魔女の家
家の中は意外と広く、大きなテーブルに所狭しとガラクタが散乱して、奥には洋服があふれていた。
広めのワンルームという感じだ。キッチンが広く、鍋がたくさん並んでいる。
「散らかってて申し訳ないね。適当に座ってくれ」
「おじゃまします」
「それと、その涙をいいかげん止めてくれないか。」
そう、俺は前回からずっと、泣いていた。
「年を取ると涙腺が緩くなるんですよ」
上を向いて、強がりを言う。
「悪くない気分だが、キミ、真顔で泣くんだな」
あきれたように魔女が口元を歪ませる。
「昔からの癖ですよ」
涙で濡れた顔を袖でゴシゴシとぬぐって、改めて魔女を見る。
白いエプロンを着けて、キッチンに立って何かを温め始める。
帽子をとったその頭は小さく、その銀髪は少し短くなって、ラフに一つにまとめている。
背は低くなったのに、存在感は寧ろ増している。
黒いローブに白いエプロンをしている。
「ともかく、涙で脱水されたまらん。飲み物をいれるから、大人しくまっててくれ」
「酒ならあるんですが」
腰のものをテーブルに置く。
「やめておけ。アルコールなんてすぐに体外に放出されるだろう」
「まともなこと言わないでください。ていうか、いつ復活したんですか? 今までなぜ連絡してくれなかったんですか?」
「意識が戻ったのは、ほんの数日前だ。ここは小さな聖域で、今は私の療養施設だ。ほかの世界と断絶されてるから、外部に連絡するわけにはいかない」
「まあとにかく、回復中ってことですね」
「そういうことだ。ただ、すべて使い切った魔力はそうそう回復することはない。今は少ない魔力で、できることを探しててね。省エネ魔法の研究だ。結局やるのは、薬作りとコスプレだが」
「意外と充実してますね」
天才って、一人でどんどんやってのけるよね。
「そうだな。ともかく、ある程度、魔力が回復するまでは、ここから離れるわけにはいかないんだ」
「隔離療養中ってことですか」
「そういうことだ。ただ、外の情報を聞き出そうと、『木から下りられなくなったネコ』トラップを仕掛けていたら、まさかキミがひっかったんだよ」
なんてトラップ作ってるんだ。ネコ好きに謝れ。
だけど、そのおかげでこうして邂逅することができた。
このチャンスは逃すわけにはいかない。
おもいきり、頭を下げる。
「外のことは、何でも話しますから、師匠……! 力を貸してください」
藁をもすがる思いだった。
だいたい、一人でできるなんて最初から信じていない。単身、魔王モールに行って、一人で交渉をするなんて。
でも、伝説の魔女がいれば、あるいは、交渉をまとめられるかもしれない。
「何だい? 改まって」
「実は……」
彼女に事情を話す。
地上げ巨人や、元勇者たちとイートインを増設したことや、……裏切った少女、ダリちゃんのこと。
***
彼女は黙って、テーブルに不思議な飲み物の入ったコップをおいた。
「ケイマーダという、なかなかうまい飲み物だ。別の地域の魔女から教わった。ゆっくり飲めよ」
無骨なコップから立ち上る甘い香り。
そっと一口。
アルコールの飛んだお酒に、柑橘系の果実とシナモンを合わせたような爽やかな口当たり。
「うまい、ですね」
「だろう? ま、私の漢方酒にはかなわないがな」
「そう、ですね。あのとき、呑んだことがずっとずっと昔のことのようです……」
また、目から水分がこぼれそうになって、上を向く。
「ずいぶんと自分を追い込んでいるが、そう悲観する状況じゃないと思うぞ。契約をしに来い、と言ったんだろう? だったら、十分に交渉の余地があるし、あちらも、おそらくは力尽くで買収したりできない事情があるんだろう」
「事情ですか?」
「魔王モールだって、今や立派に経済活動をしているんだ。表だった悪評は困るわけだよ。契約はあくまでフェアで行いたいのさ」
「なるほど……」
視界が少し開ける。相手が世間の評判を気にしているのなら、こっちだって正々堂々と立ち向かえばいいんだ。
にしても、目の前の小さな魔女は、魔力は失ったらしいけど、知恵はそのままのようだ。
だけど、その小さな口元の両端が愉快そうに上がる。
「案外、キミがバカみたいな金額で借金したから、買収ができなかったんじゃないのかな。だからフランチャイズ契約を迫っているのかもしれない。怪我の功名とはこのことだな」
小さな魔女が無邪気に笑う。
変なところで、多額の借金が役に立ってしまった。
「ていうか、元々は師匠の家ですよ」
「そうだった。いや、よく考えたらおかしいな。ははは! あんな家に100億とか! しかもそのおかげで買収を免れたとか、はははは!」
腹を抱えて笑う、小さな魔女。生き返ったかいがあったよ、と目に涙をためて、こちらに実にうれしそうに笑顔を向けた。




