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丘の上の雑貨屋と魔王モール  作者: 登石ゆのみ
第21章 雑貨屋増設編
204/209

本棚が倒れると底なしの部屋に道化師

【あらすじ】雑貨屋メンバーの魔力をとりもどすため、一人で魔王モール2号店に向かうクタニ。知り合った踊り子フェズとキツネ耳のマニセスと共に書庫に来たが、異変が起り、狭い逃げ場のない空間で本棚が倒れてきて……。

本棚に押しつぶされそうになったフェズと俺。


「こんなの、魔法で……!」

「ダメだ!」

本棚に向かって魔法を使おうとしたフェズを慌てて止める。


「え?」ぽかんとしたフェズの顔。

〈ドサドサドサッ〉

「ッ……!」

気づいたときには、フェズの肩越しに腕を突き出していた。

本棚の重みが左肩にのしかかり、背骨にガツンと響く。


本が落ちきったあと、辺りが静寂に包まれる。

彼女の顔が目の前にある。


――左肩に強い痛み。

(何やってるんだ、俺)


目の前にはぽかんとした顔。


「大丈夫か?」

そう尋ねるも、彼女はただこちらを見つめるのみ。


「え、ありがと。でも……ほんとに平気?」

その目は、わずかに揺れていた。


「平気だ。だけど、本は粗末に扱ってはダメだ。どうせ、本も本棚もバラバラにするつもりだったんだろ?」


本を払いのけ、本棚を元に戻す。見た目より、ずっと軽い。

「そうですけど、そんなに本を愛してないでしょ? 読書もしてないみたいだし」


「作った人がいる。本でも、陶器でも、な」


ソファから跳びはねるように立ち上がったフェズが、こちらの顔をのぞき込みながら言う。

「へぇ! ちょっと見直しました。ポイントアップです!」

「今何ポイントかは、あえてきかないでおくよ……」


その言葉に満足したように彼女はくるりと回る。

そして、一言。

「……それより、ここどこです?」


――そう、俺たちは書庫にはいなかった。

周りを見た渡すと、薄暗い部屋。本棚と、ソファと白い壁。


「わからないけど、悪趣味なことは確かだな」


そのとき、皮肉たっぷりの声がした。

「へぇ~? 転生者くん、可愛い子を庇って好感度稼ぎ?」

道化師は、顔半分の仮面を指でつつきながらゆっくり近づいてきた。


部屋の入り口を開けて、やってきたのは、――道化師だった。

赤と白の縦縞の緩いズボンに、二股に分かれた同じ模様の帽子。その先には星の飾り。

髪の色は水色で、妙に似合っていた。


顔の上半分を隠す仮面をかぶっているが、口元から判断すると少女のようだ。


「えっ……!?」

その姿を見て、口をふさいで驚くフェズ。


「ヤバいやつ、なのか?」ひそひそと話しかける。


「いえ、そんなわけじゃ……」小声でフェズが返事をするが、本棚が倒れてきたときよりはるかに動揺している。


「おいおい! 道化師に正体を求めるなんて、野暮なことはするな! さあ、楽しもう~!」

そう言って両手を広げると、たくさんの花や花びらを飛び散らせる。


周囲にたくさんの花が入り交じった芳香が周囲に立ちこめる。

濃厚な、花のにおい。


(幻覚? においまで?)


ゆっくりと舞い落ちる。その花びらが床に触れた瞬間、――ぽちゃん、と沈む



(は?)


目をこすってよく見ようと目をこらすと、フェズの大きな声。

「クタニさん! 足!」

「え?」


彼女の視線を追って、自分の足を見ると、……明らかに短くなっていた。

「短くなってる!?」

「短いのは元々! そうじゃなくて!」


言い切るフェズの声にショックを受けつつ、冷静に自分の足を見ると、――地面に沈んでいっていた。

白い床に吸い込まれる足。


「うぉ!」


上げても上げても、沈んでいく。

床に落ちた花びらも、運命であるかのように沈んでいっている。

「……し、沈んでいる!?」


――まるで、白い底なし沼。


「違います~! あなたは、浮いているのです~!」


道化師の声。

ただ、その指さす方向を見てみると、天井にから足が出てきていた。

あれは、――俺の足?


見慣れた足。右足を動かすと、その天井の右足も動く。

まさしく、――俺の足だ。


「なんなんだ!?」

あまりにも現実離れした光景。


同じく沈んでいるフェズ。

「これは、マジック魔法!」

フェズが驚嘆するが、それ、魔法魔法じゃないか。

たしかに、人体切断マジックとかあるけど。


「おい、奇妙な魔法はやめろ!」

必死に道化師に呼びかけるも、陽気な返事が返ってくる。


「彼女はほとんど沈んでいないですよ~? あなた、自分から沈んでいるのでは~?」

「……!」


「扉の外に出られれば、沈まないかもしれませんねぇ!」

道化師は部屋の出口で直立したまま笑っている。


そんなことできるわけがない。だって、底なし沼みたいといっても、水の抵抗のような感覚がほとんどないのだから。

まるで、無重力になったような感覚。

「くそ」


上半身だけで、泳ぐようにもがいても。ほとんど意味がない。


その様子を見て半笑いしながら満足そうに道化師が言う。

「ていうか、沈んでしまっても、大丈夫なんじゃあないですか~? そもそも天井から出てきてるんですから。……でも、それって、本当に元のあなたなのでしょうか?」

歪む口元、¥。

――これ、沈んだらダメなパターンのやつだ。


「くそ、こんな床!」

へその上まで沈んでしまっている。


無駄な抵抗と思いつつ、かき分けて進もうとする。


しばらくすると、異変が起きた。


白い床に波紋のように固さが広がり、底なし沼が一瞬で白磁の皿みたいに変わる。


「……止まった!?」


隣でひざまで沈んでいたフェズが声を上げる。


そう、底なし沼のようになっていた床が、まるで陶器のように固まったのだ。


その様子を見て、道化師は楽しそうに跳びはねる。

「はっはっは~! 面白い! そんな解決があるなんて! いや、解決してませんね! いや、状況は悪くなっています! 中途半端すぎて、笑えます! はっはっは~!」


覚えているのはその声が最後だった。

空間そのものに“釉薬のひび割れ”のような線が走り、次の瞬間、世界は白い破片になって四散した。


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