迷いの夜と月照の奇跡
【あらすじ】雑貨屋メンバーの魔力が奪われたため、魔王モール2号店に、一人で交渉に向かうクタニ。麓の町で一泊することにしたのだが……。ハロウィンの夜、何も起らないわけがなく……。
その深夜、俺は……道に迷っていた。
比喩ではなく、物理的に迷っていた。
町の近くの森に、月の光を反射するいい感じの湖がある、と宿の人にきいたので、一杯引っかけて帰ろうと考えていたのだ。
だけど、迷ってしまった。
「くそ、慣れないことするからこうなるんだ」
宿の人に借りた魔法灯の灯りは十分だけど、初めての森だ。歩くのが自然と遅くなる。
歩いても歩いても同じような暗い道。宿の人が言っていた「歩いてすぐ」を信じたのが、間違いだった。
酒瓶が妙に重い。だけど今呑んでしまうと、さらに状況が悪くなるのは明白だ。
ずっと続く暗い道。いくら目をこらしても先が見えない。
まるでこれからのことを、暗示しているような暗さだった。
そのとき、木の上に黒い小さな影が見えた。
「……っ!」
思わず大きく後ずさる。
そこには、……ネコがいた。
「……ニャー」
弱々しく震えており、こちらに向かって悲しげな目を向ける。
「なんだお前、降りられなくなったのか。まったく、俺の人生と同じだな」
同類だし、助けてやるか、と木によじ登って手を伸ばしたとき。
木が、浮いた。
風も起こさず――浮いた。
「ちょ……」
空に浮かんでいって、上空をどこかに向かって浮遊する。
木にしがみつき、魔法灯を落としてしまう。
しばらく暗闇を浮遊し、森の開けた場所にたどりついた。
音もなく着陸する木。
地面に足を下ろし、息を吐く。
木の上で震えていたネコはいつの間にか消えていた。
すると、いきなりネットのようなものに絡み取られた。
ぐるぐると蜘蛛の糸のようなものを巻き付けられ、木にぶら下げられる。
「おい、本当に人間がかかったぞ」
「ご主人様に伝えなくては」
「でも、お休みでは」
「今日はいいんだ。こいつお菓子も持ってるし」
周りで騒いでいるのは、小さなぬいぐるみだった。
モチを引き延ばしたような白い体に、丸い手足。ぷるん、と震えるたび、淡く光った。
(ちょっとハニワに似たデザインだな……悪くない)
冷静に見ていると、奥にある小さな家から、叫び声が聞こえた。
「まずい、ご主人様がご機嫌斜めだ!」
「こいつはここに放置して、逃げよう!」
一目散に逃げ出す、白いぬいぐるみたち。
「おい、ちょっとまて!」
叫んでも無駄だった。
真っ暗になる。灯りはない。月明かりも雲に阻まれて届かない。
ぽつんと一人になる。
まるで木にぶら下がっている蓑虫だ。
家の方から誰かが出てくる。
(こうなったら、酒を献上して、逃れよう……)
腰にぶら下がった酒瓶とつまみに賭けることにした。
だけど、その人物は消えてしまった。
いや、違う。その人物を中心に、空間がねじ曲がる。
(まずい、幻覚魔法か……!?)
〈シャラン〉
俺は、綺麗に整えられた、英国風の庭にきていた。奥には立派な白い屋敷が見える。
目の前には……白ネコ。
とても美しい白色の毛並み。
さらに美しいのは左右の目。色が違う。右が青で、左が黄色。
そのネコがこちらにそっと近づき、――ネコパンチをした。
〈バシュ!〉
「っ!?」
(なんでいきなりネコに殴られるんだ!?)
白ネコはふいっと立ち去っていき、植木の影に見えなくなってしまった。
状況が見えないまま、空間がまたねじ曲がる。
「……ん?」
〈シャラン〉
直後、魔法は解け、また木にぶら下がっていた。
暗闇に、わずかな光。
これは本物の火だ。ランプの光。
「どこのジャックかと思いきや、大馬鹿者がつれたようだ」
真っ黒のローブの小さな女の子が、年代物のランプをかざしていた。
つばの広い魔女の帽子、銀色の髪。
その目は、綺麗なエメラルドグリーン。
(……!)
のぞき込んできた目を見て、確信する。
「ジャック・オー・ランタンは生前に悪さをした奴ですよ。俺は引きこもっていただけです」
「何も決めきれなかったという点では、共通しているな」
「……相変わらず、手厳しいですね」
「ではその腰の酒で、優しくしてみたらどうかね、不肖の弟子よ」
「お菓子で我慢してください、――師匠」
そう言った瞬間。
雲間が開け、世界が息を吹き返すように、月光が降り注ぐ。
月明かりをスポットライトのように浴び、ふざけたように口元を歪ませたのは、――伝説の魔女だった。
もともと復活予定でした。長引かせてすみません。




