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丘の上の雑貨屋と魔王モール  作者: 登石ゆのみ
第21章 雑貨屋増設編
200/209

食い逃げのキツネ少女は魔女の秘密を語った

【あらすじ】雑貨屋メンバーの魔力を取り戻すため、一人で魔王モール2号店へ向かうクタニ。馬車で踊り子フェズと乗り合わせ、妙になつかれ、セントラルライフシティのおすすめの卵料理専門店に案内される。が、食い逃げだ、と大通りから声がして――。

「食い逃げだーー! そこのガキを捕まえてくれ!」

 野太い男の声。


 普段なら気にしないで無視するがイートインを始めた経験もあって、つい野次馬根性を出してしまった。

 入り口そばに座っていたため、扉を開けて見てしまった。


 疾走する少女とバッチリ目が合う。


 赤い金色を混ぜたような長い髪に、――狐のような、とがった大きな耳。

 背は小柄で、ずいぶんと細い。

(獣人?)

 目が合ったコンマ数秒、狐耳の彼女は目を見開いたかと思うと、扉の間に体を滑り込ませた。


「守って」


 そう言うと、彼女は一瞬だけ、俺の背中をポンと叩いて店の外に出し、奥に隠れ込んだ。


「え?」

 状況を理解する間もなく、怒鳴り声を上げる大男がやってきた。


「おい、ここに獣人の細い小娘が来なかったか?」


 大通りから走ってきたのは、角刈りにはちまきをした板前という感じの大男。小さい角が見えるから、オーガかもしれない。

 どうしようか、と迷う暇もなく、真後ろから声が上がった。


「向こうの角を曲がって行きました!」


 いつの間にか一緒に外に出ていたフェズが奥を指さしてノリノリで言う。


「そうかい! ありがとよ!」


 細い路地の、さらに奥の路地。


 男の影は消えていった。


「……おい、いいのか」

「いいんです! なぜなら、一度言ってみたかったセリフだからっ!」


「だからといって、食い逃げをかくまうなんて……」

 店長をやっていた身としては、ちょっと複雑な気分だ。


「ともかく店に戻りましょう。面白い話がきけるかもしれませんよ!」


 その満足げな顔からは、赤ワインの香りがいやというほど漂っていた。

 ***

「いやぁ、助かったよ! ありがとう!」


 店の奥からそーっと出てきた狐耳の少女は、危険が去ったと判断したのか、満面の笑みで言う。

 紅潮した頬と大きな黒い目を輝かせてこちらに言う。


 その服装は、紺色の上着に、ベージュのショートパンツ、黒タイツだった。


「わたしのおかげですね! 感謝してください!」

 フェズは胸を張って少女の前に出る。


「共犯だな」

「店の扉を開けたクタニさんが悪いです!」


「いや、あれは……」

 言いよどんでいると、注文した料理が運ばれてきた。

 オムライスを運んできたコック帽の年配の男が、付け合わせのサラダなど皿を丁寧に机に並べて、妙に演技がかったふうに言う。

「お客さん、困ります……、と言いたいところですが、あのオーガ板前野郎は普段からいけすかないので、たまにはいいと思います! ワイン、サービスです!」

 そういって、小さなワインボトルが机にドンッと置かれる。白い歯をニカッと見せ、親指を立てサムアップ。


(ノリがいいな、ここは。江戸っ子かよ。さっきのオーガ板前の方が江戸っ子みたいだったけど)


「ありがとー! マスター世界一イケメン!」

 フェズが上機嫌でお礼を言って、店の真ん中でくるりと踊るように回転する。

 体に巻いていたグレーの布がふわりと浮いて、一瞬で、店の雰囲気が幻想的になる。


 プロってすごいな。


「まったく、俺は知らないからな……」


 ため息をついて、イスに深く座る。

(こっちはそれどころじゃないのに)


 両手の指を組んで考え込んでいると、さも当然のように、フェズの隣に狐耳の少女が座る。

 二人とも肌が褐色で、髪の色は黒と金で違えど、並んで座るとまるで姉妹のようだ。

(こちらの地方の人は褐色が多いのかな)


 僕の正面で、大きな耳を動かしながら言う。


「私も、ご相伴にあずかっていいですか?」

 小さなワインボトルのコルクを取って、いつの間にか手に持っていたグラスに注ぐ。


「キミ、食い逃げしたんじゃないの?」

 否定しても負けそうなので、もう諦めて会話をする。


「してない、無実の罪だよ」

「犯罪者は皆そう言う」


「ボクはただちょっと寿司を味見しただけだ。試食だよ」

「有罪」


「あとで出世払いして返せばいいんだ! 異世界だから許される!」


「出世払いなんて誰も信じないぞ……。って、異世界? まさか、転生者?」

 オムライスを口に運びながら、質問する。


「お、もしかしてあんたも、転生者?」


「そうだけど」


「じゃあ、仲間だ! あ、ボクは、マニセス。元フェネックという砂漠のキツネで、魔王モールで働いていたけど獣人になれたから逃げ出してきたんだ」


「動物が、獣人に?」


「よくあることみたいだよ。進化ってやつかな」

 顔を斜上45度に傾け、耳を見せつけるように髪をかき上げて言うキツネ少女。

 ……決めポーズなのかな?


「一代で進化するのか、この世界は……」

 あきれてワインをのどに流し込む。


「面白い話、聞けましたね!」

 勝ち誇った気になったフェズが、オムライスを平らげて言う。


「うーん」

 納得いかずにうなっていると、卵焼きが運ばれてきた。

 ……追加注文しやがった。


 あきれて卵焼きを頬張るキツネ少女、マニセスを見ると、狐耳をピンと立ててこちらの目をのぞき込んで来た。

「いや、……もっと面白い話がある」

 急に、声を落とす少女。


 虚を突かれ、思わず黙って彼女を見返すと、その黒い瞳に魔法陣が浮かぶ。

 ――これは。


「あんた、クタニさんでしょ? 古本屋のヒュームン先生からきいてます。この街に来るってことも、先生は予言してました。いや、予測か」


「え?」

 唐突に出てきたヒュームンさんの名に驚いていると、マニセスはその瞳の魔法陣を白く輝かせ、続けてしゃべる。今までとは別人みたいに。


「全部、先生の予測通りですよ。クタニさんの店でトラブルが起ることも、一人で背負って出て行くことも、この街に来てボクと出会うことも……」


 たしかにヒュームンさんは、セントラルで古本屋をやっているときいてたけど、まさかこんなに早く関係者と出会うなんて。

「それは驚いたな。ヒュームンさんの古本屋は、近くに?」


 そう質問すると、もう彼女の瞳からは魔法陣が消え、元のようにしゃべり出した。

「いや、ここから離れた静かなエリアだ。静かに本を読んでコスプレを研究してる! ともかく、先生はすごいんだ! 驚いたか!?」


 コスプレの研究かよ。魔女ヒルデの弟子とか言ってからな。

 


「驚いたけど……。でも、魔女ヒルデの復活は知らないんじゃないのかな?」


「え!?」


「実は、ここに来る途中で、偶然出会ったんだ。今は魔力回復のために森の奥で動けないらしいけど」


「本当か!? ということは、魔女ヒルデの借金200億も返ってくる!?」


「借金……200億!?」

「そうだ。彼女は、ヒュームン先生に200億の借金がある!」


 ……さすが、師匠。借金まで桁違い。しかも弟子に。


 何やってんだあの人。


 黙って、赤ワインを飲み干す。

 振り返って窓の外を見たが、建物に切り取られて見える空は真っ暗で何も見えなかった。


 だけど、大通りの喧噪は遠くにしっかりと響いていた。


 空も、地上も、何か大きくて不安なものを抱え込んでいるようだった。

 

 きっとまた、――嵐が来る。

 そう予感せずにはいられない、不気味な夜だった。


200話に合わせて、それっぽい話をねじ込みました。

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