時をかけるおっさんと天才魔法使いのいたずら
【あらすじ】魔法学校の夏至祭。メンバーとはぐれて、古本屋ヒュームンにノートをわたされ、教室で読み始めたクタニ。しかし、次の瞬間、違う時間軸に飛ばされていて……。
静寂は怖い
――そんなことはない
静かな環境は,好きだ
静寂の中ですっと座って
みんなは騒いでいれば幸いだ
ぼくは、静かに座っていれば幸いだ
世界の声を聞けるのだから
そう 失われてしまった声さえも
***
――ここは、過去の魔法学校の教室。
「はい、じゃあ、頭に瓶を立てて固定する魔法いってみよう」
丸メガネで白衣を着た教師が言う。
(どんな魔法だよ!)
俺の心のツッコミは声にならない。だけど、渡される小瓶。
瓶の形はほとんどひし形で、とても立つようには見えない。
皆が頭の上に立てる中、俺は固まって動けなくなってしまう。
(夢の中で魔法学校の授業を受けることになるなんて)
俺は瓶をじっと眺める。
周りの生徒が「やった!!」「できた!」と喜んでいる中、できるできないではなく、やる意思がわいてこない。
頭の上に小瓶をのせた優等生っぽい男子生徒がよってくる。
「天才はこんな魔法したくもないのかな?」
したいと思う方がどうかと思うが。
(天才? てことはノートの持ち主の追体験をしているのか?)
「いや、彼にこんな初歩的な魔法の課題を出した私にも非がある。そうだろう? ヒュームン?」
(って、やっぱりあの怪しいじいさんの若い頃か。何が幻の天才だ。自画自賛か)
「彼には、物質変化の魔法をやってもらおう」
教室内の空気が緊迫する。
「物質変化?」
「卒業レベルだぞ?」
「さすがに天才でも」
さらに教室内がざわつく。
「その瓶の中、ただの水が入っているが、レモン水に変えてもらおうか」
白衣の教師がにやにやしながら近寄ってくる。
(けっこう微妙な変化を指示してきたぞ!?)
「いえ、もっとすごい薬にしてあげますよ」
俺はすぐさまはったりを思いつき、小瓶に手をかざす。
(異世界で雑貨屋をやってこのスキルばかり育った気がするなあ)
土をこねるように、瓶をこねくりまわす
「なんだあの動きは」
「見たこともない動きだ」
周囲に集まった生徒たちが動揺する。
「はい、できました」
見た目に変化はないが、俺はあくまで自信ありげに振る舞った。
「できた、のか?」
「……ええ、信じるか信じないかは、みなさん次第ですがね」
そういって俺は意味ありげに笑って、そっと教室を出た。
次の瞬間、終業音っぽいチャイムがなった。
***
「で、屋上に来たけど、どうすればいいんだ、これから……」
名門学校の屋上。それは天才が授業をサボって休む場所。
「ふつうこういう体験って、自動で本人が動くものじゃないの? 何で動けるんだよ、俺は……」
始業のチャイムを聞き流しながら屋上の手すりから下を見下ろす。北の広場が見える。元の時間軸でタケノコモンスターが暴れた場所だ。
「いい眺めだ」
思わず独り言をつぶやく。
「なんだ、お前も来ていたのか」
ドアを開けてやってきたのは、どこか見知った顔。
「……アダムンさん?」
それは白ひげのない理事長、アダムンさんにみえた。
「さん? さん付けで呼ばれる覚えは……、いや、違う者が中に入っているな?」
理解はや。
「そうです。俺は、ヒュームンさんのノートを見ていたら、この時空に飛ばされてしまったクタニという者です。」
ネット小説を読みまくって知っている。
――こういうタイムリープものはしっかりと最初に伝えるのがいい。
「ノートを見て? にわかには信じられんが……あいつならやりかねない。にしてもクタニどの、将来のワシと面識が?」
さすが将来の理事長。飲み込みがはやい。
「まあなんと言いますか、縁あって、あなたのご高齢の時代に知り合いになりましたよ」
「なるほど。そこで縁ができて……、ノートに……。……いや無理があるだろ」
「とにかく移動してしまったのは事実なので……」
「時間が来れば、……と気軽に言ってしまえないのが……」
二人してあごに手を当ててウーンウーンと考え出す。
そのとき――。
〈グゥゥゥ〉
俺の腹が鳴る。
「はっはは。腹が減っては戦はできぬ。クタニどの、少し早いが食堂で飯にもしよう」
***
「あらこんにちは。天才の二人組。サボり?」
「!」
その声に驚き顔を向けると、食堂でご飯を作っているのは若女将のアツミさんだった。
……時間が戻ったことを忘れるほど、元の時間軸で慣れ親しんだ美貌がそのまま目の前にある。
……もう、驚くのはやめよう。
「偉大なる作戦会議ですよ」
軽く言った俺の言葉に、なぜか隣にいるアダムンさんが驚いた顔になる。
「……!」
「どうかしました?」
「いや、なんでもない。注文はコロッケ定食でいいかな?」
「好物なんですよね。はい、喜んで」
「コロッケ定食二つね! すぐにできるから待ってて!」
「……そういうところまで話しているとは。クタニどのは未来の私によほど信頼されているようだ」
「ただの好物ですよ?」
「そう、ただの好物じゃ。しかし、魔法を使う者は信頼した者にしか好みは言わないものじゃ」
「なるほど」
ほとんどのメンバーの好物知ってるけど、時代によって変わる価値観なのかな?
「はい、コロッケ定食二つ! ちょっとサービスしといたわ」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
俺たちはお盆を受け取って、近くのテーブルに持って行く。
「すまん、クタニくん、あいつは昔からいたずら好きで」アダムンさんは定食のスープをゆっくり味わいながら言う。
「天才にありがちな感じですね……。俺は彼の古本市でノートを受け取っただけなのですが」俺もスープを一口。
(ああ、俺が洗うのを手伝った同じハーブの香りがする)
時代が変わっても、ハーブの香りは変わらないんだ。
「あいつが古本市ねえ。にしても、完全に罠だな」
コロッケを口に放り込みながら、アダムンさんが言う。
「今思うとそうですね……。うかつでした」
俺は猫舌なので、コロッケを小さくかじりながら言う。
「いや、そんな魔法があるなんて普通は思わん。あいつに目をつけられた時点で、ほとんどの者は終わりだ」
「ははは、魔王みたいですね」
「魔王よりたちが悪い」
「いやいや、それは言い過ぎですよ」
「ふん、あいつのことだ。きっと私がクタニ殿に協力して困るのを想定していたに違いない」
「そんなまさか……」
しかし、俺の言葉を遮るように、何かのうめき声が聞こえた。
〈グォォォオォ!〉
外から不吉な獣の鳴き声が聞こえてきた。
「……あいつは、これも知っていて、クタニ殿をここに放り込んだんだ」
定食の残りをすべて口の中に詰め込み、静かに立ち上がった将来の理事長は、もはや大魔法使いの風格だった。
若き日の魔法使いっていいですよね。
2025.8.15 主人公の一人称を俺にして、それに合わせて各所書き直しました!




