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丘の上の雑貨屋と魔王モール  作者: 登石ゆのみ
第21章 雑貨屋増設編
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水が半分しかないグラスは、水を半分も注げるグラス

【あらすじ】雑貨屋のメンバーの魔力を取り戻すため、魔王モール2号店に向かうクタニ。ひとまず、麓の町で宿を取ることに。

 麓の町、ミッドライフシティに来ていた。

 今日はこの町で一泊し、明日の朝一で馬車で魔王モール2号店へ向かう。


 旅のお供にと、皆がリュックにいろいろ詰め込んでいたけど、何が入っているのだろう。


 行きつけの喫茶店『ムーンバックス』にきていた。元勇者がマスターをやっているが、客はほとんど見たことがない。


「そういうことがあったんだね。で、たった一人で魔王モールに行って、何か勝算があるのかい?」

 心配そうにそう言ったマスターの常滑さんは、やせ形でチョッキを着こなしていて、きれいなスキンヘッドだ。


 コーヒーをすすりながら、事情を話すと、すんなり理解してくれた。

「ははは、実は全く……。移動中に考えようかなと思っています」


「キミらしいね……。はい、これ」


「これは?」


「サービスさ。パンプキン・シナモン・ラテ。今日はハロウィンだから」


「いいんですか?」


「実は渾身の力作なんだけど、ほとんど客が来なくてね……在庫処分手伝ってくれるかな?」


「……それでは、ありがたく」


 それは、どこか懐かしい香りで、外の冷たい風を忘れさせるようだった。

 体を隅々まで温めてくれる。


 コップから視線を上げた窓の外。ほとんど真っ暗だけど、向かいの壁が、月の光を反射している。


 この町でも、いろんなことがあった。

 露店やったり、ガディが仲間になったり、イゴラくんが倒れたり。

 陶器のミニ看板を作ったり。

 この店にもさりげなくおいてあり、なかなかしゃれている。


 ため息をついて、パンプキン・シナモン・ラテを飲み干す。


 毎回、仲間に助けられたけど、今回は……。


「今回は、ダメかもしれません」

「どうしてだい?」


「仲間に裏切られたのが、どうしてもきつくて。力が出ないっていうか」


「それはまだ決まったわけじゃないんだろう?」


「でも、俺が安易に信じすぎたのが、一番良くなかったんですよ……」


 俺がうつむいてしまうと、そこのグラスを見てよ、と彼が言う。

 カウンターに置かれている、水が半分入ったグラス。


「グラスの水、半分しかないと思うか、まだ半分もあるから安心するか、もう半分しか残ってないから不安になるか、その話は聞いたことあるかい?」


「ええ、どこかで……」

 グラスを持ち上げて、視線の高さにして返事をする。深い意味はない。


「でも最近は違った解釈をしてるんだ。僕たちはもう大人なんだから、まだ半分も注げるって、考えるのもいいんじゃないのかな」


(まだ、注げる……か)

 やはり、元勇者パーティーのヒーラーは言うことが違う。

 グラスの水が室内のオレンジの灯りを反射して、わずかにきらめく。


「……ていうか、注いでもらったこと、ないんですが」

「そうでもないんじゃないかな。雑貨屋のこと、よく思い出してごらん。魔女さんのことも」


 常滑さんは黙ってグラスに水を静かに注ぐ。

「……」


「善行は水のごとし、ってね。静かに、お互い注いでるのかもしれないね」


 雑貨屋のメンバーの顔を思い出す。天真爛漫なスコリィ、いつも一生懸命なイゴラくん、強キャラ感を出したがるペッカ、何事にも真面目なガディ……、強がっているけどどこか不安そうなルルドナ。

 さらに、魔女ヒルデ。

 すべての命の時間を代償に、概念の怪物のかけらを追い払ってくれた。いつもふざけてにやけてるくせに、戦いの最後に見せた、悲壮な横顔。


「そう、ですね。案外、注がれてばかりだったのかもしれませんね」


「だろう? キミはなかなか巡り合わせが良い。意外と、移動中に強力な仲間と出逢うかもしれないよ」


「そんな都合のいいことは、さすがにないですよ」


「案外わからないものだよ。心の準備しておくように」


「案外楽観主義なんですね……。ともかく、気が少し楽になりました。ありがとうございます。あ、そうだ、これあげます」


「これは?」

「魔法学校の特別なキャンディーです。ハロウィンってことで」


「そりゃいいね。トリック。オア・リートってやつかい?」

「です。トリック・オア・トリート」


 ……間が空く。


「お互い、似合わないね……」

「ですね……」


 少しだけ晴れ晴れとした苦笑いを交わす。

 だけど、その不器用さが、心地よかった。


 店を出て宿までの帰り道、雲間からうっすらと月の光が見えた。それは、空の彼方にまだ希望があると語りかけるような、重い光だった。


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