赤い黄金の月、雑貨屋開始、謎の客
【あらすじ】転生して、借金して、家を飛び出したらハニワが助けてくれた。だけどそのハニワも倒されて……。
***
土器質の少女を抱え、家に戻る。
彼女のヒビに良質な土を丁寧に埋め、金継ぎの要領で治療する。 作業に没頭するうち、いつの間にか机に突っ伏して寝てしまっていた。
「起きなさい!」
机に伏せて座ったまま寝ていた俺は、少女の声に起こされる。
「え、なに!?」
まだ日の出前。
窓の外に広がる空は、ようやく東の方角に明るい色をまとい始めていた。
声の主は、紅赤の髪の少女ルルドナだ。
「……早すぎない?」
命の恩人に対して、いきなりツッコミから入ってしまう。
「ほら、こういうのって……、朝の美しい光とともに起こすものだろ?」
「そんなルールはないわ。むしろ、早起きは三文の徳よ」
丸まった背中をバシバシとたたかれる。その手にはギプスのような土器。
「……その手足、大丈夫なのか?」
「ああ、これ? 今はまだ生成中なの。もう少し時間がたてば自然ととれる感じがするわ」
「キミは、俺の作ったハニワ……なのか?」
「そう、みたいね」
仁王立ちしてる彼女の姿を改めて見る。
オリエンタルな雰囲気の衣装に、赤い和風の上着。黒いスカート。
肩まで下がった紅赤の髪は、不思議な質感でまとまっていた。
まだ夢の中のようだ。
昨夜のことを思い出そうとすると、頭がズキッと痛む。
……そうだ。クマゴブリン、ハニワ、光、赤金色の月。
現実感がまるでない。
「……なに、じっと見てるの?」
「え?」
紅玉のような丸い瞳と目が合う。
「姿が、珍しくて。焼き物っぽいというか」
「はぁ? 初対面で“焼き物”って言う?」
「ごめん、そういうつもりじゃ……」
しょっぱなから、地雷踏んだ気がする。
少女――ルルドナは、腕を組もうとして、まだ動かない体を見下ろした。
「あなた、創作魔法が使えるのね」
「え? いや、ストレスでこねただけだよ……昔から、ストレスを受けると粘土をこねる癖があって」
「転生してまでストレス抱えてるの?」
「……たぶん。ていうか癖が抜けなくて」
ルルドナは呆れたようにため息をつき、それから少しだけ、口元をゆるめた。
「まあいいわ。生みの親だし」
「え?」
「あなたの涙が、私を創り出したの。――泣いてたでしょ?」
「……泣いてない」
「うそ。ぐしゃぐしゃだった」
「それは、湿気で……」
「湿気で泣き顔にはならないわよ」
ルルドナがクスッと笑う。
その笑顔は無邪気そのもの。自分に向けられている、笑顔。
からかわれているのに、なぜか救われた気がした。
同時に不安が押し寄せる。
「……俺、どうすればいいんだろうな」
「は?」
「借金まみれで、家もボロボロで、粘土こねてるだけの転生者だ」
「だから何?」
ルルドナは、紅い髪を風になびかせながら言った。
「借金あるなら返せばいいし、ボロいなら直せばいい。――生きてる限り、どうとでもなるわ」
「……強い、な」
「当たり前でしょ。私、最強なの」
そう言って、立ち上がろうとした瞬間――
ガクン、とバランスを崩して前のめりに倒れた。
「わっ!」
慌てて抱きとめる。
彼女は顔を真っ赤にして、俺の胸を押し放しながら叫んだ。
「な、なによ! 今の禁止!」
「え? いや、危なかったから……!」
数秒の沈黙。
ルルドナはぷいっと顔をそらしたまま、小さくつぶやいた。
「……ありがと」
「え?」
「ありがと! 治療してくれたのも、いまさっきも!」
朝の風が吹き抜ける。
***
改めて、窓の側のソファに二人で腰掛けて会話をする。
窓の外には朝靄の風景。まだ登り切れない朝日。町の方からは朝の湯気が立ち上る。
「にしても、よくわかったな。俺がピンチだって」
「私、あなたに創られた存在だからか……、あなたのピンチがわかるみたいなの」
異世界の特殊能力か。あの強さも、異世界のチートスキルかな。
「そう……。ともかく、傷が治って良かった」
「あれだけぼろぼろだったのに、どうやったの?」
「ああ、ヒビに良質の土を塗ってみただけだよ。打撲には土湿布みたいにしてみた。……効いた?」
彼女のヒビをみてみると、ほとんど見えないほどに消えていた。
「うん。特にこの湿布みたいなの、すごいわ。パワーがわき出してるみたい」
「増強効果もあるのかな?」
彼女に貼り付けた土湿布を触りながら検証する。
「どこ触ってんのよ!」
「いや、湿布だけど!?」
「別のところも触ったでしょ!?」
「触ってない!」
「油断も隙もないわね」
ソファの端に寄ってしまうルルドナ。
ため息をついて、作業場へ行く。
昨日の紐を通してつなぎ合わせ、数珠のブレスレットのようにする。
「ほら、これ」
すねているルルドナのところへいき、創ったものを差し出す。
「え、何……?」
「あげる」
「私に?」
「いいから、ほら」
半ば強引にブレスレットを彼女の右手につける。
「あ、ありがとう」
彼女は宝物を扱うように、そっとブレスレットに触れた。そのブレスレットは朝日を受けて、ほのかに輝いている。
ようやく表情が和らぐ。
彼女に笑顔が戻ったとき、心にアイデアが浮かぶ。
(こういう笑顔を見るために生きていくのも、いいかもしれない)
そう思って、何気なく口にする。
「雑貨屋、してみようかな」
「いいわね、それ。借金も返せるかもしれないわ」
日の光がようやく窓の外から差し込んできた。
その白い光に照らされた彼女の笑顔は、まるで祝福に舞い降りた天使のようだった。
***
「じゃあ、寝るわね」
「え、どういう流れ? これから一緒に町を巡ったり外を冒険したりする流れでは!?」
「私、夜行性なの。強制的に眠ってしまうみたい……」
「さっきまで寝てたのに……また?」
「生まれたてだから眠くなるのかも……。手足だって出来かけだし。とにかく昼間は強制的に寝るわ。よろしくね」
「それって後半に仲間になる強キャラの個性では……」
「そんなの知らないわ……おやすみ……」
そう言うが早いか、ルルドナの体が土器のように固まり、まるで置物のように動かなくなった。朝日を浴びて、静かに眠る彼女の姿は、神殿に飾られた彫像のようだった。
俺は再び、一人になった。
だけど孤独ではない。彼女の寝顔をみて、信頼してくれる存在がいることに強い安心を覚える。
「よし、粘土細工を作る道具をふもとの町まで買いに行こう」
ゆっくりと家のドアを開け……、光あふれる外の世界にへと踏み出した。
***
麓の町の名前はスロウタウン。人と魔物が共存するそこそこの規模の町だ。
恰幅の良いオーガ族の女性が話しかけてくる。
「あんた転生者かい?」
「はい」
「住むところは決まったのかい?」
「北の丘を上ったところにある空家をローンで買いました」
……さすがに金額は言えなかった。
「え、あの家をかい? たしかにずいぶん前から空き家みたいだったけど。魔女みたいな人が住んで怪しい道具や薬を売っていたねえ」
「そうなんですね。……って、魔女!? 大丈夫なんですか?」
「町の人との交流も最小限だったし……。よく覚えてないのよねぇ。ま、きっと大丈夫よ!」
「そう信じるしかないですね。実はそこで、粘土細工中心の雑貨屋を開こうかと。道具を買いに来たんですが、いい道具屋、知りませんか?」
「それならうちにきなよ! 工具が中心だけどね」
「ありがとうございます!」
「私はオーガ族のマリー、あんたは?」
「俺はクタニ。転生してきた……ヒト族です」
***
案内された『マリー工具店』は歩いてすぐだった。
予想以上に充実した品揃え。
作業道具を眺めるのは好きだ。見ているだけで創作意欲がわく。
木槌にナイフ、彫刻刀、ヘラ、針金など手に取っていく。いい品ばかりだ。
「職人のこだわりを感じるなぁ」
「クタニくん、道具を見ると目が変わったね。気に入ったよ」
強力なウィンクが飛んでくる。……いきなり恰幅の良い主婦に気に入られてしまった。
これは早く出ていかねば。
「えっと、これ! この道具全てください! これで足ります?」
俺はお札を1枚を差し出す。
「1万ゲル……。ちょっと足りないけどまけておいてやるよ。その代わり、ひいきにしておくれよ!」
またしてもウィンク。もしかして決めポーズなのだろうか。
「ははは。了解です!」
笑顔で応じ、気に入られすぎまいと、足早に立ち去った。
***
家に戻り、早速土をこねだす。ルルドナはソファで穏やかに眠っている。
しばらく作業に没頭する。日が傾いた頃、小さな土人形が数体、出来上がる。
うーんと背伸びをしたとき、家のドアが開いた。
「こんにちは。お店……、やっていますか?」
そこにいたのは、フードを目深にかぶった子どもだった。
2025.4.18 大幅に書き直しました。
 
2025.8.8 一人称、俺に書き直しました。
2025.10.18 大幅に書き直しました!




