召喚物競争、尻を出しても、走れ
【あらすじ】魔法学校夏至祭。召喚物競争にガディと出ることになったクタニ。走るのだけは得意らしいが。謎の狐面の少女は何かを企んでいるようですが。
6日目の月
なぜあなたは沈みながらも満ちていくの
半分になることもなく沈むのに
誰も見ない
誰も気にしない月なのに
すっと満ちながら消えていく
ねえまって
まだ沈まないで
……そうね
私
探しに行くわ
あなたがいつも遠くにいくから
友達になってくれないから
私は友達を探しに行くわ
道はないけど
満ちるあなたを想いながら
未知の世界へ
行くことにするわ
***
――召喚物競走。
それは、召喚獣と一緒に協力して、召喚された障害物をかいくぐってゴールを目指す競技。
しかし最近の流行り必勝法は、小さい存在を召喚して自分で走ることらしい。
「出るからには優勝するぞ」
俺はこう見えてもスパルタ世代。炎天下に水なしで走らされた世代だ。勝負は嫌いだが、競争は別だ。
「やる気……ですね」無理矢理召喚されたガディもこちらの熱気に気圧され目の色が変わる。
「ああ。腐っても転生者だからな」
「今更そんな肩書き出されても……。というより、ずるいことして勝たないでくださいよ」
「そんなことしないさ。雑貨屋の名に傷がつく」
「店長さん……」
ガディが手を組んで俺を尊敬のまなざしで見つめる。
「正々堂々とやって勝ってこそ、良質な宣伝になるのだ! 優勝して雑貨屋の名を売るぞ!」
「……ここで宣伝してもわざわざ来ないと思いますよ」
ガディがあきれて俺から目をそらす。
「……やる気っすねてんちょー。手は抜かないっすよ」
陸上部のユニフォームのごとき格好で立ちはだかるスコリィ。深緑のタンクトップに魔法陣の刺繍の施された短パン。
今改めてみると、足めっちゃ長いな。
自分の足の長さと比べるのをあきらめ、晴れ渡った空を見ながら俺は声高に言う。
「ストライドが多少大きかろうが、最後に勝つのはあきらめなかった奴だ!」
その声に鼻で笑ったスコリィが言う。
「いい気合いっす! ……五時間ものレースに耐えられるかどうかは別っすけどね」
「……え、五時間?」
「知らなかったんすか? 最後まで走りきれる方が少ないっす。でも単位もらえるから学生はがんばるっす」
気合いを入れたままの表情で、俺は固まった。
***
『それでは、召喚物競争、始め!』
スタートから猛ダッシュする魔法学校の生徒と召喚獣たち。スコリィは頭にハチを乗せ自力で走り出す。
(おいおいあんなペースで五時間も持つわけないだろう。素人め。……持つわけないよね?)
『参加者の皆さん、長丁場ですが、がんばってください! 召喚物競争の優勝景品は単位と食堂のコロッケ定食一年分の食券です!』
「コロッケ定食限定!?」
思わずツッコミして息が乱れる。くそ、これも戦略か……!
俺とガディは並んでゆっくりペースで走りだす。
「ガディ、走り慣れているか?」
「ワタクシ、半分浮いているので大丈夫です。それに、その水筒に入れば体力すべて回復します」
……チートじゃん。
第一障害エリアでは炎の輪がたくさん設置されていた。横では炎を出している召喚獣がこちらをみてにやにやしている。
『さあ、今回は久々に転生者の方も参加されています! しかも彼は魔力無し転生! 炎の輪をくぐることすらできるかどうか怪しいぞ!」
ふ、ハードル競技を何度もさせられた身。炎にさえ気をとられなければ楽勝だ。
……居残り、俺だけだったなあ。
俺は軽々と輪っかの中をくぐる。
『意外! 彼は意外と身のこなしが軽い! 引きこもりっぽいのに! しかも炎を全然恐れないぞ! これはダークホースか!』
こちとら隕石から死神まで戦ってきたんだ。炎なんて今更怖くもない。
「店長さん!」
ガディの焦ったような声。
「おしりに火が!」
「え? わああーー!」
〈チリチリチリ……〉
俺の尻には火がついていた。比喩ではない。焦げ臭いにおいが充満する。
「ウォーターミニボール!」
ガディの水魔法。尻に冷たい衝撃。
「あ、ありがとう、ガディ」
すかさずナレーションが入る。良くも悪くもこのレースの目玉は転生者ゲストの俺のようだ。
『あんな堂々と炎の輪をくぐったのに、なんと情けない! しかし召喚獣が水系の魔法を使えて助かったようです!』
水の防御膜で覆われたガディが炎の輪をそっとくぐって、……俺と距離を空けて走り出す。
(……?)
様子がおかしい。助けてくれたのに。
俺は首をかしげる。
その疑問の答はすぐ近くの学生が教えてくれた。
「おーい、転生者さん、ズボンが燃えて尻が見えちまってるぜ!」
からかうように応援席から俺に言う。
そう、火がついたとき……ズボンが燃えて、尻が半分見えていた。
どっと笑い声が上がる。
こうして俺は、尻を出したまま走り続けることになった。残り4時間50分。
***
どんなことがあっても、走ることをやめてはならない。
テレビで見た駅伝大会を思い出せ。膝から血が出ようが走っていたじゃないか。
――尻半分を出した俺は自分にそう言い聞かせて走り続ける。
(もっとも、尻を出したまま走り続けた選手は見たことないけどな)
第二障害エリアまで平坦な道3キロ。前方10メートル先くらいにガディが走っている。たまにこちらを振り向いてはすぐに目をそらす。
「男が尻を見られたくらいで恥ずかしがるな」
気がつくと、隣を狐面の少女が走っていた。軽々と、重力なんてないように走っている。黒いハイソックスが不思議と美しい。
「見られたというか現在進行形ですが」
「ごたくはいい。お前、魔力どころか能力をすべてどこかにおいてきたな? 転生のタイミングか?」
「え?」
「自覚無しか……。まあいい。そのうち思い出すだろう。いいかクタニ、疑え。すべての炎が熱いとは限らない、尻を出して恥ずかしいなんて誰が決めた?」
(どう考えても炎は熱いし、尻を出すのは恥ずかしいことでは……)
「常識を疑い突破口を見つけろ。いつだってまずは己の常識が敵だ」
そう言って少女はふっと空間に溶け込むように消えた。
重い風が周りで渦を巻き、低く空に舞い上がった。
***
『さあ、第二障害エリアは頭に小瓶を乗せたままの暴風綱渡りです!』
(頭に小瓶……! ノートの中の世界でみた魔法!)
大きな砂場の上に10メートルくらいロープが何本も張られている。
多くの生徒が綱の前で立ち往生している。風が弱まるのを待っているのか。だけど風の召喚獣が奥で必死に羽ばたいていて、弱める気配はない。
『頭に小瓶を固定しなければなりません! 手で押さえるのは禁止です! しかし、モノの固定などあまりに古典的な魔法で、ほとんどの生徒は使うことができません! さあ、どう切り抜ける?』
暴風が横から叩きつける。綱がギシギシと鳴り、足元の影が揺れる。
風に混じって砂が舞い上がる。
「オレは行くぜ!」中途半端に瓶を固定したまま飛び出した生徒は、あっさりと瓶を落とす。
『はい、失格です! 来年また参加してください!』ナレーションが無慈悲に宣告する。
「こうなったらしかたないっす!」先頭集団にいたスコリィが飛び出す。
『おおっと! 見事に頭に固定したスコリィ選手、暴風をモノともせず綱を渡っていく!』
(どういうことだ。スコリィが古典的な基礎魔法を使えるなんて……)
固唾をのんでスコリィが10メートルほどの綱を渡りきるのを見届ける。
『さすがスコリィ選手! お見事! ……いや、あれは、固定魔法でありません! ピクシー族に伝わるハチミツ魔法です! 頭にべたべたのハチミツを塗って瓶を固定しているようです! あれは今夜シャンプーで取るのが大変だ!』
「勝てばいいっす!」
そういって見事に綱を渡りきったスコリィはさっさと走り去ってしまった。
同じように別の魔法で頭に瓶を固定して渡っていく生徒たち。
「店長さん、どうします?」
距離をおいてガディが尋ねてくる。
「水で固定はできないか?」
「綱を渡りながらそんな器用なことは今のワタクシではできません……」
(くそ、こんなことになるんなら、あの授業真面目にきいておけばよかった)
次々と工夫して綱を渡っていく生徒たち。さすがに名門の学校だけあって、対応力が高い。
足元を見つめ、俺は考え込む。どうすればいい? 考えろ。このくらいのピンチ、いつだって切り抜けてきたじゃないか。
そのとき、一陣の風が吹く。耳の奥で、あの声が囁いた気がした。
――『尻を出すことの何が恥ずかしい? 己の常識を疑え』
「常識を疑え、か」
「……え?」
ガディのぽかんとした目を見て頷いた俺は、その場でしゃがみ込んだ。
クタニには何か秘策があるのか?




