赤い黄金の月、雑貨屋開始、謎の客
妙に軽い土器質の少女を抱え、家に戻る。
彼女のヒビに良質な土を丁寧に埋めることにした。
指先の感覚だけでヒビの深さを読み取り、体温で粘土の硬さを調節する。
……作業に没頭するうち、いつの間にか机に突っ伏して寝てしまっていた。
「起きなさい!」
机に伏せて座ったまま寝ていた俺は、聞き慣れない少女の声に起こされる。
「え、なに!?」
まだ日の出前。
窓の外に広がる空は、ようやく東の方角に明るい色をまとい始めていた。
声の主は、紅赤の髪の少女だ。
「……早すぎない?」
命の恩人に対して、いきなりツッコミから入ってしまう。
「ほら、こういうのって……、朝の美しい光とともに起こすものだろ?」
「そんなルールはないわ。むしろ、早起きは三文の徳よ」
丸まった背中をバシバシとたたかれる。その手にはギプスのような土器。
「……その手足、大丈夫なのか?」
「ああ、これ? 今はまだ生成中なの。もう少し時間がたてば自然ととれる感じがするわ」
「キミは、俺の作ったハニワ……なのか?」
「そう、みたいね」
仁王立ちしてる彼女の姿を改めて見る。
オリエンタルな雰囲気の衣装に、赤い和風の上着。黒いスカート。
肩まで下がった紅赤の髪は、不思議な質感で粘土のようにまとまっていた。
まだ夢の中のようだ。
昨夜のことを思い出そうとすると、頭がズキッと痛む。
……そうだ。クマゴブリン、ハニワ、光、赤金色の月。
現実感がまるでない。
「……なに、じっと見てるの?」
「え?」
紅玉のような丸い瞳と目が合う。
「姿が、珍しくて。焼き物っぽいというか」
「はぁ? 初対面で『焼き物』って言う?」
「ああごめん、そういうつもりじゃ……」
しょっぱなから、地雷踏んだ気がする。
「で、あなた名前は?」
「えっと、クタニ」
「そう。私はルルドナ」
少女――ルルドナは、腕を組もうとしてうまくいかず、不自然な格好のまま、俺の手をじっと見つめた。
「クタニ、魔力が無いみたいだけど、どういうふうに土をこねたの?」
「え? いや、ストレスでこねただけだよ……昔から、ストレスを受けると粘土をこねる癖があって」
初対面の相手に何話してるんだ。
「転生してまでストレス抱えてるの?」
「……たぶん。ていうか癖が抜けなくて」
ルルドナは呆れたようにため息をつき、それから少しだけ、口元をゆるめた。
「いいわ。生みの親だし」
「え?」
「あなたの涙が、私を創り出したの。――泣いてたでしょ?」
「……泣いてない」
「うそ。ぐしゃぐしゃだった」
「それは、湿気で……この家、ボロボロだからな、窓開けよう」
立ち上がって窓を開ける。柔らかな風が入り込む。
「湿気で泣き顔にはならないわよ」
ルルドナが吹き出すように笑う。その笑顔は無邪気そのもの。自分に向けられている、笑顔。こんなに珍しいものはない。
からかわれているのに、なぜか救われた気がした。
だけど直後に、不安が押し寄せ思わず口にしてしまう。
「……俺、どうすればいいんだろうな」
「は?」
「だって、いきなり借金100億だ」
呆れられると思ったら、全然そんなことはなかった。
「借金あるなら返せばいいし、ボロいなら直せばいい。――生きてる限り、どうとでもなるわ」
その堂々たる宣言に、俺は少しだけ救われた気がした。
だが、感動の余韻は一秒も持たなかった。
彼女が自信満々に一歩踏み出した瞬間、関節がカクッと粘土細工特有の動きで作動し、そのまま真っ直ぐ前のめりに。
「どわっ!?」
抱きとめた胸に、冷たくて硬い土器の感触が当たる。
「……忘れて」
胸板に顔を埋めたまま、ルルドナがくぐもった声で言った。
「え?」
「今のシーン、今すぐ記憶からデリートしなさいって言ってるのよ! 私の威厳が! 100億あった威厳が!」
「そんなにねーよ。100億は俺の借金だよ。……まあ、ありがとな。励ましてくれて」
腕の中で、ルルドナの体が微かに熱を帯びた気がした。
***
改めて、窓の側のソファに二人で腰掛けて会話をする。窓からの景色がよく見えるように配置されたソファ。
窓の外には朝靄の風景。まだ登り切れない朝日。町の方からは朝の湯気が立ち上る。
「にしても、よくわかったな。俺がピンチだって」
「私、クタニに創られた存在だからか……、ピンチがわかるみたいなの」
異世界の特殊能力か。あの強さも、異世界のチートスキルかな。
「そう……。ともかく、傷が治って良かった」
彼女のヒビをみてみると、ほとんど見えないほどに消えていた。
「ぼろぼろだったのに、どうやったの?」
「ああ、ヒビに良質の土を塗ってみただけだよ。打撲には薬草っぽい草を混ぜて土湿布みたいにしてみた。……効いた?」
「ええ。特にこの湿布みたいなの、すごいわ。パワーがわき出してるみたい」
「増強効果もあるのかな?」
彼女に貼り付けた土湿布を触りながら検証する。
「どこ触ってんのよ!」
「いや、湿布だけど!?」
「別のところも触ったでしょ!?」
「触ってない!」
「油断も隙もないわね」
ソファの端に寄ってしまうルルドナ。
(この状態になった女の子には近づかない方がいいな)
ため息をついて、「ちょっと土こねてくる」と言って作業場へ行く。
そこで大急ぎで石に穴を空け紐を通してつなぎ合わせ、数珠のブレスレットのようにする。
さりげなく部屋に戻ってつくったものを差し出す。
「ほら、これ」
すねているルルドナの顔の前にブレスレッドを掲げる。
「え、何……?」
「やるよ」
「私に?」
「いいから、ほら」
半ば強引にブレスレットを彼女の右手につける。
放心したように彼女はしばらく自分の腕を見つめる。
「……あ、ありがと!」
そう言って、ぷいっと顔をそらし離れたソファに移動してしまったが、口元が緩んだのが見えた。その手は宝物を扱うように、ブレスレットに優しく触れていた。
朝日に照らされた彼女は、神殿の守護像のような神々しさと、世話焼きな幼馴染のようなチョロさが同居した、見たこともない存在だった。
その光景を見て考えが浮かぶ。
(転生したけど、こういう笑顔を見るために創作で生きていくのも、いいかもしれない)
そう思って、何気なく口にする。
「雑貨屋、してみようかな」
100億の借金。最強だけど不器用な土器少女。魔力無しの転生。このカオスな状況を乗り切るには、こんな笑顔のために何かを創っていくしかない気がした。
「……面白そうね、それ。借金も返せるかもしれないわ」
日の光がようやく窓の外から差し込んできた。
その白い光に照らされた彼女の笑顔は、まるで祝福に舞い降りた天使のようだった。
***
「よし、決まりだ。じゃあさっそく町へ――」
「じゃあ、寝るわね」
差し伸べようとした手が空中で行き場を失う。ソファに横になるルルドナ。
「え、どういう流れ? これから一緒に町を巡ったり外を冒険したりする流れでは!?」
「私、夜行性なの。強制的にスリープ状態になってしまうみたい……」
「さっきまで寝てたのに……また?」
「さあね。でも、クタニのピンチを検知した時は、たぶん管理者権限で介入してあげるから安心しなさい」
言い終わるか終わらないかのうちに、彼女は目を閉じる。
「……管理者権限って。どこのサーバーだよ、お前」
「生まれたてだから眠くなるのかも……。きっとパッチの適用が昼間なのよ。これからも、昼間は強制的に寝ると思うわ。私、夜勤やるからよろしくね」
「パッチ? さっきからワードのチョイスがエンジニアっぽくないか?」
「知らないわよ。勝手に口から出てくるんだから」
(……こいつ、もしかして俺のいた世界と関係があるのか?)
「にしてもそれ、後半に仲間になる強キャラの個性では……」
「そんなの知らないわ……おやすみ……」
そう言うが早いか、ルルドナの体が土器のように固まり、……なんと、まるでハニワのようになった。
朝日を浴びて、静かに眠るハニワ姿は、前衛的な芸術品そのものだった。
「なんだよこれ、最高じゃないか」
ハニワになった彼女を見つめ、そう呟く。
ただ俺は再び、一人になった。
だけど孤独じゃない。
信頼してくれる存在がいることに強い安心を覚える。
「よし、粘土細工を作る道具をふもとの町まで買いに行こう」
ゆっくりと家のドアを開け……、光あふれる外の世界にへと踏み出した。
***
麓の町の名前はスロウタウン。人と魔物が共存する中規模の町だ。
恰幅の良いオーガ族のおしゃべり好きな女性と話すことになった。
「あの家を買ったのかい? ずいぶん前から空き家みたいだったけど。魔女みたいな人が住んで怪しい道具や薬を売っていたねえ」
「そうなんですね。……って、魔女!? 大丈夫なんですか?」
「買い手がつかなかっただけでしょ! きっと大丈夫よ!」
「……初耳です。ローンだけは呪い級に重いですけど」
創作のための道具を買いたいと言ったら、彼女が営む『マリー工具店』へ案内された。
並ぶ工具はどれも一級品だ。道具を手に取ると、前世で泥をこね続けていた時の「(自称)職人の目」が勝手に起動する。
「おや、いい目だね。あんた、ただの素人じゃないね?」
「ふ、趣味の延長ですよ。……これとこれ、あとこのヘラもください」
1万ゲル。
どれがどの紙幣かわからない俺は、そのときの全財産を差し出すと、マリーさんは「少し足りないけど、あんたの目、気に入ったからツケにしといてやるよ」と、強烈なウィンクを飛ばしてきた。
「その代わり、何か面白いもんが作れたら一番に見せにきな。期待してるよ!」
オーガ族の剛腕に背中を叩かれ、俺は逃げるように店を後にした。
***
家に戻る。
ルルドナはまだソファで「スリープモード(ハニワ)」のままだった。
買ってきたばかりの彫刻刀の重みを確かめ、俺は土に向き合う。
裏山で取ってきた良質な粘土を選び、混ぜ合わせる。
没頭している間だけは、100億の負債も、異世界の不安も忘れられた。
日が傾き、部屋にオレンジ色の影が伸びる。
机の上には、数体の小さな土人形が出来上がっていた。
ふぅ、と背伸びをしたそのとき。
看板も出していない家のドアが、遠慮がちに開いた。
「こんにちは。お店……、やっていますか?」
そこに立っていたのは、フードを目深に被り、怯えたように肩を震わせる一人の子どもだった。




