敵が最後の悪あがきをして成功する確率は限りなくゼロに近い
〈ドオォォーーン!〉
闇の月のような巨岩は、ルルドナの蹴りで2つに割られた。ゆっくりと左右に倒れる。
『な、なんと! 絶体絶命を救ったのは、結界の中から出てきた土器人形の蹴り! 一刀両断! いや一蹴両断か!? 信頼区間の棄却域は、なんと真ん中だ!! 平均値の罠を目撃した気持ちです!』
ナレーションが混乱している。
――いや、会場全体が混乱していた。
巨岩がVの字に割れ倒れる。たった一人の小柄な少女の一撃で。
「……ルルドナは少し見ない間に随分強くなった?」
すぐ間近に降り立って少女に、何とか言葉をひねり出すと、冷静にルルドナが言う。
「私、重力魔法が使えるみたい。隕石だって、風船みたいに軽くできる」
それ、いきなり反則級の能力じゃないの……?
「……あれ、でも蹴りは」
「気合よ」
「いや気合すごすぎだろ!」
ルルドナは俺のツッコミに笑顔になる。懐かしいやりとりに頬が緩んだ感じだ。
***
『すさまじい威力の蹴りでした! しかしあの土器少女は今回の景品! 景品が戦いに参加して良いのでしょうか!? 反則では!? と声が上がっていますが……』
会場がどよめく。
しばらく固唾を呑む。
『問題ないようです! あれは召喚の一種という判定です! 胸ポケットのハニワによって召喚されたようです!』
〈オオオオォォー!!〉
会場が盛り上がる。観客が見たいのは面白い戦いだ。正当なルールではない。
「そもそもこの大会が不当よ! 私は景品なんかじゃないわ!」
ルルドナがナレーション席を睨む。
「あの浮いているやつに無理やり連れてこられたのよ!」
空中で副店長とデータサイエンス部長が、しれっと身を縮めて手を取り合っている。
『おおお! 副店長、そんな悪どいことをしていたのか!? 魔王っぽいけど、魔王モールとしてはどうなんだそれは!?』
「シュワルツ! お前の企みは終わりだ! 降参しろ!」
珍しく威勢よく声を上げる。こういうのは勢いって昔のラノベに書いてあった。
だが、彼はひるむことなく、勢いで乗り切ろうとする。
「……まだだ! まだ終わらん! 超パレート法則レイン!」
そういうと頭上に大量の黒雲が発生しだす。
『副店長、最後の反撃だー! また給与魔力の前借か!? この魔法は、能力の高い2割の敵を動けなくする魔法だ! 土器少女! 明らかにその2割に入っておりますー!』
〈ザザァァーー〉
不気味な雨が辺りに降り注ぐ。土砂降りの、ひどく強い黒い雨。
「雨は、まずい」
俺はすぐに気が付く。
ルルドナはまだ防水加工をしていない。大量の水が浸透したら、もろく変形してしまう。慌てて自分のコートを脱ぎ、彼女に被せる。
俺の行動を見てシュワルツが高らかに笑う。
「はははっ! そんなことをしてもムダだ! 雨は防げても、魔力は浸透するぞ!」
だがそのとき。
――シュワルツの高笑いを遮り、雨が、一か所に集まりだす。
まるで、滝のように。
〈ゴオォォォオオ!〉
「――水を、使ったな! オヤジィ!」
低く、不気味にも透き通った声が響く。
会場に取り残されていた水の精霊の娘、ガディが口の端を上げる。
副店長はギョッとした顔で愛娘を見た。
大量の黒い雨が、ガディの方へ吸い寄せられ凝縮されていく。
次第に、彼女の周りに黒いオーラをまとった水の巨大な魔法陣ができる。それは会場の全てを覆うほどの巨大。次々と上空へ何重にも展開される。
「し、しまっ……」
慌てる副店長。しかし、もう誰の目にも遅いのは明らかだった。
「ノアの闇洪水!」
彼女の周囲の魔方陣から激しい水のうねりが発生し、嵐の海のような水流が四方からシュワルツとデータサイエンス部長を吞み込んだ。
――空中に出現した嵐の海。
まるで巨大な化け物のように二人を咀嚼していく。
『これはーー! ウンディーネ一族の限られたものだけに使えると言われる幻の魔法だ! 雨の日限定の超大魔法! でもなんか黒い! 娘から父への嫌悪感が混じってるのか!?』
やがて空中の洪水が静まった。
副店長シュワルツは、一緒に浮いていたデータサイエンス部長とともによろよろと地面に降り立ち、……仰向けに倒れた。
『副店長シュワルツ様! データサイエンス部長! あまりのダメージにダウーン! これは勝負あり! まさかの挑戦者側の勝利ですーっ!!』
ナレーションが興奮気味にまくしたてる。
〈ワァァアアアアァー!〉
観客席から歓声が上がる。
「……勝った、のか……?」
何とか、乾ききったのどの奥から声を絞り出す。
「……そう、みたいっすね」
今まで喋れなかったスコリィが隣でぽつりと呟く。高度すぎる戦いの応酬に、どうやらオーバーヒートしていたらしい。
皆は、戦いの終わりを感じて、次々とその場にへたり込んだ。
――次の瞬間。
俺には、別の衝撃が来た。
「クタニ、このコート、少しくさいわ……」
うつむいたルルドナがそっとコートをとり、俺に返す。
黙ってそれを受け取り、真顔で匂いを嗅いだ。
たしかに、汗のにおいがする。
――幸い、加齢臭ではなかった。
「そうか」
ある意味俺は、その会場の誰よりも強く、胸をなでおろしたのだった。




