重大な事件の後でも日常は続き、借金も消えない
【あらすじ】魔女ヒルデの命と引き換えに、難を逃れた雑貨やメンバー。しかしまだまだ借金生活は続くようで……。
【登場キャラ】
クタニ:主人公。転生者。粘土をこねていろいろ作る。10億の借金で買った家で雑貨屋を始めた。
ルルドナ:粘土のハニワから生まれた少女。強気にふるまっているけど、たまにバカっぽい。
スコリィ:高身長のストーンピクシー。「~っす」が口癖。
イゴラ:ミニゴーレム。パン作りが好きが優しいゴーレム少年。
ペッカ:フォレストミニドラゴン。裏の森で一人暮らしをしていたが、今は主人公の家に居候。ちょっと背伸びしたいお年頃。サイズは小型犬サイズ。
ガディ:見目麗しいデビルガーゴイル。お嬢様でしっかりしているが世間知らずで、戦闘になると口が悪くなる。
(スラコロウは部屋で本を読んでいる)
「……とはいっても暇だなあ」
粘土をこねながらぼやく。窓の向こうには、青く澄み切った空が広がっている。
この丘の上の雑貨屋は、いつの間にかお年寄り向けのパンや総菜、土湿布の店になっていた。
村から丘を登って数十分。ちょうどいい運動になるらしく、お年寄りたちに大人気だ。
安定した収入は嬉しいけれど、なんだか思い描いていた雑貨屋経営とは違う気がする……。
ワルプルギスの夜の宴から二週間、家を修理したり大変だったけど、俺らは生きている。
悲しいからといって、ふさぎこんでいるわけにはいかない。
何もしないのが一番体に毒だ。俺は、それは身をもって知っている。
最近はまた走りこんだりしてストレスを発散させているけど
――赤と青と緑の魔女たちは、ヒルデガルドの遺体をもって北の大地へ行くと言って去っていった。
「私たちはまだしばらく生きながらえるだろう。いずれあの怪物が目覚めたらそのときは力になろう」
それぞれ、自分のふがいなさを悔いているような哀しさをかみしめている顔だった。
――同じような表情をした常滑さんは、俺の作ったコップを大量に買っていってくれた。
「何もできなくて申し訳ないね。魔王を痛めつけてからコーヒー魔法にうつつを抜かしていた。本来の陶器魔法も勘を取り戻しておくよ。もちろん、喫茶『ムーンバックス』は開けておくから近くに来たら寄ってくれ」
そういって、コーヒー豆をおいていってくれた。
……というわけで俺たちは午後の楽しみにコーヒーを飲む習慣が続いた。
コーヒーを飲む。
そう、雑貨屋の奥の店員たちの休憩室。コーヒーのにおいが漂う。
「ペッカ、無理してブラックコーヒー飲まなくていいんだぞ」
俺が言うと、ペッカは平然と答える。
「いいんだ。俺様にはこれがちょうどいい」
そう言うとペッカは目をつむって無理やりコーヒーを口に運ぶ。
明らかに背伸びしている……。
まあ、俺も昔は飲めなかったけど、いつの間にか平気になっていた。とても思い入れが深い飲み物。
(グラッ)
少しめまいがし、一瞬、記憶が混乱する。
……そうだ。コーヒーの香りには、何か特別な思い入れがある。
俺は子供で、大人たちが笑顔でコーヒーを飲んでいる。でも明らかに日本ではない。
どこだ? 映画のワンシーンと記憶が混ざっているのか……?
だけどその記憶の混乱はイゴラくんの声ですぐに消えていった。
「ボクはコーヒー飲まないで、パン生地に混ぜてみていいですか」
イゴラくんがコーヒーカップを目線の位置まで上げて水面を眺めながら提案する。
俺はすぐに直感した。
――それ、絶対にうまいやつだ。
「名案だ! ……だけどイゴラ君、勉強熱心だよな。ほんとに将来いいパン屋になるよ」
「じゃあ……、今から作ってきます!」
立ち上がっていくミニゴーレムのイゴラくん。
修理された台所――いや、業務用キッチンは、立派なパン焼き窯ができていた。工具店のマリーさんとドリーさん(マリーさんの夫)が立派なキッチンにしてくれていた。
俺がキッチンへ向かうイゴラくんの背中へ声をかける。
「コーヒー豆、安心して使っていいよ。コーヒー豆がなくなりそうになったら、俺が買い出しに行くよ」
ついでにあの喫茶店で休めるし。
「ありがとうございます!」と元気のいい声が返ってきた。少年のやる気は素晴らしい。
「てんちょー。コーヒーって高級品なんすよね? お金大丈夫なんすか」
「ふ、よくぞ聞いてくれた! スコリィ! 実は魔女たちや留堂さんが金払いがよくて、3億も売り上げがあったのだ!」
「マジっすか!? 湿布に億払うなんてスケールが違うっす」
スコリィが両手をあげてオーバーに驚く。
ガディが説明を追加する。
「なんでも月の成分が入っているなら話が違うということで、大金を払ったらしいですよ」
「ともかく、売り上げがあり、いろいろと高価な道具もくれたから、今や小金持ちなんだ。全部コーヒーに使いたい」
つい漏れ出た本音にガディが説教気味に問い詰める。
「店長さん、借金があるんですよね?」
「……はい、借金返済にほとんど消えます」
「あとおいくら返すんですか?」
「あと……7億ですね。早くきれいな体になりたい」
途方もない数字だ。でも、店を続け長良、たまに高級品の売り上げを続けていけば、返せそうな気がする。……ハニワの力を見抜いてくれる客がこんな田舎に来れば、だけど。
ペッカが経営を知った感じで俺に言う。
「ともかく焦らずに地道に返すことだな。俺様も気を付けているが、高級な物ばかり作って客層に合わない店にしてはいかんぞ」
「わかっているよ。ペッカはほんとにこういうときはしっかりしているよね」
とりあえずほめる。
「こういう時とは失礼な奴だな。フォレストドラゴンは経営知識を身に着けて魔王モールに対抗しようとしたからな。俺様にも知識はある。今のところ負けているが、これからだ」
「俺の借金返済もこれからだ……!」
腕を天に突き上げ冗談めかして宣言したら、ルルドナがやってきた。
「あんたは、もっと調べたりすることあるんでしょ?」
「ルルドナ! もう起きて大丈夫なのか?」
いつもは夕方の4時過ぎに起きるルルドナ。まだ3時半なのに起きている。
「ちょっとだけ調子いいみたい。この衣装のせいかしら?」
動きやすく改造された和風の衣装。
まるで日本の和風コンセプトカフェの制服のようだけど。
「師匠が、魔法を込めてくれたんだよ」
「そう……かもね。ともかく、まだまだ知らない魔法がたくさんあるのよ」
そうだ。俺たちは魔法を知り、備えなくちゃいけない気がする。
あの怪物、魔女は概念の怪物と呼んでいたけど、謎だらけだ。
ルルドナが調子よくても、あの怪物には太刀打ちできないだろう。
「することは山のようにあるわよ」
「山のようにあるのはわかっているけど、何から手を付けていいのか……」
「ま、とにかくそれ飲んだら借金返してきなさい」
俺のコーヒーを指さしてルルドナが言う。
「え、もう?」俺は驚いて言う。経営ゲームだとこれを元手に店舗拡大とかするものだけど……。
「当り前よ。どうせそれを元手に余計な商売始めようと企んでるんでしょうけど、あんたには無理よ」
完全に見抜かれてた……。
「ルルドナにはかなわないな……。実は、カフェスペース作ろうかなと思っているんだ。ほら、コンビニだってイートインスペースで飲むところあるし」
「それは、いい案だけど、普段の売り上げをためてやらなきゃ」
ルルドナが腰に手を当てて仁王立ちして言う。
「ごもっとも……」
ぐうの音も出ない。お金のことになるとやはりしっかりするルルドナ。
「じゃあ行くわよ」
思い立ったが吉日。
俺はルルドナの勢いにのっかり、借金を返しに行った。
**
――麓の町の怪しい不動産銀行。
「いやあ、こんなに早く3億も! すばらしい! ありがとうございます。今年の利子は700万で結構ですよ」
「はっはっは。俺の商才にかかればすぐですよ」
あれだけ虚しく、悔しかった10億の借金。だけど今は、全然何ともない。
――きっと仲間ができたから。ルルドナがいてくれるから。魔女が想いを残してくれたから。
借金なんて、なんてことない。
……億ってのはちょっと多いけど……。
**
店から出ると外で待っていてくれたルルドナがにっと笑う。
「いい顔してるじゃない。ね? 返してよかったでしょ?」
夕焼けが、西の空全体をきれいなオレンジに染め上げ、まるで3割も借金を返した俺をねぎらってくれているようだった。
「ああ」短く答える。
ちょっとだけ、胸のつかえが取れた気がする。頭がすっきりしたような気がする。
何か新しいことができそうな、そんな気持ちになった。
……その予感は当たり、このあと俺はとんでもなく新しいことをするはめになるのだった。
新しいこと、それは、日常雑貨屋経営編が終わってからになります……。しばらくペースダウンです。
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2025.8.15 主人公の一人称を俺にして、それに合わせて各所書き直しました!




