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丘の上の雑貨屋と魔王モール  作者: 登石ゆのみ
第20章 魔法学校夏至祭編
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天才の懐疑的過去の終わりと黒のハイソックス

【あらすじ】魔法学校夏至祭。祭りを見てまわる相手がいないクタニは、教室で怪しいノートを開いたら過去の世界と思われるところに飛ばされ、若き将来の理事長アダムンとともにモンスターに立ち向かうことになったが……。

校舎の庭に出ると、そこには異様な光景が広がっていた。

暴れているのは、ブタのような胴体から無数のツタが生えた、奇怪なモンスター。


その巨体が二本足で立ち上がり、両手には鋭い石の包丁を握っている。

ツタは意思を持つかのように絡み合い、複雑怪奇な動きで空を切り裂く。

うっかり近づけば、あっという間に細切れにされそうだ。


「どこから入り込んだんだ……。だから私は、学校にも結界を張っておけと何度も――」

アダムンさんが歯ぎしり交じりに吐き捨てる。

「省エネなどと悠長なことを言っていると、この学校そのものが持たんぞ……!」


「かかれー!」

上級生らしき生徒たちが飛び出していく。


モンスターは上級生たちの魔法で刺激され、巨大化していく。

まるで魔法を吸い取っているような。

それにしても連携が取れていない。


ツタを相手に苦戦する生徒や本体に飛び込み石包丁に苦戦する生徒、それらに何か強化魔法をかける生徒、傷ついた仲間をひっぱり出して回復補助魔法をかける生徒……。

協力はできているが、連携が取れていない。


(この時代はまだ放送とかの危機管理ができていないのか?)

元の時間軸では、そこそこ正確な放送指示があった。この時間軸では、放送すらない。


〈グォォォーー!!〉

巨大な叫び声とともに、モンスターのツタから鋭いトゲが生え、危険な雰囲気をまとう。


「おい、いったん下がれ!」

誰かが叫ぶ。


もはやツタの塊になったモンスターは次々とあたりに攻撃を繰り出す。

そして、ついにブタの本体の頭に大きな花を咲かせ、巨大な魔法陣を展開する。


あの花は……バラ!

(ブタとバラ……。これが本当の豚バラ!)

俺がくだらないことを考えているうちに、モンスターの攻撃は熾烈さを増していく。


ツタによる不規則な攻撃に防戦一方になる生徒たち。


「ふん、くだらない」

アダムンさんが言い捨てる。


「ちなみに、俺は戦闘力ゼロです」

遠慮がちに手を挙げる俺に、彼は一瞬だけ笑った。


「心配するな。こんな雑魚……私ひとりで十分だ」

そう言うと、彼は一歩踏み出し、モンスターの前に立ちはだかった。


右手を掲げ、人差し指を突き出す。

「神の見えざる手――《インデックス・オーベイ》!」

〈ブォォォン!〉


空気が唸り、魔法の圧力が空間を押し下げる。

すると、あれほどめまぐるしく動いていたモンスターの動きが、ピタリと止まった。


まるで演算が止まった機械のように、ぎこちなく単調な所作に変わる。

ツタは一斉に萎え、空をなでるだけの存在になった。


その隙を逃さず、アダムンさんが本体の背後に回り、ポカリと後頭部を叩く。


モンスターは力なくその場に崩れ落ち、ツタも地面に落ち、すべて動かなくなった。


「……この魔法は、相手の動きを極端に制限し、知性を一時的に封じる。まあつまり基礎的な動きしかできなくなる」


アダムンさんは戻ってくるなり、肩をポンポンと払いながら説明してくれた。


「若い頃から一流だったんですね」

俺は正直に言った。今の一撃は、誰にでもできるものではない。


「ヒュームンの口からそう言われると……いや、やめておこう」

アダムンさんはふっと苦笑いを浮かべた。


「彼と比べたら、私はまだまだだ。……と、言うと、また訳の分からない激励が返ってくるからな」

「激励……ですか?」

ちょっと意外だった。俺の中の若きヒュームン像は、もっとクールで、無口な天才のイメージだったから。


「ああ、奴はのらりくらりして見えるが、この学校で一番熱い情念を持っている男だよ」

その言葉が胸に響いた瞬間――俺の意識が、途切れた。


***

気づけば、空はすっかり夜に染まり、見上げると空には二つの三日月。

どちらも細く鋭く、まるで刃のように輝いている。


俺は、学校の屋上に立っていた。誰もいない。

なのに、体は勝手に動く。両手がゆっくりと広がる。


(今度は……体が勝手に動くパターンか)


ネット小説で何度も見てきた展開だ。俺は冷静に状況を把握する。


「さあ、食うか」

口が勝手に動く。低く、落ち着いた声。


これはもう、俺の意思ではない。動かしているのは、ヒュームン本人だろう。


(……月を、食べる? まさか、魔女ヒルデと同じことを?)

ヒルデ――異世界の伝説に名を残す魔女。俺たちを、世界を、その命を代償に守ってくれた魔女。


彼女は、月の一部を食べたと語っていた。強くなるために。


でも今のヒュームンは、それとは違っていた。


どこか諦めたような、やけくそにも似た、虚無の笑み……を浮かべているような感覚。

まるで、自分を呪っているかのように。


いや、試しているのか。


ヒュームンの両手がゆっくりと空へ伸びる。


夜空に浮かぶ二つの三日月――それらが、彼の手のひらに引き寄せられるように、わずかに震えた。

その瞬間、屋上に冷たい風が吹き抜ける。空気がざらつき、耳鳴りのような不快な音が響いた。


(マジで……月を引き寄せてる?)

空間がきしむような音がして、月の光がヒュームンの手元に集まりだす。

まるで光を凝縮して、何かの塊にしようとしているみたいに――。


「これは、誰かの命を“未来”に送る代わりに、同じだけの“希望”を喰らう魔法……。代償が重すぎると、あの頃の俺らは笑っていた」


(何を言っているんだ? まさか、俺のことを認識している……?)

声に感情が混じる。それは怒りでも悲しみでもなく、ただの疲労のようだった。


「でもな……希望を喰らってでも、守りたい奴がいたんだよ」

ヒュームンの掌に、一口サイズの月がぽっかりと浮かび上がる。


それは輝きを失い、まるで黒曜石のように沈んだ球体だった。

そして――彼は、迷いもなく、それを口に放り込んだ。


瞬間、空が赤く染まった。

二つの月のうち、一つが欠けた。


〈ドォォォン……〉

空間が波打つ音と共に、地面が一瞬だけ揺れた。魔法の余波か、世界の一部が書き換えられたような感覚。


(なんだ、これ……何が起きた?)


頭の中に直接、誰かの悲鳴が流れ込んできた。

それは世界の悲鳴。子どもの声、大人の声、誰かの絶望――そのすべてが混ざり合って、俺の心をぐちゃぐちゃに掻き乱す。


ヒュームンの声が、再び響く。

「代償は払った。しっかり見たよな? あとは、お前がどう使うかだ」


――え?


次の瞬間、俺の視界は暗転し、……最後に見えたのは、美しい脚線美の――黒のハイソックスだった。

はい、過去編いったん終わりです。

黒のハイソックスの正体は……? 次回、木曜更新です。

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