質素な宿で朝食を
【あらすじ】仲間の魔力を取り戻すため、一人で魔王モール2号店に向かうクタニ。セントラルライフシティに到着するも、馬車で乗り合わせた踊り子フェズと食事中、食い逃げの少女マニセスをかくまい、一夜明ける……。
次の日、宿の一階で、質素な朝食を取っていた。
野菜のコンソメスープに食パン、ジャム。
スープの湯気が、まだ抜けない疲れをぼんやりと温める。
昨夜は、騒がしかった。
褐色の踊り子フェズと夜の繁華街を歩き、食事中に食い逃げの少女をかくまった。
頭の中はそれをぼんやりとしか受け入れることができず、
「いやあ。すみませんねぇ、宿代まで」
そう言ってスープを飲むキツネ耳の少女マニセス。
昨夜、ノリで宿代を払うことになってしまった。
(食い逃げ犯をかくまうどころか宿代まで出すなんて)
だけど、乗り掛かった舟だ。
「ひとまず、昨日の食事代、返しに行け。俺が立て替えるから」
昨日の疲れがいまいち取れないまま、彼女の前に紙幣を一枚出す。
目を丸くしてマニセスが問い返す。
「いいのか? 借金、100億あるんだろ?」
(借金の話もヒュームンさんからきいたのか……)
「俺の借金なんて気にしなくていいんだ。生活費は別にあるから。キミはきちんと返せ。残りはやるから、もう食い逃げなんてするな」
そう言いながら、自分の声が少しだけかすれているのに気づく。
「わー、大物ー! 食い逃げはまあ、考えておこうかな」
「守れ」
「はーい」
そういってこちらから顔をそらしながら朝食のパンにジャムを塗ってかぶりつく。
子ども特有の無邪気なしぐさだけど。
(ヒュームンさんに注意してもらおう)
そう考えていたとき、外からフェズが戻ってきた。
「おはようございまーす!」
グレーの布を巻いた姿の彼女は、少し踊りの練習をしてくると外に出ていたのだ。
フェズはいつも通り元気だ。
その眩しさに取り残されるのを自覚するも、今はどうすることもできない。
「おはよう、元気だな」
「そりゃそうですよ! 踊り子は元気が資本です! 資本主義です!」
セルフサービスのパンとスープをとって、席に着くフェズ。
「たぶんその認識、間違ってるぞ」
「え? 細かい男はモテませんよ?」
「……その認識はあってるな」
「でしょ?」
とりあえず自分が勝ったと誇っている様子のフェズは、スープにパンを浸して食べる。
その隣のマニセスが質問をしてくる。
「そういや、クタニの旦那、魔王モール2号店に行く前にヒュームンさんの古本屋に顔を出してもらえませんか?」
「旦那はよせ」
「けっこう似合ってますよ?」
「そんな柄じゃない。クタニお兄ちゃんと呼べ」
「わかりました! クタニ兄貴!」
大きな耳を持っているが、よく理解できないらしい。
「立ち寄るのはいいけど、あの人、魔法学校に通ってるんじゃ」
「何言ってるんですか、今は長期休暇中ですよ」
「そうだった……。真面目に古本屋を経営しているか疑問だけど、行ってみるか」
聞きたいこともないわけじゃないし。魔女のことも、──あの夜の出来事を、ちゃんと伝えておきたい。
「そうこなくっちゃ! きっと、いいアイテムがもらえたりしますよ」
「それはないな」
前回、魔法学校では、変なノートを渡され過去に飛ばされてしまった。しかも演出のため。
今回は気を付けなければ。
「変なことされたりはしないよな?」
「大したことはされないと思います! ヒュームンさん、きっと喜びますよ。兄貴のこと、気に入ってる様子でしたし」
……ちょっとはされるのか?
まあでも、気に入ってるといわれて悪い気はしない。
「フェズ、いいか? 案内してもらうってことだったけど」
朝食を平らげたフェズに向かって、質問する。
「そうですね。わたしもその古本屋について行っていいですか? 案内は道すがら、おいしい店を紹介しますよ!」
満面の笑顔で答えるフェズ。
「決まりだな」
まったく、借金や仲間の魔力のことがなければ、こんな美人二人と石畳の異世界の街を巡れるなんて最高の一日だったのに。
その言葉を飲み込んで、ひとまずは街で情報を集めることにした。
楽しそうに笑う二人を前に、自分だけどこか別の世界にいるような違和感を抱く。
昨夜ずっと空を覆っていた雲は、夜が明けてもまだ、――空から退場する気配など全くなかった。
静かに、朝が始まりました。曇り空が不吉ですが。




