石畳の迷路、本の通路
【あらすじ】仲間の魔力を取り戻すため、一人で魔王モール2号店に向かうクタニ。出会った踊り子フェズとキツネ耳少女のマニセスと、展望所で敵に襲われ巨石を投げつけられるが……。
わたし、強いんですよ。
彼女の言葉を思い出していた。
〈ブゥゥン!〉
フェズの手に触れた巨石は、自身が石であることを忘れたように、砂のように細かくなって地面に落ちた。
砂埃が舞う。
「ゴホッゴホッ。おい、いったい何が……」
「ちっ、砂漠の民か……! 相性が悪いな。ここは引かせてもらう!」
黒い翼を大きく羽ばたかせ、空高く消えていった。
「おい、まて!」
待たれたら困るけど。
「何言ってる、兄貴! ボクらも離れよう! フェズの姐さんも!」
「だね! 逃げよう!」
逃げる時だけはしっかりしているマニセス。フェズもこういうのには慣れている様子だ。
たしかに、いつの間にか、遠巻きに人垣ができていた。
――そりゃそうだ。
異世界民は魔法に慣れているとはいえ、一瞬で巨石を砂にするなんて、滅多にないだろう。
強力な魔法を放った本人、フェズを見ると、すでに灰色の布を体に巻き付け帽子をかぶり、逃げる準備万端だ。
こちらをちらりと見る二人。
人が集まって来る前に、細い裏道へ駆け込む。
曲がりくねった道が続く。右へ、左へ、さらにまた右へ。下ったのに登ったり。
いつもあるのはそり立つ石創りの建物。3階建てから5階建てくらいで、空が細く切り取られている。
まさに、石の迷路だ。
たまに隠れ家カフェや雑貨屋があったりして、心惹かれたが、ぐっとこらえてマニセスとフェズについていく。
長いこと走り続けて、ようやくマニセスが止まったかと思うと鍵を懐から取り出して、妙に重厚な木の扉を開ける。
「二人とも、こっち」
中には……山があった。
そう、平積みされた本の山々。
眠っている本を、ランプのような柔らかな光がぼんやりと照らす。
「ここは?」
「ヒュームンさんの店の書庫。ボク、出入りは許されているんだ」
キツネ耳をせわしなく小刻みに動かすマニセスに促され、フェズと二人、おそるおそる中に入る。
本の山を倒さないように細い通路に入り込む。石壁の迷宮から本の迷宮に変わっただけのような……。
マニセスが扉を閉めると、外とはもう別世界のような静寂の空間が広がる。
時を止めたような空間と、古い本のにおい。
案内されたのは中のテーブルとソファのあるエリア。
「ここまで来れば、大丈夫だと思うよ。ゆっくりしてて」
「そうだね! ありがとう!」
フェズは遠慮なくソファに座り込む。
「ヒュームンさん、起きてるかもしれないから見てくるね」
ソファに座ったフェズに、立ったまま尋ねる。
「フェズ、キミ……砂漠の民なのか」
「そうだけど?」
あっさりと肯定する彼女。古本の山を興味深そうに見て、視線を巡らせる。
(砂漠の民を、仲間にせよ、か)
魔女ヒルデのアドバイスを思い出す。
確かに強力な力を持ってそうだけど、交渉に連れて行っていいかと言われたら……微妙だ。
「砂漠の民は、全員、あんな魔法が使えるのか?」
「あれは私だけ。踊ったあとにしか使えないんだけど。……強いって、言ったでしょ?」
「言ってたけど、すごすぎだろ」
「石だったらだいたい砂にできるよ。石造りの大きな家だって、一瞬で砂にしちゃう!」
「それは強力だな。……で、砂漠の民なら、頼みがあるんだけど」
そう切り出したとき、マニセスの大きな声が聞こえた。
「やめろー!」
顔を向けるも、本の山に遮られて、声の主は見ることはできなかった。
次の瞬間、周りの本の山が揺れ始めた。
〈カタ……カタ……カタタ……!〉
「なんだ……?」
本の山が、同時に震えていた。
まるで何かに呼応するように。
フェズが顔をしかめる。
「……言っておくけど、これ、わたしじゃないよ」
「じゃあ誰のだ」
「誰かが、わざと“揺らしてる”。この書庫全体を」
(書庫、全体?)
次に聞こえたのは、紙がめくれるような、でも誰も触っていないはずの音。
〈パラ……パララ……〉
そう、まるで本が自分で動いているような。
さらに本棚の奥で、何かが“目覚める”ような気配。
そのとき、光を帯びた妙に巨大な本棚が、ゆっくりとこちら側へ傾いた。
軋むような音を立てながら。
こちらの周囲には、本の山。逃げ場は、ない。
巨大な影が演出のようにゆっくりと迫る。
「伏せて!」
フェズの叫びが、不気味な書庫を裂いた。
石畳の町のモデルは、スペインとかポルトガルです。グーグルストリートでよく歩いてます。




