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丘の上の雑貨屋と魔王モール  作者: 登石ゆのみ
第21章 雑貨屋増設編
196/197

魔女の家

 家の中は意外と広く、大きなテーブルに所狭しとガラクタが散乱して、奥には洋服があふれていた。

 広めのワンルームという感じだ。キッチンが広く、鍋がたくさん並んでいる。


「散らかってて申し訳ないね。適当に座ってくれ」

「おじゃまします」


「それと、その涙をいいかげん止めてくれないか。」

 そう、俺は前回からずっと、泣いていた。


「年を取ると涙腺が緩くなるんですよ」

 上を向いて、強がりを言う。


「悪くない気分だが、キミ、真顔で泣くんだな」

 あきれたように魔女が口元を歪ませる。


「昔からの癖ですよ」


 涙で濡れた顔を袖でゴシゴシとぬぐって、改めて魔女を見る。

 白いエプロンを着けて、キッチンに立って何かを温め始める。

 帽子をとったその頭は小さく、その銀髪は少し短くなって、ラフに一つにまとめている。

 背は低くなったのに、存在感は寧ろ増している。

 黒いローブに白いエプロンをしている。


「ともかく、涙で脱水されたまらん。飲み物をいれるから、大人しくまっててくれ」


「酒ならあるんですが」

 腰のものをテーブルに置く。

「やめておけ。アルコールなんてすぐに体外に放出されるだろう」


「まともなこと言わないでください。ていうか、いつ復活したんですか? 今までなぜ連絡してくれなかったんですか?」

「意識が戻ったのは、ほんの数日前だ。ここは小さな聖域で、今は私の療養施設だ。ほかの世界と断絶されてるから、外部に連絡するわけにはいかない」


「まあとにかく、回復中ってことですね」

「そういうことだ。ただ、すべて使い切った魔力はそうそう回復することはない。今は少ない魔力で、できることを探しててね。省エネ魔法の研究だ。結局やるのは、薬作りとコスプレだが」


「意外と充実してますね」

 天才って、一人でどんどんやってのけるよね。


「そうだな。ともかく、ある程度、魔力が回復するまでは、ここから離れるわけにはいかないんだ」


「隔離療養中ってことですか」

「そういうことだ。ただ、外の情報を聞き出そうと、『木から下りられなくなったネコ』トラップを仕掛けていたら、まさかキミがひっかったんだよ」


 なんてトラップ作ってるんだ。ネコ好きに謝れ。


 だけど、そのおかげでこうして邂逅することができた。

 このチャンスは逃すわけにはいかない。

 おもいきり、頭を下げる。


「外のことは、何でも話しますから、師匠……! 力を貸してください」

 藁をもすがる思いだった。

 だいたい、一人でできるなんて最初から信じていない。単身、魔王モールに行って、一人で交渉をするなんて。

 でも、伝説の魔女がいれば、あるいは、交渉をまとめられるかもしれない。


「何だい? 改まって」

「実は……」


 彼女に事情を話す。

 地上げ巨人や、元勇者たちとイートインを増設したことや、……裏切った少女、ダリちゃんのこと。

 ***


 彼女は黙って、テーブルに不思議な飲み物の入ったコップをおいた。

「ケイマーダという、なかなかうまい飲み物だ。別の地域の魔女から教わった。ゆっくり飲めよ」


 無骨なコップから立ち上る甘い香り。

 そっと一口。

 アルコールの飛んだお酒に、柑橘系の果実とシナモンを合わせたような爽やかな口当たり。


「うまい、ですね」


「だろう? ま、私の漢方酒にはかなわないがな」


「そう、ですね。あのとき、呑んだことがずっとずっと昔のことのようです……」

 また、目から水分がこぼれそうになって、上を向く。


「ずいぶんと自分を追い込んでいるが、そう悲観する状況じゃないと思うぞ。契約をしに来い、と言ったんだろう? だったら、十分に交渉の余地があるし、あちらも、おそらくは力尽くで買収したりできない事情があるんだろう」


「事情ですか?」


「魔王モールだって、今や立派に経済活動をしているんだ。表だった悪評は困るわけだよ。契約はあくまでフェアで行いたいのさ」


「なるほど……」

 視界が少し開ける。相手が世間の評判を気にしているのなら、こっちだって正々堂々と立ち向かえばいいんだ。


 にしても、目の前の小さな魔女は、魔力は失ったらしいけど、知恵はそのままのようだ。

 だけど、その小さな口元の両端が愉快そうに上がる。


「案外、キミがバカみたいな金額で借金したから、買収ができなかったんじゃないのかな。だからフランチャイズ契約を迫っているのかもしれない。怪我の功名とはこのことだな」


 小さな魔女が無邪気に笑う。

 変なところで、多額の借金が役に立ってしまった。

「ていうか、元々は師匠の家ですよ」

「そうだった。いや、よく考えたらおかしいな。ははは! あんな家に100億とか! しかもそのおかげで買収を免れたとか、はははは!」

 腹を抱えて笑う、小さな魔女。生き返ったかいがあったよ、と目に涙をためて、こちらに実にうれしそうに笑顔を向けた。



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