謎の少女の魔法はビーフジャーキー
【あらすじ】雑貨屋の奥の台所(調理場)から悲鳴が……。いったい何が起ったのか?
【登場キャラ】
・クタニ(主人公):転生者。若返り転生おっさん。中身はハニワオタク。陶器とハニワ制作でスローライフ経営を目指している。屋敷と山を10億で購入し、借金生活。
・ルルドナ:月の石を材料にしたハニワから生まれた少女。中身はクタニが転生前に契約していたAI彼女。強気だがやや抜けている。昼に強制的に寝てしまう夜勤担当。会計もしている。
・ペッカ:フォレストミニドラゴン。子犬サイズ。経営知識を自慢したがる。暗いのが恐い。木彫り細工と配達担当。
・ガディ:デビルウンディーネ。黒い角がある水の精霊。神秘的な美しさだが、戦いになると口調が荒れる。社会勉強のため雑貨屋で働いている。掃除と店番担当。
・謎の少女:腹を空かせてやってきた、謎の半アフロ少女。魔王モール3号店の占い師の言葉を信じてやってきたらしい。
・備前:先代勇者パーティ【六古窯】の一人。近くで信楽とお茶屋を経営していたが、破綻して主人公の店で働くことに。映画好きでノリがいい。外見は、十代後半のお茶屋の娘。
・信楽:先代勇者パーティ【六古窯】のリーダー。外見は、90年代オタクの姿をしているタヌキっぽいおっさん。
「店長さーん! これ、何事ですか!?」
水の精霊、ガディの声。
彼女は水の精霊の里から出てきたばかりの箱入り娘だが、最近は随分と何でもこなすようになってきていた。
――そんな彼女が、焦って声を上げている。
「どうした!?」
急いで全員で駆け寄ると、奥にあったのは、牛二頭分はあろうかという大量の――肉だった。
「今夜はバーベキューですかな?」
信楽さんが中年太りの腹を叩きながらうれしそうに言う。
「これ、どうする気なの?」
備前さんは肉の山の前で腕組みをする。
「どうって、言われても、こっちだって何がなにやら……ん? なんだこれ」
肉の山の前に一枚の紙。
請求書だ。
ペッカがそれを見て言う。
「おい、これ、お前の字だな。……2kgと2tを間違ってるぞ」(※単位は自動翻訳)
冷や汗が出る。
「い、いやあ、異世界の文字は難しいなあ!」
「店長さん……。この暑さ、早く熱処理しないとすぐに腐ってしまいますよ」
ガディの白い目。
その視線から逃れつつ、店長っぽく宣言する。
「もう、注文してしまったことはしかたない! 急いで処理しよう!」
「うちの鍋じゃ全然足りないぞ」
ペッカがジャム用の大鍋を見つめて言う。
「じゃあ、私が焼くわ」備前さんが拳に火をともす。
「やめて! 丸焦げになる! ……あ、土鍋魔法とかで焦げないんでしたっけ」
俺が備前さんを止めつつ、信楽さんを見る。
信楽さんはぶるぶると首を振る。
「こんなでかい肉を扱う土鍋魔法なんて、今の拙者には無理でござる」
「ちょ、じゃあ、どうしよう……。うち、火魔法を使えるメンバーいないんですよ」
「ひとまず塩に漬けるか」ペッカが提案する。
「間に合うのか、それ」つっこむ。どう考えても塩漬けしている間に腐ってしまう。
「みんなで食べてしまいます?」ガディ。意外と剛胆。でもこの肉の山は無理だ。
「焼くのが一番よっ!」備前さん。丸焦げはいやだ。
「これ以上、罪を重ねるのはまずいでござる!」信楽さん。罪ってほどでは……。
大人たちでおろおろとしていると、頼もしい子どもの声が響く。
「どうやら、わたしの出番のようだ!」
小さな少女が大きな肉の前に進み出る。
「店長、ビーフジャーキーは好きか」
「え? いきなりどうした? 嫌いじゃないけど……」
「なら! いくぞ!」
少女の手のひらからわき出るように光の風が肉の周りを波打つ。
「来たれ薫風! 乾燥魔法、牛肉の薫風!」
それは――風の奇蹟。
刃となった風が、肉をそぎ、……ビーフジャーキーにしていく。
みるみるうちに、肉の山は、ビーフジャーキーに変わっていった。
「な、何て細やかな魔法……!」
水の精霊ガディが口元に手を当てて驚いている。
精霊が驚くということは、相当な技術なのだろう。
……技術の使い道が合っているかどうかは、考えないことにした。
少女は腕を指揮者のように振りながら光る風の魔法を続ける。
「これで、終わりじゃ」
なぜか語尾を老人っぽく言った少女が大きく手を振り下ろす。
光の風が収束し、最後の肉を……ビーフジャーキーに変えた。
肉の山をすべてビーフジャーキーに変えた少女が、こちらに顔を向ける。
「これで、わたしを雇ってくれるか?」
不安そうな、子どもの笑顔。
こちらを見上げてくるその目は、どこか申し訳なさそうでもあった。
そのときは、その表情の理由は、せっかくの肉をすべてビーフジャーキーに変えたことへの申し訳なさのためだと思っていた。
だけど、結果から言ってしまえば、それは全然違った。
その表情の本当の意味は、――ずっと先になって痛いほど思い知ることになるのだった。
注文しすぎた牛肉を見事、ビーフジャーキーにした少女を雇うことになるのか……?




