乾きと潤いのバトルと裏切りの少女
【あらすじ】雑貨屋を襲う魔王モールのフランチャイズ部門のエムア・ベニュー。魔王の結界で元勇者達は動けず、ルルドナも調子が悪い。ライムチャートちゃんが助けに来てくれたが……。
元勇者の備前さんも、信楽さんも、魔王の魔力で動けない。
ルルドナも調子が悪い。土器質のなめらかな肌に、亀裂が入っている。
そんな中、一気に形勢を逆転したライムチャートちゃん。
攻撃も結界も消滅させた。
そんな彼女にしたアドバイスに、ポカンとした顔。
「なんて?」
「乾燥に、……気をつけて」
それ以上は、言えなかった。
彼女はいつものジト目でこちらをみる。
「ま、まあ気をつけとこうかね」
いつもの調子でそう言って、敵をにらみつける。
ライムチャートちゃんに結界を破られ、動揺するエムア。
「魔力の大半は使えないはずだ! なぜこんなに……!」
「無くなったのは、たった半分やけん。あんたは半分で十分やろ」
「ほざけ!」
闇の塊が、まるでブラックホールのように、ライムチャートちゃんの周囲を取り囲む。
――逃げ場は、ない。
だが。
〈シュゥゥン〉
ブラックホールのような闇の渦が、――彼女の白い魔法で、消滅した。
「……ありえん!」
「私、引きこもって訓練ばかりしよるけんね」
彼女の余裕の表情を見て、がくりと膝を突く。
「くそ、これが三号店に出たという、謎の娘ですかぁ……! まさか、これほどの魔力……!」
ライムチャートちゃん、魔王側で謎の娘にとして噂になってるんだ……。
「降参、ですか?」
ともかく、敵が弱っているうちに、強気に出る。
「……いいえ、まだです。こちらには有能な部下がいますので」
そう彼が言い放ったとき、――乾いた風が吹いた。
冷たく、乾ききった、風。
〈ピッ〉
頬が裂け、次の瞬間には腕にも赤い線が走った。
〈ピッピッ〉
「……は?」
謎の出血に思わず、声が漏れる。
頬だけじゃ無い。首筋も、腕も、切れ目が入って……。
いや、何よりヤバいのは――目だ。乾燥で目を開けてられない。
「ふふふ、乾燥というのは案外つらいでしょう?」
敵の勝ち誇った声。だがにらみ返す余裕すら無い。
完全に、立場が逆転する。
周囲の草木が水分を失い、枯れたようになっていく。
「目がぁ! 目がぁ!」
ライムチャートちゃんも目元をおさえている。
……そのネタ、やりたかったの?
こちらの苦しむ様子を見て、敵のエムアが高らかに言う。
「目が苦しいでしょう? 今なら魔王モール潤いの目薬を特別価格で提供いたしますよぉ?」
「いるヵっ! ……ヵは……!」
叫ぶ声さえ、枯れる。
嵐のような乾燥の風が吹き荒れ、口を開くとそのままのどが裂けそうだった。
(今は……水だ)
乾燥。この乾燥を、どうにかしなければ。
水……、そうだ。水といえば……。
頭の中さえ乾燥してしまいそうな、状況の中。
思い浮かぶのは……。水の……精霊。
(ガ……ディ……)
乾燥で、意識を失いそうになる。
手で顔を覆って、うずくまる。
耳の奥で、水の音。ついに、耳鳴りか。
だが次の瞬間――。
〈ザバァン〉
ふりそそぐ、水。
「はい! 店長さん! 水です!」
潤いのある、声。
悪魔と水の精霊。
水のあるところでは最強の、うちの店の看板娘。
一気に意識が回復する。顔を上げ、彼女に声をかける。
「ガディ! もっと水を、水をかけてくれ! 地面にも!」
「わかってます! フロッグ・フロード!」
風呂への愛を感じる魔法……!
〈ゲコゲコ! ブオォォオオ!〉
水でできた透明なカエルたちが、大量の水を発生させる。
まるで噴水のように当たりから水がわき出る。
辺り一面、田んぼのように水が広がる。
見事に乾燥の苦しみが無くなる。
両手をかざし、水を浴びる。
「……」
水が苦手なルルドナは微妙そうだけど、乾燥して割れるよりマシだろう。
にしても、潤いってすばらしい……!
極度の乾燥地獄から解放された喜びで感極まる。
(これからは保湿クリーム、きちんと塗っておこう)
その様子を見た敵が苦々しく吐き捨てるように言う。
「……水の精霊まで魔力を取り戻しましたか。回復が早いとはきいてましたが、ここまでとは……」
「ここのお風呂は特別なんです。つい先日、改造しました」
……勝手に改造するな。助かったからいいけど。
ガディは勝ち誇ったように指を鳴らし、次の攻撃へ。
風呂場の窓から大量の水があふれ出す。
「フロード・ニードル!」
風呂から離れろや。
彼女の声に、水がすべて針状になり、幾重にも重なりながら敵へと襲いかかる!
〈キィン! キィン! キィン!〉
だが、その攻撃は届かない。
いつの間にか、再び魔王の結界を張り、攻撃を防ぐ。
「水と乾燥は相性が悪いですねぇ。ここはいったん引きましょう」
あっさりと飛び去ろうとする敵に、低い声で呼びかける。
「帰ってもいいが、……その後ろの子は、おいていけ」
「おや、気がついていましたか」
彼の後ろから、音も無く出てきたのは。
――ダリちゃん、バースム・ダリャンだった。
うつむいたまま、動かない。暗くて表情はよく見えない。
前に出て、呼びかける。
「本当に、スパイ、だったのか?」
「……」
「おい、何とか、言えよ。本当なのか?」
返事はない。ただ、指先がかすかに震えた。
「本心から、か?」
いくら尋ねても、何も、言わない。
代わりに、細い手足を広げ、エムアが笑いをこらえるように言う。
「いやあ、仲間想いの店長、美しいですねえ! でもその甘さが、経営には命取りですよぉ」
「人の経営に、外野が口出しするな!」
「その強がり、いつまでもちますかねぇ!」
敵の手から、闇のビームが右から左へと放たれる。
足下に大きな溝ができる。
まるで、断絶を示すかのように。
「くっ!」
「ともかく、あなたたちの力は私たちがいただきました。返してほしければ、2号店に来て、正式にフランチャイズ契約を結んでください」
「勝手に……!」
こちらの言い分などきくそぶりすらなく、高笑いとともに、かき消えた。
少女と、ともに。
――ただ、最後に見えたような気がした。
うつむいて、下唇を強くかみしめている表情が。
強く、強く。
脳裏に、焼き付いた。
初の裏切りを経験したクタニは、乗り切ることができるのか……。




