ちょっとだけ買おうと思ったら大体余計なものまで買っている
さて、馬車で旅立った一行ですが、魔法通販部隊アマゾネスワンの販売戦略に打ち勝つことはできるのでしょうか?
――魔王通販部隊アマゾネスワン。
馬車で各地を巡りながら、ゲリラ的にバザーを開き、すれ違いざまに商品をねじ込む超行商部隊。通りすがりの押し売りにして、魔王の冠を戴く者たちだ。
「わたくしは、アマゾネスワンの――白鳥と申します!」
澄んだ声が響く。黒い肌に白いシルクハット、白服がやけに映える長身の女が馬車の進行を塞いでいた。
「さあ! 降りてくださいませ! ただいま特別バザー開催中! 一人一品、お買い上げいただければ道をお通しいたします!」
……買わないと通さない。まさに魔王的ルールだ。
俺らがためらっていると、黒いゴーレムやオークたちが馬車の周りを跳ね回り始めた。
〈ドドンッドン! ドドンッドン!〉
車輪が揺れて、胃袋も揺れる。だんだん気分が悪くなる。
「いいっすか、これは戦いっすよ!」
経験者のスコリィが珍しく真顔になる。
「相手は営業トークで好みを射抜いてきます! 惑わされちゃダメっす!」
しかし地面はすでに即席の露店で覆われ、俺らが降りた瞬間、バザーの匂いと声が洪水のように押し寄せてきた。
馬車のドアを開けると、そこにいたのは細い目をキラリと光らせた商人。
「これはまた、面白い顔ぶれですねぇ。異世界人、ストーンピクシー、小さなゴーレムにドラゴン、そして……デビルウンディーネまで!」
スライムはまだ見つかっていない。サイコロ椅子のふりをして転がっている。
「安いもの一つだけ買って通り抜けるぞ」
俺はそう決めてバザーに足を踏み入れた――が。
「お試しのサンドイッチとコーヒーをどうぞぉ! もちろん毒なんて入ってませんからねぇ」
にっこり笑う美人のオーガメイドが差し出す。
ふわりと鼻をくすぐるパンの香り、湯気を立てるコーヒー。
――これは、サンドイッチ戦略!(※本当の意味は違う)
気がつけば、買い物が始まっていた。
イゴラは高級小麦粉を抱えてうっとり(2000ゲル)。
スコリィは花のはちみつを手に輝く(4000ゲル)。
ペッカは分厚いライフハック本を小脇に(1500ゲル)。
ガディは『いい水百選』とミネラルウォーター詰め合わせ(5000ゲル)。
俺は……持ち運び可能な小型ロクロ(8000ゲル)。
「みなさん、すごーい! でももっと素敵な品もありますよぉ?」
オーガメイドが甘く囁く。気がつけば財布の紐は跡形もない。
その時だった。
胸ポケットの中で、もぞもぞと動く感触――そして、頬に鋭い痛み。
「いって!」
小ルルドナが、じっと俺を睨んでいた。
「しっかりなさい!」
頭の中がスッと晴れる。周囲を見れば、仲間たちは皆、うつろな目で商品棚を見つめている。
――誘惑系の魔法! 物欲を直接刺激して買わせるやつだ!
「いけない! みんな、出るぞ!」
叫ぶが、返事はない。足は棚へ、視線は値札へ。
進路を塞ぐ白鳥が、紅い唇を吊り上げた。
「おおっと、もう少しお楽しみくださいな……」
その目を見た瞬間、視界が吸い込まれる。
「……そうかもしれませんね」
俺の口から、勝手に言葉がこぼれた。
次の瞬間。
〈ドンッ――!〉
サイコロが弾丸のように飛び込み、白鳥の悪魔に激突した。
シルクハットが地面に落ち、周囲の空気が凍りつく。
俺はその光景を、どこか遠くの出来事のように見つめていた――。
テンプテーション(誘惑)魔法にかかってしまったようですが、無事に買い物をやめることはできるのでしょうか?
2025.8.14 主人公の一人称を俺にして、それに合わせて各所書き直しました!




