ネコ耳の煙とイヌ耳派のサンダーフェンリル
【あらすじ】魔法学校の夏至祭。東広場での召喚演舞を見ているところ。東西南北の寮ごとの発表があり、最後の北の発表を見ているところ。クタニ、ミントンが会場横の特別席で見ているが、ミントンは座ったまま寝ている。
『さあさあ、最後は北のネコさん寮です! 召喚獣はスモークキャット』
……もはや、召喚獣じゃなくて、仮装番組のお題目にしか聞こえない。
(だけど今回は気にしないで楽しめそうだ……)
悠長に椅子に深く腰掛け、横を見ると、いつの間にかライムチャートちゃんが隣に座っていた。
「うわっ」
ペルセポネーちゃんと行動を一緒にしていたから近くにいるとは思っていたけど。
大げさに驚いた俺は、彼女にジト目のあきれ顔で見られる。
タル状のレンガ帽子、いつもよりちょっと身だしなみをきれいにした彼女は、屋台で買ったであろう焼きそばパンを食べながら俺に尋ねる。
「あ、あの、ペルセポネーちゃんは……」
「そのうち戻ってくるよ。たぶん今は裏方で感謝されまくっているんじゃないのかな……」
「そ、そうですか。いきなり飛び出していったので驚きました」
「まあ今は演目を楽しもう」
「そ、そう、ですね」
円状に並んだ生徒たちの杖がふるふると振られ、灰色のネコの巨大なぼんやりとした煙が出現する。
ただの煙になったかと思うと、小さな猫を形作りさらに煙になってリズミカルに増えていく。
煙の流動的な動きを見事に利用している……だけど。
(……まずい。増殖ネタは最初の演目とかぶっている……。これ以上かぶると、合格は危うい……!)
そう、一組だけの不合格は、心の傷が大きい。
俺が一人だけ内定が取れなかった時のように。
……10人中9人受かって落ちたのが俺だったんだよなあ。
(ともかくこの最後の組も受かりますように……!)
そう考えていたら、煙はなんと会場中に広がって、奇っ怪なことが起こった。
――ネコ耳。
全員が煙でできたネコ耳をつけていたのだ。
観客たちから歓喜の声があがる。
「かわいー」
「いいじゃん!」
「うつくしい……」
俺はおそるおそるライムチャートちゃんを見る。
巨大なタルを頭につけたような彼女の、そのタルと頭の境目から、少しつぶれたようにネコ耳がのぞいていた。
彼女は赤くなってうつむいている。
「な、なにか、言いたいことがあるならはっきり言ってください……」
「新たな扉を開けてくれてありがとう」
「……は?」
彼女が混乱している間に反対側に視線を向ける。
ミントンさんの頭にもかわいらしいネコ耳がついていた。
ただ、彼女はやはりハナチョウチンをしたまま座禅の姿勢のまま寝ていた。
美しい白い肌の横顔、若葉色の長いまつげ、灰色のネコ耳、……純白のハナチョウチン。
……ブラボー……!
目元を手で覆い、しみじみとつぶやく。
「……一度に二つも扉を開いてしまった」
「……よ、よくわからないですけど、早く閉じたがいいですよ」
ライムチャートちゃんはよくわからないくせに的確なツッコミをしてくる。
その瞬間、空が曇り、遠くから雷鳴が響いた。
〈ドドーーン!!〉
落雷。
舞台の生徒たちは驚いて固まっている。
「これ、演出じゃないぞ……」俺が呟く。
「あ、アクシデントってことですか」ライムチャートちゃんが立ち上がって警戒する。
『少々、お遊びが過ぎたな、魔法学校の生徒よ』
観客の中から、雷の塊のような存在が浮かび上がる。
その雷は、だんだんと形になっていき、空中でオオカミのような姿になる。
「あれは――サンダーフェンリル!」
生徒の誰かが叫ぶ。
――フェンリル。たしかファンタジーものの中では最強クラスのオオカミ系のモンスター。
それに雷がついたもの。その強さは計り知れない。
子猫の煙は霧散し、さらにいくつもの稲妻が発生する。
小さな、シーリングライトくらいの雨雲が生徒の頭上に発生し
その生徒めがけて、稲妻が放たれる。
「え」
その生徒は雷に打たれ、その場にへたれこむ。
その頭からは……ネコ耳が取れていた。
ついでにアフロヘアになっていた。
『私は、犬派なのでね!』
……さっきの演出のネコ耳が気にくわなかったらしい。
次々と生徒の頭上に雷雲が発生する。次々とネコ耳をとられ、アフロヘアにされていく生徒たち。
ま、まずい、ミントンさんだけは守らなくては。
目を覚ましたときアフロヘアになっていたら、きっと俺のことをゴミのように扱うようになるだろう。
急いで荷物の中からハニワの兜を取り出し、ミントンさんにかぶせる。
「ライムチャートちゃんも、はやく!」
「いや、それはいいです!」
断るときは全くどもらず、はっきりという彼女である。
兄に似てハニワのデザインは嫌いらしい。
「あ、あいつは倒しちゃっていいんですよね?」
「そうだけど、相手は神話クラスの化け物だよ……」
と俺が注意した瞬間。
雷雲が、俺とライムチャートちゃんの頭上に出現した。
「あ」
と俺があきらめた瞬間、――雲が消えた。
見るとライムチャートちゃんの手に魔法の光が宿っている。
俺が尋ねる前に彼女は答える。
「く、雲の水分を分解してみました」
……あ、うん。もう驚かないよ。
俺が無心の顔をしていると、いつの間にか舞台に降り立ったサンダーフェンリルがこちらを見る。
「ほう、おもしろい魔法を使う小娘がいるな!」
彼女に雷雲が集まり出す。戦闘モードになると博多弁になる彼女は、威勢よく声を返す。
「真面目かけん、うける魔法は使えんばってんね!」
雷雲が不気味に渦巻き、稲妻が蛇のように地上を舐め回す。
その中心で、ライムチャートちゃんの周囲には幾重もの魔法陣が緻密な幾何学模様を描き、稲妻が触れるたびにパチパチと激しく光を散らした。
「直接の攻撃も防ぐか! おもしろい! ではこれではどうだ!」
これが、まさに召喚の極地といわんばかりの雲が召喚される。会場全体を覆わんばかりの雲だ。
雷がゴロゴロと不気味な音を立てる。
ネコ耳の生徒たちが、煙のネコ耳をかばうように身をかがめる。
落雷は、ライムチャートちゃん中心にすぐ近くを駆け巡る。
……さすがにこれはライムチャートちゃんでもさばききれない!
〈バリバリバリッ!〉
だけど彼女はなんと、生徒たちだけに魔法を使い、結界で彼らを守る。
自身は落雷をうける。
〈ドドーン!〉
雷に打たれる彼女。
……しかし。
彼女は全然何にもなかったかのようにこちらを見ていた。片手でピースしている余裕もある。
「だ、大丈夫なの?」
舞台に上がった俺は彼女に近づくと。
「……自分、半分ゴーレムなの忘れとったばい。雷なんてきかんけん」
「でも、せっかくのかわいいネコ耳が」
――そう、彼女の頭からは煙のネコ耳は消えていた。幸い、アフロヘアにはなっていなかったが。
「そがんと、どがんでんよかって」
どうでもいい、ということらしい。
ただ俺は膝から落ちる。
「……何言ってるんだ! せっかくのイベントで可愛くなったのに! どうでもいいなんて……言うなよ……!」
涙声で言うと、さささっと数歩離れてゴミを見るような目でにらみつける彼女。
「よかけん、下がっときぃ」
彼女は巨大な雷雲に対し、両手を挙げ特大の魔法陣を幾重にも展開し、……そのすべてを分解した。
元の青空が広がる。
サンダーフェンリルが驚きの声を出す。
「還元魔法……! しかもその魔力、……ギリシャ神から力をもらったか?」
北欧神話のフェンリルとギリシャ神話の力を持っているライムチャートちゃんは、あまり相性がよくないのか?
彼女の手から白い光が放たれる。
「プライバシーば詮索せんで!」
素早い動きで避けられる攻撃。
「おっと……、図星のようだな。まあ、私はそんなものはどうでもいい。ネコ耳を排除するだけだ!」
神の子をどうでもいいなんて……。そんなにネコ耳がいやなのか。
「あの……、私は別にネコ耳派じゃないですよ。こんな頭ですし」
意外と、その頭と一体化したレンガ帽子、気にしてたんだ。
異世界っぽくて可愛いと思うんだけど。
しかし、そのつぶやきには意外な効果があった。
「もしかしてお前、イヌ耳でも、いいのか……?」
サンダーフェンリルが震える声で問いかける。
……テンション、おかしくね?
頭を押さえながらライムチャートちゃんは言う。
「どちらかというと、この頭には、ぺたっとしたイヌ耳のほうがいいですね」
「おお……! 私たちは、なんと無益な戦いを……! 許してくれ、同士よ」
……いやだからテンションおかしくね?
「同士ではないですけど……出し物を邪魔するのは……」
「ネコ好きあふれるこの異世界に嫌気がさしてたんだ。……すまない」
二本足で立って腰を曲げ、ライムチャートちゃんに謝るサンダーフェンリル。
何この構図。
――そのとき、舞台の裏手から忠犬、プロキオン・ハチが出てきた。
二足歩行である。
頭を下げるサンダーフェンリルの肩に、前足を置く。
「過ちは誰にだってあるさ。特に熱い想いのある奴は。少なくとも俺は、お前の熱い想い、受け取ったぜ。……よかったらさ、今日、一緒に祭り回らね?」
「お、俺なんかでいいのか」
サンダーフェンリルが恥ずかしそうに答える。
「ああ、同じ犬科同士、仲良くやろうぜ」
ハチとサンダーフェンリルが肩を組む。
……何この青春ドラマ?
異世界の召喚演舞がいつの間にか動物友情物語になっているぞ……。
――そのとき、舞台横の柱が音をたてて光り出す。
〈ピ……ピピピピピピ……!〉
……今回、正直、危うい。
増殖ネタでかぶり、犬ネタでかぶった。アクシデントを演出ととらえてくれるかどうかがカギだ……!
結果は次回!
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2025.8.15 主人公の一人称を俺にして、それに合わせて各所書き直しました!




