囚われて縄に縛られたら変な趣味に目覚めないように気をつけろ
フランツ・カフカの世界に転生したかと勘違いしたが、そうではなく、手足を縛られて大きなボロ袋に入れられていた。
よくみると周りにもぐっすりと幸せそうに眠っているイモムシがいた。スコリィとペッカ(柴犬サイズではなく僕より少し大きいサイズになっている)、ガディである。いないのは、何故かイゴラだけだった。スラコロウ(※ショウより変更)ちゃんもいないけど、きっと物体と間違われたのだろう。
「起きたか。ここは魔王モールの地下だ」
一つしかない重そうな扉を開けたのは、氷のようなものでできた魔物だった。
「私は冷凍食品担当テーブ・ルマーク!」
……適職を得た感じの魔物である。
「お前らのことは門を通った時点で筒抜けなんだよ。ビッグ・ブラザーシステムでな!」
そう言うと門兵の持っていた光と同じ光を出す。
「門兵にスパイを置いておくなんて卑怯だ」
転がったまま僕は苦虫を噛み潰したような表情をする。
――そうか、ファストライフシティは警備が厳しそうなのにすんなり通れるなと思ったら、通信魔法で監視していたのか。
だけどイモムシになって苦虫を噛み潰した表情になるとは思わなかった。
「いいからこの縄をとけ! 僕達は交渉をしにきただけだ!」
「交渉? それは対等な立場にある者同士が行うものだ! イモムシが対等なわけないだろう?」
「確かに……!」
見張りの立場のくせに僕を論破するな。
「しかしお前らは運が良い。今日は月に一度の新月バトル祭だ」
月に一度って大会多くない? いやいいけど。
「このパターンは……! 優勝したらルルドナを返してくれるパターンだな! さらには勝っても賞金を渡さないで済まそうという悪どいパターン……!」
「え、いや、賞金も出るよ。俺らは入場料で黒字だし。おまえどれだけ心汚れているの。こっわ。寒気がするわぁ。最近の異世界人こわくて寒いわぁ」
氷質の腕を組んで寒そうにする。リアクションがムカつく魔物だな。
「……じ、じゃあ、縛る必要はないだろう! ほどけ!」
僕はなんとか口八丁で切り抜けられないか相手に言葉を投げ続ける。
「強制参加させるためだ! まあ今日の夜開催だからそれまで大人しくしているんだな! はっはっは!」
「おい待て!」
僕の声を全く聞かず、あっさりと行ってしまった。え、僕たち、夜までこのまま?
「ここにシュワルツ副店長の娘がいるぞ!」
行ってしまったかと思っていたが、すぐに戻ってくる。
「……シュワルツ副店長の娘?」
さっとガディに近づいて顔を覗き込む。
「……確かにそうだな。だが残念だったな。俺様は別勢力だ。シュワルツ派ではない」
あ、派閥とかあるんだ。
「魔王モールには他にいくつか派閥があって、私はアルディ派だ」
「どこの派閥にしろ、副店長の娘に乱暴をしたとなるとクビではすまされないぞ」
「おいおい、ここは魔王モールだぞ。しかもここは地下三階。誰かが迷い込んでうっかりと階段から転んで命を落としてしまわないとも限らないぞ。たとえ副店長の娘であってもな。俺は知らない振りをしておけば良いだけだ」
魔王モールって命がけで来なきゃいけないのか……。
苦し紛れににらみつけて言う。
「死んだらもう一回転生してお前の悪事をばらしてやる」
全くの苦し紛れだったが、相手の表情が少し変わる。
「……異世界人はそもそも一度死んでからこちらに来るらしいな。しかしお前はなぜか妙にこちらの匂いが馴染んでいるな」
氷の魔物が近づいてきて僕の匂いを嗅ぐ。匂いを嗅がれるって気持ち悪いな。スコリィにしたことを今度謝ろう。
「ふっ! 伊達に毎日粘土をこねてないぜ! ルルドナだって僕が作ったんだぞ!」
「……あの摩訶不思議な人形を創造したのはお前か!? うーむ、創造系の特殊スキルか。なんか面倒だな……。やはりお前らにはここで死んでもらおう!」
「え」
僕の必死の粘りは、むしろ逆効果だったようだ。やばいみんなに呪われる。
「この部屋は天井が落ちてくる仕掛けがある。お前らはここで迷い込んで寝ていたら死んだことにする」
氷の魔物は、部屋の外に出て、重い扉を締め、カチンと壁のスイッチみたいなのを押して上の階へ登っていった。
**
「うおお!?」
「なんすかこれ!?」
「……ぐぅぐぅ」
目を覚ましたメンバーが騒ぎ出す。一人寝ているけど。
じわじわと秒速3センチくらいで下がっていた天井は、もう1メートルくらいの高さにまで迫っていた。イモムシのまま死にたくない。
「夜のうちに捕らえられたんだ! 地下三階にいるらしい!どうにかできないか!?」
僕が早口で状況を説明する。
「私の魔法じゃ無理っす! ていうか、魔法封じの袋にいれられてるじゃないっすか!」
部屋中を這いずり回るスコリィ。動くのうまいな。イモムシの才能がある。……感心している場合じゃない。
「俺様も召喚魔法は無理だ! ていうか部屋はもう少し明るくならないのか!?」
ペッカが混乱して明かりを求める。天井の魔法灯の光は弱々しく、部屋がぼんやりと見える程度である。
「すやすやぐぅぐぅ」
これだけ騒いでも起きないガディはやはり大物である。
「イゴラくんやショウちゃんはどこっすか?」
「わからない! この部屋にいないのは確かだ! ていうか起きてくれ!」
僕が叫んでガディの頭に頭突きをする。
「え、なんです?」
寝ぼけ半分のガディが僕の顔を見て、もぞもぞと動いて、部屋の様子と下がってくる天井をみて状況を把握する。
「絶体絶命?」
ガディを見たみんなが頷く。
「みんな! 四隅にいって天井に向かって尻を突き出せ! 尻で支えるぞ! イモムシにだってできることはあるはずだ! 最後まで諦めるな!」
声を上げ、尻を突き出す。
「やむを得ん!」
久々に大きなサイズになっているペッカは僕の真似をして尻を突き出す。
「そんなの嫌っすー!」
「いやーーー! お嫁にいけません!」
一応、部屋の隅に移動した女子二人が嫌がっている間に僕の尻が天井につく。高さ60センチといったところか。
「ペッカと僕は目を瞑っているから、耐えてくれ! 予想以上の反発があれば止まるかもしれない!」
「頼んだぞ!」
僕とペッカは目を瞑り、尻で支えることに集中する。容赦なく下がる天井。
ーーダメか。
諦めかけ尻に力が入らなくなったそのとき、……天井の動きが止まった。というか圧力がなくなった。
ーー止まった!?
声を出す余裕もなく尻を上げた僕達は恐る恐る目を開ける。
「あのぉ……、もう大丈夫ですよ」
そこにいたのは、円状にくり抜かれた天井を右手で持ち上げて立っている少女。レンガでできた重そうな帽子を恥ずかしそうに左手でおさえる少女であった。




