運命の女神に後ろ髪はない
経緯を話す。
噴水の中にいる彼女は、深く頭を下げた。
「この度は父がご迷惑をかけたようで申し訳ありません。しかもこちらの世界に転生してくださったばかりの転生者の方に」
心の底から申し訳無さそうに謝るガディ。
悪魔っぽい角や羽が生えているが、その姿は荘厳であり、まるで水の芸術品である。
「いやいや、キミが謝る必要はないよ」
「そういうわけにもいきません」
頭を下げ続ける。
うつむいているため表情が見ないが、ついにはポロポロと涙をこぼし始めた。心なしか噴水の周りの水も勢いがなくなったような気がする。
「何だっていつもいつも、ワタクシはこうなるのでしょう……」
つい最近、大量の涙をこぼした自分と重ね合わせる。
噴水の周りの広い人口の泉に落ちる大粒の涙。
看板を壊した副店長のせいでこちらも迷惑したけど、その家族はもっと迷惑をしているのかもしれない……。
***
いったん、俺は話題を変えることにした。
「ところでキミはどうしてこの町に? 三号店はもっと遠くのはずだけど」
「……いえ、この近くが実家なんです。湖のきれいな場所があって、そこに住んでいるんです。町へは買い出しと息抜きによく来てるんです。噴水遊泳は本当はしたらだめなんですけど、つい気持ちよくてやってしまうんです」
少し落ち着いたようだ。やや無理をして笑顔を作ってくれる。
「なるほど……。近くに嫁さんの実家があるから、あんなに早く……」
……気まずかったのかな。
ガディが申し訳なさそうに続ける。
「一人で早く戻るなんて変だなと思ったんですが、まさかそんなことをしているなんて」
「でも魔王の命令に従って動いているだけかもしれないし……」
「実は、父は少し前に別の仕事をリストラされて、魔王ウォルマゾングループの三号店の副店長に思い切って応募したら抜擢されて、……変わってしまったんです。態度が傲慢になり、家庭でも暴言が増え、朝からお酒を飲むことが多くなって」
再び頬を涙が伝う。……三流ドラマでよくあるパターンだ。
ツッコミをしたい気持ちがあったが、なんだか重い話になりそうだったので話題を変えようとする。
「き、きっと魔王に洗脳されているんだよ! そういう魔法ってないのかな?」
仲間を誘拐し、看板を壊した相手の娘をフォローするとは思わなかった。
皆はそんな魔法はない、と首をふる。
「継続的に性格を変える洗脳魔法なんてきいたことがありません。家で酒を飲み、手当たり次第に物を壊し、外でもそんなことをしているのでしょうか……」
再び重い空気になる。こういう方面に経験値の無い俺はどうしていいかわからなくなる。
ちらりとスコリィを見る。
彼女は親指を上げて、明るくガディに話しかける。
「にしても、さっきの魔法すごかったっす! あんな防がれ方したの初めてっす! しかもめちゃくちゃ美しかったっす! 推したいっす!」
攻撃魔法を一つ一つ丁寧に撃ち落とされたスコリィが話題を変えてくれる。
その話題にイゴラが食いつく。
「それ、ボクも思いました! 自動迎撃魔法なんてボクの防御魔法とはレベルが違います!」
「……ワタクシ、ちょっと特殊で。母が水の精霊のウンディーネなんです。水のある場所では、まあまあ強力な魔法を使えるようでして」
「ウンディーネって、四大元素妖精の!?」
一番魔法知識のありそうなイゴラくんが大げさに驚く。
「ええ、そうですよ。でも父は平凡なデビルガーゴイルでして」
エリート一族の母方、平凡な一族の父方、間に挟まれて育ち二重人格になる娘。よくあるパターン、……ではないか。異世界すごい。
何にせよ上品モードのデビルウンディーネのガディはとても神秘的で、悪魔っぽい角や羽までも神秘的に見える。
「君の力でお父さんを止めることはできない?」
「父のことを止めたいのですが、仕事になると全く家族の意見なんてきいてくれなくて。最近なんて仕事の話題は家庭ではタブーでして……」
俺は思い切って提案してみた。
「よかったら、一緒にきてくれない? 戦闘はなるべく避けようと思っているけど、君がいると百人力だと思うんだ」
ぱっと顔を上げる彼女。
「あの、ワタクシ、魔法はそこそこ使えるんですけど、実践経験がまるでなくて……。それでもいいなら」
「もちろん、それでもいいよ!」
「あ、でも母に相談しないと……。でも多分大丈夫です。母は異世界人に好意的ですし、三号店までは何度も通っていますし。そもそも、母は早く独り立ちしなさいって小言を言っているし……」
だんだん顔が顰め面になっていくガディ。
「じゃあ、いいかな?」
「はい! では準備をしてきます!」
そういって、噴水の中に消えていった。きっと水のあるところに移動できるスキルだ。いいなあ。
***
噴水が平穏を取り戻した様子を確認してから、イゴラが興奮気味に言う。
「四大元素精霊が仲間になるなんてすごいことですよ!」
スコリィが俺に向かって拍手をする。
「テンチョーやり手っす!」
ちょっと調子に乗ってドヤ顔をする。水浸しだが。
「異世界に来てまで遠慮してたまるかっ! 運命の女神に後ろ髪は無いんだ!」
それに対してペッカが。
「別に元の世界でも遠慮しないでいいのではないか?」
「それは……」
瞬間、日本の重い空気を思い出す。遠慮しないと、すり潰されるような、
――重い空気。
そもそもこの異世界には重い空気が無いから、俺は人間らしく行動できるのかもしれない。
この違いは、一体なんだろう?
一度でもミスをしたら、そこを徹底的に叩かれて、活動すらできなくなる。
コンクリートやアスファルトで作られた、粉塵がたちこめる日本の都会の空気を思い出す。
鬱モードに入りたかったけど、仲間の前だ。そんな事はできない。ゆっくりとクビを振って空気を吸い込む。遠くの山を見て、視線を下げながら石造りの町並みを見て、広場の石畳を見る。
最後に、目の前に立つ仲間たちを見る。
(そうだ、俺は異世界に来たんだ。)
遠慮なんか、してる場合じゃない。新しい仲間を見つめ、特に意味もなく、大きく頷いた。




