闇が怖い竜、背の高いピクシー、熱く語るオタク
――次の日の早朝。
俺たちは馬車に乗り込み、次の街を目指していた。今日は長距離移動だ。
〈ガタタンゴトン、ガタタンゴトン〉
馬車に揺られてしばらくすると、ペッカが「この前は弱みがないなんて隠し事をして済まなかった」と話しだした。
「実は俺様は、……暗闇が怖い。というより何もできなくなる。幼い頃……一晩中、暗闇の中で呪われ続けたことがある」
妙に静かな馬車の中、ペッカの言葉が静かに響いた。
「どんな呪いを受けたんすか?」
スコリィが控えめに尋ねる。
「……」
ペッカはしばらく沈黙した後、低い声で語り始めた。
「まだ飛ぶこともできない小さな頃……夕方の森で遊んでいた俺様は、誤って洞窟の縦穴に転げ落ちた。そこは光一つない暗闇で、出口も見えなかった。そこで、闇が語り始めた」
皆が息をのむ。
「そいつは一晩中、俺様に呪いの言葉を囁き続けた」
恐怖がまだこびりついているようなペッカの顔。
「『お前はここで朽ちる』……『誰も助けにこない』……『お前のことなんて誰も帰ってきてほしくない』……。そんな言葉が、延々と耳元で響き続けた」
俺はじっとペッカの話を聞いた。引きこもっていた時期、自分も同じような幻聴をよくきいた。
「……明け方になって、ようやくわずかな隙間から、光が差し込んだ。その瞬間、ゴーストモンスターは消えた。耐性があったのか、俺様は死ななかった……。だが、それ以来、暗闇が怖い」
ペッカは、今まで言えなかった弱点を初めて打ち明けた。
「……そういうことだったのか」
できるだけ優しく返事をする。
正直、ペッカが暗闇を怖がる理由がここまで深いとは思ってなかった。
「ワタクシも暗闇は苦手ですが、そんな経験があったら一人で寝れないかもしれません」
ガディも、共感したように頷く。
「予想以上に深刻なのはわかった。……でもな、ペッカ。弱点なんて、誰にでもある」
俺はペッカをまっすぐ見た。
「弱点というか、欠点か。俺なんて欠点だらけだ」
ペッカは俺を見つめる。皆も俺を見る。
「寝坊するし、声も小さいし、お腹も弱いし、冷え性だし、オタクだし、一つのことに集中すると周りが見えなくなるし、力もないし……おまけにお金もない、どころか借金は100億もある」
「いや、欠点多すぎっす!」
「本当にたくさんあるですね……」
スコリィとイゴラくんが即ツッコミをしてくる。
「欠点のない存在なんて、神様だけだ。誰だって、何かしら苦手はある。だからペッカが暗闇を怖がるのも、何も恥ずかしいことじゃない」
ペッカは黙っていたが、ほんの少しだけ、肩の力が抜けたように見えた。
「……お前、ときどきいいこと言うな」
「ときどきってなんだよ」
「てんちょー、普段は一番ポンコツっすからね」とスコリィ。
「たまに冴えますけど、基本的には抜けてますよね」とガディ。
「俺ってそんな感じの認識なんだ……」
皆の言い様にがくりと肩を落とす。
そんな様子を見るペッカの表情は少しだけ明るくなっていた。
***
〈ガタタンゴトンガタタンゴトン〉
――寝不足の俺達を乗せて馬車はゆく。
いつの間にか乾いた岩肌の見える風景を進んでいた。
クッションの効いている高級な馬車なので、つい眠くなる。
心地よい睡魔に身を委ねようとしていたら、スコリィが次第に機嫌が悪くなっていた。
馬車の中は長身のスコリィにとっては狭すぎるのだ。少し不機嫌そうに長い脚を組み直す。
「……なんか、狭くねっすか?」
「スコリィがデカいからな」
ペッカが無遠慮に言う。ペッカは柴犬サイズで俺の隣りにちょこんと座っている。
「うるせぇっす! どうせアタシはデカ女ですよ!」
確かに、彼女は高身長だ。俺は見上げなければならなず、180センチはありそうだ。
「そんなに気にしなくてもいいんじゃない?」
俺はスコリィの顔を覗き込んだ。
「いや、気にするっすよ! ピクシーは小さくて愛らしくて可愛がられるのが普通っす!」
再び足を組み直す。俺の短い足につま先が当たる。申し訳なさそうな顔もしない彼女に、俺は自分の膝を強く叩き、言ってやることにした。
「スコリィ! 以前に言いそびれていたが! オタク男子として、この際言っておく! 高身長女子の良さを!」
「……は?」
スコリィが怪訝そうな顔をする。
「いいか、スコリィ。高身長女子ってのはだな、まずスタイルが抜群に映える! スラっと伸びた手足、颯爽と動く所作、特に戦闘時の立ち姿の魅力が違う! 長い手足から繰り出される美しい体技、流れるような魔法、勝利の旗を掲げる姿はまさに女神!」
「え? は? めが……?」
若草色のジャージを着ているスコリィの顔に困惑が色濃く滲む。
「それに、高身長女子は可愛い系の服だって似合う! 長身だからこそ出せるギャップがある! 甘い雰囲気の服と高身長の強気な性格の組み合わせとか、最高だと思わないか!?」
俺の熱量に合わせるように、馬車の揺れがひどくなる。
「はあ!? な、何言ってんすか、アタシはそんな……!」
スコリィの顔がじわじわ赤くなってくる。
「さらに! 背が高い女子は、頼れるお姉さん的な魅力もある一方で、実は可愛いものが好きだったり、意外と繊細だったりするギャップがまたいいんだ! もちろん清楚系もばっちりだ! 黒いスーツに白シャツとネクタイの正装で堂々と歩く姿はそれだけで空気を浄化する! 例えばだな——」
「ちょ、ちょっと待つっす! 何すかその熱量!? そんなオタク語り聞きたくないっす!!」
スコリィは耳まで真っ赤になり、動揺しまくる。
「だがまだ語り足りない! 長身女子の良さは——」
馬車はさらに揺れがひどくなる。
「もういいっす!! やめるっす!!」
「いや、せっかくだし、もっと聞きたいです」とイゴラくん。
「ワタクシも聞きたいです。店長さん語彙力すごいです」と冷静なガディ。
二人に見つけられ、さらに赤くなるスコリィ。
「乗っかっちゃ駄目っす!!」
スコリィは叫びながら、顔を両手で覆うように隠して足を揃え体をかがめる。
その瞬間——。
〈ゴトッ!ゴトッ!ゴトッ!〉
馬車がさらに大きく何度も揺れた。
「……うっ!」
前のめりになったスコリィ。表情が見えない。
「……ん?」
「……っす……」
スコリィの顔が青ざめている。口元を抑える。
「あれ? ……もしかして」
「……酔った……っす……」
スコリィの体がグラリと揺れる。
「えぇ!? 酔い止めの魔法なんて使えませんよ!?」
イゴラくんは慌てて皮袋を出す。
「お、おい、顔やばいぞ」
前かがみのまま顔を上げたスコリィの青さに、さすがのペッカも驚いて目を見開く。
「てんちょーのせいっす……! 無駄に熱いオタク語りのせいっす……!」
スコリィはフラフラしながらも恨みがましく睨んだ。
「変に熱く語るから、頭がオーバーヒートして……馬車の揺れと合わさって……サイアクっす……!」
「酔いには水か!? それとも、外の空気を——」
「も、もう……!!」
スコリィはそのまま、出すものを皮袋に出してぐったりと窓にもたれかかった。
「……やっちまったな」とペッカがにらむ。
「たまにすごいことしますよね」イゴラくんも。
「いやらしいです」ガディのジト目。
両手を上げて抗議する。
「ちょっと待って!? 俺、悪くなくない!?」
「いや、あの熱量はちょっと」
イゴラくんが冷静にツッコむ。
「……アタシ、次の街着くまで寝るっす……」
スコリィは疲れ果てた声で呟き、窓から少し顔を出しそのまま目を閉じた。
〈ガタタンゴトンガタタンゴトン〉
馬車はゴトゴトと揺れながら、次の街へと向かっていく。




