異世界にコーヒーが無いなら転生したくない
パンが全く売れず、情報収集という形で解散しましたが……。
情報収集という体裁で、俺は街の路地裏にある隠れ家的な喫茶店で休んでいた。
深く椅子にもたれかかる。
そもそも、俺は異世界に来て色々ありすぎだ。皆の前では平気そうにしているが実はかなり疲れが溜まっていた。
「ふーーっ」
俺は久々のコーヒーを喉に流し込む。脳にカフェインが程よく流れ込んでくる。レンガパンと一緒に流し込みたかった。
それにしても 異世界にコーヒーがあってよかった。転生者が持ち込んだのかもしれない。
『ムーンバックス』という喫茶店だが、異世界は非常に月が人気だなな、と
俺は自分の屋号にルナとつけてよかったと安堵するが、目下売上が下がっているのは気分が悪い。
夜の経営がメインらしく、昼下がりの今はほどんど誰もいなかった。店員もやる気がなくカウンターの奥で何か本を読んでいる。
他に客もいない。窓際の席。裏路地の向こうに川と小さな石のアーチの橋が見える。だけど人通りはない。
「このままじゃあ、仕入れ費用とここの宿泊費を賄うだけで精一杯になってしまう……」
俺は手に持った小型のハニワ人形を転がしながら考える。昨日、月の光にあてていたが、やはり動かない。
「ルルドナ、どうしてるかなあ」
転生前の世界の知識がある彼女は、やはり頼りになる。しかも俺が忘れてしまっている知識まで思い出してくれる。
――そのとき、異変が起こった。起こるはずのないことが起こったのだ。
「困っているみたいね」
いきなり、ハニワに話しかけられた。
「え?」
俺はまじまじと手元の小型ハニワを見つめる。休憩のお供に親指サイズのハニワを持ち込んでいたのだ。
「る、ルルドナ?」
「そうよ。元気がないけど、何かあったの?」
「ルルドナだ! いま無事なの? 何もされなかった? 割られてない?」
相手の問いかけを無視して矢継ぎ早に問いかける。
「落ち着いて。無事だし、結界の中に入れられて眠らされているだけ。割れてないわ。結界に閉じ込められた私がずーっと暴れていたら、変な魔法かけられて眠らされてしまったの。で、気がついたらこの小型ハニワに意識がうつったみたいね」
「よ、よかったぁ。ひとまず無事なんだね」
俺は力を抜いて安堵の息を吐く。
「ええ多分、私の体は今頃、三号店のディスプレイに展示されているわ。気分が悪いけど、……美しいって罪ね」
……結構余裕がありそうだった。
「美しいからじゃなくて珍しいからだと思うけど……。ともかくそのまま暴れないで大人しくしていて。絶対に助けに行くから」
「珍しい上に美しいのよ。暴れたりはしないわ、どうせ眠っているし」
憎まれ口をたたきつつも目を細めたハニワ人形を見つめ安堵する。
「で、ともかく俺らは、ちょっとメンバーが増えたんだけど……困ったことがあって……」
言い淀む俺。
「いいことじゃない。で、困りごとって何? はやく言いなさい」
ハニワの形で苛ついているがその姿も可愛らしい。
「出張費がなくて……」
「……現実的な悩みね」
「麓の街で路上販売をしているんだけど昨日の三倍もパンの材料を仕入れたのに、全く売れなくなってさ……」
「油断して調子に乗ったパターンね」
「詳しく話すよ。何かアドバイスをしてほしい……」
――路地裏の喫茶店で俺は、小さなハニワに向かって話しかける不気味な男になっていた。
――およそ2時間後、ルルドナのアドバイスに従ってさらに工夫を重ねて、販売を再開することにした。
さて、メインヒロインがまたハニワになってしまいました。
ルルドナからアドバイスされた新しい販売戦略はうまくいくのでしょうか……。
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