ハニワから生まれた少女
書き直しその2です。
物事には型とでも言うべき順序がある。
別に取り決めているわけじゃないのに。
なぜか、いつでもそうなのだ。
ピンチになったら、奇跡が起こる。
――俺は小さい頃のファンタジー物語を思い出していた。
だけど、俺を守ってくれた存在は。
二つに割れたハニワから小さな影が飛び出す。
木々の隙間から、赤い光が差し込む。
先程までどんよりと曇っていた。
雲間が裂け、幾筋もの光が、横からまるでスポットライトのように照らす。
思わず目を細めるが、上空へ飛び出した小さな濃紅の影から目が離せない。
クルッと回った小さな影は、3メートルはあろうかという敵にかかと落としをする。
〈グオオオーー!〉
クマゴブリンの親玉みたいな敵は頭を抱え、逃げていった。
敵にかかと落としをした影は、ふわりと俺のそばに降り立つ。
それは、まるで神々の時代から飛び出してきたような、小さな、紅赤の髪の少女だった。
**
ハニワから生まれた少女。それは小柄な、紅赤の髪をした少女だった。
岩からでも桃からでもなく、ハニワから生まれた少女。
紅赤色の髪を肩までたらし、なぜか赤い喫茶風和服を着ていた。まるでゲームのアバターのような存在。
ややつり目がちの赤い瞳がこちらを見つめる。
好戦的な感じなのにどこか懐かしいような、不思議な瞳。
しかし、彼女はどこか憐れむような視線をこちらに向けたかと思うと――そのまま目を閉じ倒れた。
***
森を出る頃には、月が空高く昇っていた。
俺は少女の体を抱え、無言で森道を歩いていた。
その体に多くのヒビが入ってしまっている。
人の肌と土器の肌の間のような質感だ。いってしまえばざらついた弾力のある硬いフランスパンの表面のような感じだ。軽くて助かった。
家に戻り、ゆっくりとソファに寝かせる。
月明かりに照らされた彼女の横顔はユニコーンですら恥じらうほどの美しさだった。……ユニコーン、見たことないけど。
**
俺はソファの横でうとうとしてしまう。
看病ってどうすればいいんだ? しかもハニワから生まれた少女のために。
よくわからないから、粘土を金継ぎの要領で、彼女のヒビに薄く塗りたくる。ついでに粘土に薬草を混ぜて湿布のように貼り付ける。
なんとかひび割れを目立たないように修理して、彼女を見つめる。
月明りは、元の世界と同じだ。
大きな窓からの淡い光が俺と彼女を照らす。静かに、まるで石膏のギリシャ彫刻のように横になっている。ただ、その肌は少し、暖かい。というか、その赤い着物も土からできていて肌と一体化している、鎧のように固い。
――まさか、服じゃなくて鎧……?
まぁ、異世界だから戦いに備えた準備も必要だよな。
深く考えるのはやめよう……。
静かな空気が流れる。前の世界のこと、この世界のことを想う。
すべてに拒否された人生、壊れてしまった生活、あるはずだった未来、そんな、生きる場所を失った者たちがたどり着く、世界。月明りに照らされた外の世界を、大きな窓から覗きこむ。
丘陵地帯にたたずむ二階建ての大きな屋敷。裏はうっそうと生い茂る森と、突き出した崖があるが、それらに背を向けたらずいぶんとよい場所にある。
もっとも風光明媚というほどではないが。それでも月明りに照らされたその景色は俺の心を穏やかにするのは十分だった。
「電気やイルミネーションのない世界は美しいんだなぁ」
郊外にある屋敷。外はとても静かだ。自動車の音がしないってだけで、こんなに静かなんだ。時折吹く風が、木々を揺らし枝葉をそよがせる。草木も眠っているようだ。自然とうとうとしまう。眠りかけた眼の中から見た世界は、きっと素晴らしいものに違いない。
その窓の下におかれたソファで止まったように眠る少女。
――まるで静寂な絵画だ。
月明かりが差し込む部屋。夢の中にいるのと勘違いするほどに幻想的だ。このまま妖精や精霊が出てきてダンスを始めそうである。
……いや、きっと転生前の世界も幻想的な場所はたくさんあったはずだ。それを俺が知らないだけだ。もちろん、減っているのは問題だったと思うけど。
窓に近づき外の景色を眺めていると、不思議と懐かしさがこみ上げてくる。経験したことのない、懐かしさ……。
――ああ、俺はこの世界ではもっと美しいものに触れて、美しものに囲まれて死のう。人間の目的なんてずっと、特に日本人の目的なんて昔からそうなんだ。
椅子に座り、眠るルルドナを見ながら、顔を横に向けてテーブルに顔をつける。
その幻想的な雰囲気に包まれたまま、ゆっくりと目を閉じた。
***
「起きなさい!」
机に伏せて座ったまま器用に寝ていた俺は、少女の声に起こされる。
「え、なに?」
教室で居眠りしていた学生みたいに、ビクッと飛び起きた。俺はあたりをきょろきょろと見渡す。
時刻は早朝のようだ。ていうか、まだ日の出前のようで、窓の外に広がる空は、ようやく東の方角に明るい色をまとい始めていた
俺の横に立っていたのは、小柄な少女であった。ルルドナだ。
「……早すぎない? ほら、こういうのって、朝の美しい光とともに起こすものでしょ?」
俺はあまりの眠さに、感動の言葉より先にツッコミをしてしまう。
「そんなルールはないわ。むしろ、早起きは三文の徳よ」
丸まった背中をバシバシとたたかれる。その手にはギプスのような土器がとりついている。よく見ると、足もそうだ。
「……その手足、大丈夫なの?」
「ああこれ? 今はまだ生成中なの。わからないけど、もう少し時間がたてば自然ととれる感じがするわ」
「そんな状況なのに……来てくれたんだ……。本当にありがとう……!」
また思わず涙ぐむ。
年のせいだろうか…….。やたら涙腺がゆるい。
「大げさね。私、あなたにつくれられた存在だからか……、あなたのピンチがわかるみたいなの」
状況をうまく呑み込めないが、ひとまず安心した。
「そう……。ともかく無事でよかった」
立ち上がり、大きく背伸びをして彼女に声をかける。
「う、うん……。その……手当してくれてありがとう」
「え、ああ、ヒビに薬草入り粘土を塗ってみただけだよ。あと、粘土の湿布みたいにしてみた。効いた?」
彼女のヒビをみてみると、ほとんど見えないほどに消えていた。
「うん。特にこの湿布みたいなののおかげか、何か前よりパワーも出ているみたい」
「何か回復効果もあるのかな?」
彼女に貼り付けた粘土シップを湿布を触りながら検証する。
「どこ触ってんのよ!」
「いや、湿布だけど!?」
「別のところも触ったでしょ!?」
「触ってない! ていうか、そんなしゃべり方だった?」
「クタニの前の記憶から読み込んだのよ。あなたこのしゃべり方に親近感を持つタイプでしょ? だから湿布とかの単語も知っているの」
「前の記憶?」
「うん、私、クタニの記憶がぼんやりとだけど、部分的にあるみたい。それで、いまそれを学習しているの。あなたの身近にいたらしき女性のしゃべり方を真似しているんだけど、変かしら?」
それ……、俺のスマホに入っていた AI彼女のしゃべり方では。しかしそれを言ってしまったらダメな気がする。
「ううん、変じゃない」
俺がそう言ったとき、日の光がようやく窓の外から差し込んできた。
**
「じゃあ、寝るわね」
「え、どういう流れ? これから一緒に町を巡ったり外を冒険したりする流れでは!?」
「私、夜行性なの。強制的に眠ってしまうみたい……」
「さっきまで寝てたような……また寝るのか?」
「生まれたてだから戦いのあとは眠くなるのかも……。手足だって出来かけだし。とにかく昼間は強制的に寝るわ。よろしくね」
「昼に強制的に眠ってしまうのは、もっと後半に仲間になるキャラの個性では……」
「そんなの知らないわ……おやすみ……」
あっさりと眠りにつくルルドナ。
俺は再び一人になった。
しかし、一人ではあるが孤独ではない。彼女の寝顔をみて、信頼してくれる存在がいることに強い安心を覚える。
少しだけ強くなった気分になる。
「ひとまず、粘土細工を作る道具をふもとの村まで買いに行こう」
ゆっくりと家のドアを開け……、光あふれる外の世界に迎えられ、町へと繰り出した。
――その後姿を茂みから見ている存在がいるとも知らず。
***
この町の名前はスロウタウン。
人も住んでいるが、穏やかそうなモンスターも多い。ゴブリンやドワーフ、コボルトなどが穏やかに思い思いの時間を過ごしている。
広場や道の石畳は立派なもので、一つ一つ手作業で埋められているようだ。
町全体がスローライフをしているような町だ。
幸い、俺はファンタジーものはたくさん読んでいたし、ゲームもやっていたから、彼らに不思議と抵抗はない。
広場につくと、正面には立派な教会がみえる。
三階建てくらいだけど、地方の教会としてはかなり立派な建物、のはずだ。
「あら、あんた、昨日の。不動産屋には会えたのかい?」
俺が挙動不審に動いていると、昨日最初に出会った恰幅の良い女性が話しかけてくる。
「どうもこんにちは。えっと、まあ、結局、丘を上ったところにある森と崖の間にある空家をローンで買うことになってしまって」
「え、あの家をかい? たしかにずいぶん前から空き家みたいだったけど。魔女みたいな人が住んで怪しい道具や薬を売っていたねえ」
「そ、そうなんですね。……って、魔女!? だ、大丈夫なんですか?」
「うーん、町の人との交流も最小限だったし……。よく覚えてないんだよねぇ。まあ、悪い人ではなかったと思うよ。自分の家に呪いとか書けるようなことはしないだろうし」
「と、ともかく、俺も粘土細工中心の雑貨屋でも開こうかと思いまして。開業のための素材と道具を買いに来たんですが、いい道具屋、知りませんか?」
とっさに出た言葉だったけど……悪くないかもしれない。
「ああ、それならうちにきなよ! 工具関連の道具が中心だけどね。店を開けるのは本来は午後からなんだけど、あんた一人なら来ていいよ」
「ありがとうございます!」
「私はオーガ族のマリー、あんたは?」
「俺はクタニ。転生してきたヒト族です」
***
マリーさんのお店は広場から伸びている通りに入ってすぐだった。
「ここがうちの店『マリー工具店』。右奥のスペースが大工道具とか板とか売ってるよ。開店準備するからみておいておくれ」
「はい! みています」
元気よく返事をした俺は、店の大工道具を物色しだす。俺は工具などの作業道具を眺めるのが好きなのだ。見ているだけで創作意欲がわく。
あの家に一通りの生活用品が揃っていたから、買うのは創作道具だけだ。
木槌にナイフ、彫刻刀、ヘラ、棒、縄、針金など揃えていく。同時に、この世界の文明レベルを知る。
「さすがに電気製品はないなあ」
文明レベルとしては、蒸気機関が出る前の世界という感じかな。俺が一番好きな時代だ。
――でも、異世界に来ても日本人は日本人を食い物にする。昨日の不動産銀行マンの顔を思い出してイライラする。
「どこまで腐ったやつらだ」
つい大きな声でぼやくと店主マリーさんが奥から顔をのぞかせる。
「え、どこが腐っているかい?」
「いえ、一刻も早く帰って創作しないと腕が腐ってしまうと」
「それを言うなら腕がなまるでしょう。男っていうのは大げさでいけないね。きらいじゃないけどね」
強力なウィンクが飛んでくる。……いきなり恰幅の良い主婦に気に入られてしまった。
これは早く出ていかねば。
「えっと、これ! この道具全てください! これで足ります?」
俺はお札を1枚を差し出す。
「1万ゲルか。うーん、ちょっと足りないけどまけておいてやるよ。その代わり、ひいきにしておくれよ!」
またしてもウィンク。もしかして決めポーズなのだろうか。
「ははは。了解です!」
笑顔で応じ、気に入られすぎまいと、俺は足早に立ち去った。
**
自分の家に戻り、早速土をこねだす。
大きな南向きの窓が気に入ったのかルルドナはずっと窓のそばに居座っている。
俺は嫌な記憶から逃れるように、創作に打ち込んだ。
いつの間にか日が傾きかける。小さな土人形が数体出来上がる。
これを月明かりにあてておけば、動き出すのだろうか?
窓からの夕方の日差しで時間に気が付き、うーんと背伸びをしたとき、家のドアが開いた。
ドアを開けた小さな影が声が質問する。
「こんにちは。お店……、やっていますか?」
2025.4.18 大幅に書き直しました。
2025.8.8 一人称、俺に書き直しました。