世界の理に逆らった、報い
【あらすじ】謎の少女の次に、雑貨屋に向かってきた地上げ屋の巨人たち。それを止める二つの影は、どこかで会ったとこのあるような……。
【登場キャラ】
・クタニ(主人公):転生者。若返り転生おっさん。中身はハニワオタク。陶器とハニワ制作でスローライフ経営を目指している。屋敷と山を10億で購入し、借金生活。
・ルルドナ:月の石を材料にしたハニワから生まれた少女。中身はクタニが転生前に契約していたAI彼女。強気だがやや抜けている。昼に強制的に寝てしまう夜勤担当。会計もしている。
・ペッカ:フォレストミニドラゴン。子犬サイズ。経営知識を自慢したがる。暗いのが恐い。木彫り細工と配達担当。
・謎の少女:腹を空かせてやってきた、謎の半アフロ少女。たまに俳句のリズムでしゃべる。魔王モールの占いを信じてやってきたらしい。
・備前:先代勇者パーティ【六古窯】の一人。赤い髪でお茶屋の娘コスプレをしている。
・信楽:先代勇者パーティーの一人? 外見は、90年代オタクの姿をしているタヌキっぽいおっさん。
・常滑:先代勇者パーティ【六古窯】の一人。近くの中堅都市の裏路地で喫茶店『ムーンバックス』を経営している。
――ほんの数日前。
魔法学校からの帰り際、ミッドライフシティのカフェ『ムーンバックス』に寄っていたときのことを思い出す。
「僕たちは、世間を知らなくてね」ゆっくりとコーヒーを飲んでいると、カフェのマスター、常滑さんが語り出した。
「強いならいいんじゃなんですか?」
コーヒーを味わいながらぼんやりと答える。
引退したとはいえ、先代勇者、伝説の六古窯だ。異世界の常識なんてどうでもいいだろう。
「そういうわけにもいかないんだよ。あっという間にこの世界に来て、この世界で一時的にでもトップになってしまった。だから、試行錯誤の経験がなく、世界の常識とかそういうのを知らないまま、……スローライフを始めてしまったんだ」
スローライフをするという選択がそもそも……。
言葉にするのをこらえて、言葉を続ける。
「それで、――ヒモですか」
……最高じゃないか。
元の世界でも異世界でも、社会の仕組みなんて知りたくもない。
「ヒモは偶然だけど、ともかく異世界でも、勝手に作り出した仕組みで人々を支配し、都合のよい生き物に変えていくのが、社会だ。そこでは世間体ばかりが重要になる」
「結局、そうなるんですかね」
異世界に転生してまで、そんなものに気をつけながら生きていくなんて、あり得ない。窮屈な世間体を気にする村社会と比べたら、魔王モールの方がいくらかマシだ。向こうは表向きは単なる経済活動なのだから。
「ただその社会の仕組みには対抗してもどうしようもないこともよくある。僕たちが陶器を作るのはそのささやかな反抗さ」
「いや、今、陶器全然作っていないような気がしますけど」
コーヒーをいれてばかりのような。
こちらの言葉を完全に無視して常滑さんは続ける。
「大事なのは想像力を養うことだよ。いや、……妄想力かな」
陶器を磨きながらそう呟く常滑さんは、聡明に見えた。ヒモだけど。
「妄想と収益の狭間で苦しむのが自営業じゃないんですか?」
思わず言い返す。そう、好きな物を商品棚に並べても、売れなければ意味が無いのだ。
自責の言葉を、彼は力図よく
「だけどね、その妄想力でどうにか切り開くのが、異世界で生きるということではないのかな」
「かっこよく言ってますけど、……ヒモですよね?」
「想像力を活かせるなら世間の嘲笑なんて関係ないよ。キミも決してそんなものに負けてはいけない」
……何かこのマスター、マジで格好良くない?
まるで未来の自分が語りかけてくれるようだ。
「肝に銘じておきますよ」
***
――というのが、数日前。
世界の理に反抗している二つの影は、世間知らずの先代勇者。
少し前にお世話になって、面識がある。
「後輩くん! こいつらは私たちが倒すわ!」
小柄な影、お茶屋の娘。先代勇者、六古窯の一人、備前さん。
俺のことを「後輩くん」と呼ぶ。
赤い髪を一つ結びにして赤いオーラを纏わせ、巨人に向かう。
素早い動きで巨人の脚に何度も拳を繰り出す。
「店の敵でござる!」
そう叫んだのは、90年代オタクを連想させる姿の、おっさん。峠の茶屋でお世話になった。その体型は、ちょっと大きな信楽焼の狸みたいだ。
だけど、めちゃくちゃ動きがいい。
こちらは巨人のハンマーを攻撃している。彼の打撃でハンマーにヒビが入る。
魔王モール3号店からの帰り道、世話になった峠の茶屋。
お茶屋の娘とその店長二人。
その二人がなぜか、僕の店の前に来て、――巨人ギガンテスと戦っている。
「ま、待ってください! そいつらは倒しても意味が無いんです……!」
しかし、その声は届くことはない。二人の攻撃があまりに素早く、激しいため、大声を出しても届かない。
二人は見事な連携で巨人のバランスを崩そうとする。
圧倒的な力で巨人たちを押し返す。
――巨人は、ハンマーを振り下ろせずにいる。
「……おい、ペッカ。巨人って、倒したらどうなるんだ」
「知らん。前例など無いはずだ。ただ、彼らは世界の理。いくらでも数が増えるという伝承だ」
二人の攻撃が、巨人の脚に、腹に、頭にたたき込まれる。
あまりのスピードに、巨人はされるがままだ。
「だけど、これって……」
……倒してしまうんじゃ。
「……おい、まさか……。そんなことが……!」
フォレストドラゴンのペッカは、大きく口を開け、様子を見守ることしかできない。
そして、――ついに。
「倒れるぞ、巨人が……!」
最後の台詞は、謎の少女に取られた。
***
〈ズドオォォーーン!〉
巨人たちは、――倒れた。
衝撃で地面が上がる。周囲の丘全体が、はっきりと上がった。
霧のようにその巨体が消える。
後から知ったことだが、その衝撃で……30センチ、地面が上がった。
〈ポトン〉
――直後、天から再び落ちてきた書類。
足下のそれを、おそるおそる拾い上げる。
『地価3割アップのお知らせ』
「なんだ……と……?」
あまりの仕事の早さ。驚きで言葉がうまく出てこない。
「これが世界の理に逆らった報いか……」
ペッカがあきれて言う。
……異世界行政、パねえな。
巨人なんて倒すものじゃないですね。




