優勝発表の夜、たき火と狐面の少女の秘密
【あらすじ】魔法学校夏至祭の後夜祭。いよいよ総合優勝寮の発表です。
『まず、ファッションショーですが……、ドレスをはためかせ、魔物の群れを踊るように撃退したスコリィ選手が文句なしの優勝! ネコさん寮に100ポイント!』
〈オオオォォーーー!!〉
生徒たちの歓声が上がる。
撃退で評価されてるじゃないか。
「敵が出てきてよかったな! おかげで優勝だ!」
「てんちょー、見とれてたっす」
……余計なこと言うな。
ジョッキの縁を軽く打ち合わせ、泡立つビールを喉に流し込む。
「スコリィ先輩、おめでとうございます!」
「サインください!」
スコリィが群がられている間にも、放送の点数発表は続く。
『さて、出店部門はトリさん寮、魔法造形部門はイヌさん寮! 合唱部門はカエルさん寮! ……』
……次々と発表が続き、ついに、最後の得点が発表される。
『最後……、召喚物競争は、ご存じスコリィチームの優勝で、敵も撃退しましたので北のネコさん寮に200ポイント!』
『しかし、ペッカ選手のエントリー遅れ、エントリーしていない不気味な呪具”ハニワ”を使ったことにより、減点マイナス80!』
『得点はなんと、全寮300点の、横並び!? この場合どうなるんですか!?』
いや、発表前に決めておけよ。
『えーっと……。あれ? 理事長?』
放送室に理事長が入ってきたようだ。
『おほん、諸君。理事長のアダムンじゃ。まずは謝罪からじゃ。今回はワシの結界が甘いせいで、魔王の手先の侵入を許してしまった。申し訳ない。改めて強力な呪具を使って結界を張り直したからもう安心じゃ』
呪具ってハニワのことだよな。
『で、横並びになったようじゃが。実は朝早、食堂のハーブ洗いを手伝った者がおる。それはOBのスコリィくんの召喚獣、……クタニくんじゃ。これで特別ポイントを入れてはくれんかな』
一瞬静まりかえる、学生たち。
視線が、痛い。
スコリィのやつ、口の端が吊り上がってやがる。
『ふぉっふぉっふぉ。いいようですな。それでは、北のネコさん寮に5ポイント追加!』
〈オオォォォーーー!!〉
学生たちが歓声を上げる。
俺の背中や頭を軽くたたいて祝福する生徒たち。
スコリィが肩を組んでくる。ルルドナが頭をなでる。ガディは肩をたたく、ペッカは俺の膝に乗る。
ライムチャートちゃんとペルセポネーちゃんは脇腹をつついてくる。
デメテル様はビールをかけてくる。
みんな笑顔だ。
何だよ。
何でこんなにノリがいいんだよ。
誰か反対しろよ。
……恥ずかしいだろ。
『さすがアダムン理事長! 道徳的な行為に対してのセンサーがすごい! みなさんも普段からお手伝いをしましょう! ともかく、ネコさん寮、総合優勝です!』
その後小一時間、俺はみんなにもみくちゃにされ続けた。
夏至祭で一番体力を使ったのは後夜祭、というオチになった。
***
しばらくして、後夜祭の熱気からそっと抜け出した。
褒められ続けるのは慣れていない。
まだ明るさの残る時間帯。逢魔が時。
キャンプファイヤーを囲む席でボーッとする。
〈パチッ……パチパチッ……〉
火のよく見える位置、周囲に誰もいない、端っこの席を陣取る。
(今日は本当にいろいろあったなぁ)
しみじみと火を見つめる。
〈パチッ……パチパチッ……〉
引きこもっていたときの一年分くらいの密度があった。
「こういうのを充実してる、っていうのかな」
ぼそりとつぶやいたそのとき。
「見事だった。クタニ」
狐面の少女が俺の隣にふわりと座る。
「見てたんですか」
「ああ。落ちても助ける気は無かったがな」
「そりゃきびしい。次から空を飛ぶ魔法でも覚えてから挑戦しますよ」
「魔力を捨てて転生したくせに」
「転生前から魔力なんてありませんよ」
「転生前の、前だ」
目元と鼻を隠す狐面。その下の小さな口元が笑う。
「前の、前?」
オウム返しをしてしまう。
だけど少女は突然、笑い出す。
「ふっ、ふふふ、……ははははっ! しかし、思うと今のお前は傑作だ」
「今の、って。いったいさっきから何を?」
「ははははっ! その顔……! ははは! いや……すまない」
俺の顔に視線を向けるたびに腹を抱えて笑う少女。
「慣れているからいいですけど……。それで、全力で優勝しろって、何が目的だったんです?」
「簡単さ。お前の自信をとり戻したかったのだ」
「こんな大人に、自信……ですか?」
「大人だからだ。……いや、二重転生をした大人だから、と言うべきか」
――二重転生。その響きで胸の奥が激しくはねる。
「……ま、待ってください。俺の何を知っているんです?」
「お前の過去は、いや過去の過去は、すべて知っている。こちらの世界で生まれ、絶望し、破壊し、逃げ出した、……幻の優等生」
炎に照らされた少女の影が大きく揺らめく。
その存在が揺らめき……。
なんだこれは。俺は何としゃべっているんだ?
肌が粟立つ。
夜気が、肌に貼り付くように重くなる。
「は? 幻の優等生はヒュームンさんでしょ?」
「何を言っている? ヒュームンは100年も留年しているんだぞ。優等生なわけないだろう」
「……自分の師匠に向かってなんてことを……」
やっとの力で軽口をたたく。
「師匠か。そんな設定だったか。いや、先ほどは見事だったし、秘密を1つ教えてあげよう……」
少女はスッと顔を近づけ、狐の面をゆっくりと……外す。
〈パチッ……パチパチッ……パチッ!!〉
火がひときわ大きくはぜる。
たき火の明かりに照らされたその顔。
……不気味なほどきれいに整い、まるで深い森から出てきた神の使いのようだった。
ただ、その黒い瞳には複雑な魔法陣が浮かび上がり、その奥で光がうごめいていた。
「ヒュームンは、――私だ」
〈パチッ……パチパチッ……〉
火が静かにはぜる。
――その瞬間、風が止まり、空の色が変わった。
雲が沈むように膨らみ、焚き火の光を呑み込んでいく。
〈グオォォォーーーー!!〉
天のかなたから響くような咆哮が、祭りの音を引き裂いた。
闇の中に新たな闇が生まれる。
それは、闇のその極限まで固めた闇。
「そんな……ヒルデ師匠が追い払ったはず……」
目の前に降り立ったのは。
――概念の怪物、その欠片だ。
意外と秘密が詰まった回になってしまいました。
さて、またしても概念の怪物がやってきました。どうやって撃退するのか?




