魔法学校に現れた概念の怪物
【あらすじ】魔法学校夏至祭の後夜祭。クタニは騒がしいところから抜け出し、たき火を見つめていたところ、いきなり、幻の優等生ヒュームンと名乗る狐面の少女。そのとき空から概念の怪物の欠片がふってきた。
お月様
私
友達ができたの
だけど、その友達は
月に帰っていちゃった
でもね、居場所は見つけたわ
すごく楽しくて
バカみたいで
でもどこか懐かしい
そうだ
私、あの丘にいかなきゃ
きっと、みんなが私を待ってるわ
***
〈グオォォォーーーー!!〉
脳髄を揺さぶる咆哮。
空気が爆ぜ、肺の中の酸素が押し出される。
背骨が鉛に変わったように動けない。
――いや、自ら地面に伏せたくなるような、抗えぬ圧。
「こんなに早く、ここにも来たか……!」
少女が、狐面を押さえつけて口元をゆがませる。
俺と狐面の少女の前に降り立ったのは、――概念の怪物。
伝説の魔女ヒルデが命をかけて時空魔法で追い払った、怪物。
「やはり……、この姿だと動けるようだな」
少女が無詠唱で魔法を展開する。
周囲の数百人の生徒たちに白銀の魔法結界が張り付けられる。
もちろん、俺にも。
「どういうことです? 欠片は、魔女ヒルデが追い払ったんじゃ」
「こいつは……別の欠片だ」
「そんな……彼女はもう、いないのに……!」
俺の様子をみて、少女が言い放つ。
「魔女ヒルデのことがまだ忘れられないか。過去にとらわれるな。自分の命に集中しろ」
その声は、低く悲しく、どこか……自分に言い聞かせているようでもあった。
彼女は、俺に背中を向け、概念の怪物に向かって走り出した。
魔力の塊を直接ぶつける。
しかし、ぶつける瞬間。霞のように消える。
波動の衝撃を受けはじき飛ばされる彼女の小さな体。
〈ズザァァーー!!〉
地面を滑って、こちらに飛ばされる。
「くっ! やはり……!」
倒れた彼女の横から、ハニワを概念の怪物へ投げつける。
……だけど、やはり何も反応しない。
「くそ、なんで肝心なときに……!」
少女が立ち上がりながら、口元をぬぐう。
「ふふっ。やはり面白い。まあいい。時間を稼げ。その白銀結界があれば数回はもつ」
彼女はそういうと姿を消した。
「え、ちょ……!?」
概念の怪物がまるで様子を見る。
〈グォォォーー!! オマエ、リカイ、デキナイ〉
(なんだ? 前回の欠片と同じことを言っているぞ?)
俺は体への重圧を耐えつつ、口を動かす。
「理解するなんてそもそも錯覚だ!」
「それに理解したと思った瞬間! 人は離れていくんだよ!」
われながら何を言っているんだろう。
〈ナゼ……タテル〉
「わからなくても、とりあえず立つ! それが転生者なんだよ!」
もう自分でもわからない。
〈ソノタマシイ、ナンナノダ……!〉
――直後。
〈ズン!〉
俺の体は圧力と同時に力が抜ける。
幸い魔法がきいているのか、痛みは感じない。
「うっ」
激痛――、すらも感じずに、俺は沈む。
〈……スベテ、シズメ〉
ほとんど時間稼ぎにもならず、怪物の姿をにらむ。
〈グオオオォォォーーーー!!!!〉
広場中に響く咆哮。
〈パリンッ! パリンッ!〉
白銀の防御魔法がすべて破壊される。
それどころか、……魔法学校を覆う結界が崩壊していく。
まずい。早くしないと、全員……!
不吉な考えがよぎった瞬間。
「さすがに、食事の邪魔、しすぎじゃないかしら?」
〈ザンッ!!〉
化け物を切り裂くように飛んできたのは、大きな鍋。
(え!? 鍋!?)
概念の怪物の足下に大鍋が突き刺さり、その動きが止まる。
目の前に立っていたのは、予想外すぎる人物。
「クタニくん、今朝は手伝ってくれて、ありがとね」
この学校で初めて会った、どんなに忙しくても笑顔を絶やさない、食堂の美人女将、アツミさんだった。
***
「なかなか、……きついわね」
体を重そうに運ぶ、食堂の女将。
〈オマエ、ナゼ、ウゴケル……?〉
「さあ? 動けるから、動くの、よ!」
そう叫んだ瞬間、巨大な魔法の鍋が周囲を覆い尽くす。
広場全体に鉄色の光が走る。光が線のように繋がり、巨大な魔法陣が浮かび上がる。
見上げるほどの大鍋が空を覆い、圧力を押し返していく――はずだった。
〈シュン……!〉
――次の瞬間。魔法の光がなくなっていった。
「魔法が……消えた!?」
アツミさんの眉が、わずかに動く。
「あらら……いったん引くわよ!」
そのとき。
「いや、――必要ない」
空から降り立ったのは狐面の少女。
隣に降り立つ小さな影。獣の面。その下から白いヒゲ。
(あのヒゲ、……アダムン理事長?)
その周囲には宇宙の銀河を思わせる暗黒の魔力の波動。
「よく時間を稼いだ」
少女が言う。
隣の、獣の仮面の人物が続ける。
「怪物よ、魔法学校に出現したのが運の尽きだったな」
その手には、まがまがしいほどの魔力が凝結しているのが見える。
二人が同時に魔法を唱える。
「時空への疑い――空の三日月船」
「神の見えざる手――犠牲の小指」
多重の、巨大な魔法陣、凝縮、――合わさる。
合成魔法。
魔法陣は幾重にも展開し、複雑な螺旋を描く。
出現した銀の螺旋と黒金の手が絡み合う。
それは夜空を裂く刃。
銀の螺旋を巻き付けた小指が夜空を撫でる。
小指で撫でられた空間が、三日月のように切り裂かれる。
〈グアアアァァァーー!!〉
怪物の悲鳴。
三日月型の空間。その裂け目へ闇の塊を、……消し去った。
――辺りに静寂が訪れる。
こうして、後夜祭に突如として現れた脅威は、退けられた。
ようやく空気が動き出し、夜空からのそよ風が流れていった。
***
体がふっと軽くなる。脅威が去ったのを理解する。
怪物に立ち向かったアツミさんは、「わたしのことは秘密にしててね」と言い残しすぐに去って行った。
「もう大丈夫だ。自分で立て、クタニ」
狐面の少女が穏やかに言う。
その背後には真っ黒な夜空が広がる。
「ぎりぎり間に合ったのう。魔法学校の蓄積魔力をすべて使わせてもらった」
獣の面の下に出てきたのアダムン理事長の笑顔。
しかしその手は。
――小指がなくなっていた。
「その手……」
「ああ、この怪我か。気にせんでいい。皆を守ったのだ。名誉の傷じゃ」
彼の手から血がしたたり落ちる。
「なに、心配はいらん。命に別状はない。ただ、私たちの魔力は空っぽになってしまった」
「早く止血しろ」狐面の少女が手際よく包帯を巻き始める。
「なめときゃ治るわい」
「アホか」
二人はまるで親友のように接している。
アダムン理事長は笑顔を作っているがその顔は青ざめている。
(そうだ、奇跡魔法の使えるデメテル様なら)
「デメテル様を呼んできます!」
慌てて走り出した、――そのとき。
〈ドォンッ!〉
――腹に響く衝撃音。
霧散したはずの立体的な雲が、渦を巻く。
雷鳴がとどろき、塊が一本の角を持つ獣になっていく。
――あれは。前回も発生した……。
「またか……! 欠片の……残留物キメラ!」
叫んだ瞬間、竜巻のように荒れ狂った化け物が俺に襲いかかってきた。
僕→俺に変更中
概念の怪物、その欠片の残留物の名称は「残留物キメラ」に統一します。




