丘の上の自分の店に向かう。
レンガの塊から戻ったイゴラくんは、いったん家に帰ってもらった。今日のところは休みを与えた。というか俺も休む。
店の外見はすっかり直っていた。どうやらシュワルツさんの部下が素早く修理してくれたようだ。看板はまだないままみたいだけど。
(……領収書とかきてないよな。無料だよな)
心配しつつ歩を進めると、スラコロウが声を上げる。
「お、いい感じの店だな! 給料もよさそうだな!」
「スライムのくせに意外と口うまいな……善処するよ」
口がうまいのはこういう個人店には強い味方になる。真面目にやれば、の話だが。
これはさらに良い感じの経営ができそうだな、と期待しながら懐かしのわが店の扉を開ける。
「ただいまー」
ああ、なんだか心地よい響きだ。ただいまなんて少なくとも十年は、言ってないぞ。
――しかし、気分よく店に入ったが、そこには存在しえない存在がいた。
そこには――俺がいた。いるはずのない俺が、いた。
「は?」
そこにいたのは明らかに俺だった。
だらしない服装、頼りない背中、死んだ魚のような目。
「てんちょーが二人……?」
カウンターの向こうで店番をしていたスコリィが口をぽかんとあける。
向こうの俺も驚いたようにこちらを見ている。
「な、なんだ? なんでまた俺が帰ってくるんだ……?」偽物が名演技をする。
「おいちょっとまて、この俺こそが本物だ。ほら、スライムのスラコロウも連れてきたぞ」
俺はスライムを全面に出す。
目を丸くしてスコリィが俺らを何度も見比べる。
「そんなのいきなり連れてきてもわからないっす……」
確かにそうだ。
にしても間近に並んでいるのに、目のいいピクシーをもってしても偽物と本物の見分けがつかないらしい。
店には、ほかに誰もいない。
ルルドナの姿も見えない。もう昼間だから。
「いいから出ていけ偽物!」
〈ドンッ〉
俺は疲れているからか、つい暴力的にふるまってしまう。
山を夜通し歩いて帰ってきたのだ。無理もない。
「いったた……。やったな! 偽物!」
偽物が睨みつける。
「馬鹿なことを言うな! お前が偽物だろう! 変な演技していないで出ていけ!」
「こっちが本物だ! お前が出ていけ!」
その後も、平和な丘の上の雑貨屋から、泥沼のような言い争いが続いた。
***
結局、放り出されたのは、後から来た俺だった。
――そもそも、てんちょーはそんな暴力しないっす!
スコリィの言葉がきいた。
そう、俺は本来暴力なんてしないのに、なぜ相手を突き飛ばしたのだろう?
「お前も分裂できるんじゃないのか?」
サイコロ状の体をいくつも分裂させ、戻る、という分裂動作を繰り返す。
「スライムとは違うよ……」
スラコロウは頭は悪くない。そういうは無理だとわかっているはずだ。
もしかしたら慰めてくれているのかもしれない。
――平日の昼間。
俺は村の片隅の目立たない花壇のふちに腰掛ける。花壇には雑草がたくさん生えている。
スラコロウはついてきてくれた。
というか彼自身、この俺に雇われたのだから、こっちに来るしかないだろう。
店とは反対の方に来て彼とサンドイッチを食べていた。
またしても涙味である。塩気が効いてちょうどいいぜ。
だけど……この流れはどこか経験がある。
自分が築き上げた信頼をほかの人間が持っていくのだ。
そして本物なのに追い出される。
さらには自分自身が本物かどうかわからなくなり、実力さえなくなって……また、一人になる。
……いつも、このパターンだ。
何年も、何十年も繰り返してきた。
あれ、でもどこの経験だ……?
ともかくはっきりしていることは。
「……みじめだ」
ということ。
その様子を見たスラコロウが質問してくる。
「ていうかお前、本物なんだろう? 何でそんなに自信ないんだ?」
「自己肯定感がめちゃくちゃ低いんだよ、俺」
花壇の雑草を見ながら言う。
たぶん俺はこの雑草より自己肯定感が低い。
「なんだそれ。自分で自分のこと肯定しないで誰が肯定するんだ? そんなんじゃアメーバになっちまうぞ」
体が硬いことが悩みのスライムのくせに……、とツッコミたいのを我慢する。
「人間は、大変なんだよ」
「それは種族差別だぞ! 異世界国際法上では有罪だ!」
「……ていうかスラコロウ、田舎育ちなんだからそういうの知らないだろ?」
「逆だ! 田舎者は都会のことはよく知らないけど、本を読んで国際的なことはよく知っているんだ!」
妙な説得力。
「『井の中の蛙大海を知らず、されど大空を知る』というやつだ!」
「あ、それわかる。俺もそうだった。でも……言ってて虚しくならないか?」
「……なるな」
村の隅の花壇に座る田舎者二人で見上げた空は、吸い込まれるように晴れ渡っていた。
***
「で、昼間っからこんなところで酒飲んでるのかい」
呆れたマリーさんの声。買い物帰りという彼女に出くわした。オーガ族のがっしりした女性。
俺とスラコロウは、サンドイッチを食べ終わると、そのまま酒を買ってきて、一杯やり始めていた。
午後三時。子どもがおやつを食べる時間。
(知り合いの村人と久々に会う姿が酔っ払っている姿とは、我ながら、……悪くない!)
「呑まずにいられますか! どうですマリーさんも! ピンクコボルトの婦警さんも呼んで! 雑草の花を見ながら、花見をしましょう!」
俺は花壇の端っこに生い茂っている、ムラサキカタバミに似た植物を愛でながら言う。
「あんたとは飲んでみたいけど、まだまだ仕事があるからね」
「ええー、つれないですよぉ」
へべれけになってからむ。
我ながらうざい。小さい「ぉ」なんて初めて発音した。
呆れて、ため息をつくマリーさん。
「まぁ、たまにはいいんじゃない。あんたは、結局、羽目を外しきれないだろうけどね」
年の功なのか、すぐに見抜かれる。
マリーさんは「ほどほどにしときなよ」といって去っていった。
俺は酔いが冷めそうになるのを抑えて、手に持ったおちょこの酒を飲み干す。
「おかわり〜」
上機嫌に俺が言うとスライムは転がりまわって喜ぶ。
「お前はヒト族なのにいける奴だな!」
スラコロウは、酒と焼き鳥の串をぽいっと口(?)に放り込みながら、上機嫌に言った。
こいつはお酒が大好きなようだ。次々と飲み干し、魚の骨や焼き鳥の串まで食べている。
「串まで食ってる! スライムはいいなあ! お前、色々食えるんだな!」
「ああ、紙でも木でもなんでも食えるぞ」
「俺の作品は食うなよ!」
「ガラス質のものは食いたくねえなあ。金属はいけるぜ!」
「金属いけるのか! すげえな! 伝説の剣も食っちまえ! でもお金だけは食うなよお! はっはっは」
***
日が沈んで肌寒くなったので、俺は居酒屋へ向かう。
窓から席が空いているか軽く覗き込んだら……悪夢が見えた。
「え、あれ、俺? ていうか、みんな?」
慌てて首を引っ込める。
そしてこっそりと覗き込む。
ルルドナ、スコリィ、イゴラ、ペッカ、ガディまで。みんな勢揃いだ。
めちゃくちゃ仲良く飲んでいる。ってマリーさんやピンクコボルトの婦警さんまで……。
周りの村人も歓迎しているようだ。
「……確かに俺だ。そりゃそうだ、飲むよね。ルルドナ、取り戻したし」
俺は酔いが覚めるどころか、脳の奥からすっと血の気が引く。
「お前、顔色やばいぞ」スラコロウが心配そうに言う。
「……きっと、お酒飲み足りないんだ……」
身を低くしたままその場を離れ、酒を大量に買った。
――やけ酒。
夜通し村の端っこで飲み続けることにした。ああ、月が綺麗だ。
「……居場所ってのは、借金してでも手に入れるもんなんだな」
「まあ俺、100億も借金あるけどな! それでも居場所はない! はっはっは!」
ヤケクソでその場をぐるぐると回る。完全に悪酔いしている。
スラコロウが同情したように言う。
「まあ、……座れよ」
「どこに?」
「オイラに」
「お前にかいっ!」
そんなやり取りをしながら夜は更けていった。
***
――明け方。
ふらふらと村の外を歩いていた。深夜すぎに、誰かに追い出された。
誰が追い出したのかも、いつ村を出たのかも覚えてない。
ただ、温かい居酒屋の中の笑い声だけは、ずっと耳に残っていた。




