かっこよく死ぬなんてきっと仲間が許さない
【あらすじ】襲い掛かってきた魔物の残りかすを何とか倒した一同。怪物の正体は何なのか……。
【登場キャラ】
クタニ:主人公。転生者。創作魔法を使える。
ルルドナ:月の石からできた少女。
ガディ:デビルウンディーネのお嬢様。伝承とか詳しい。
留堂:魔王モール三号店店長。クタニの家に土湿布を仕入れに来ていてついでに祭りにも参加していた。
魔女ヒルデガルド:伝説の魔女。怪物を追い払うために生命の時間を代償にした。クタニには師匠と呼ばれている。
魔女たち:ヒルデの古い友人。自分たちの寿命を代償にヒルデの最後の時間を作った。
混沌の闇は魔女ヒルデガルドの命を懸けた時空魔法によって退けられた。
その後に残った闇の残留物も、ケンタウロス親子の連携、ルルドナの一撃によって辛くも払うことができた。
月明かりがぼんやりと照らす夜空。深く息をつき見上げた俺がつぶやく。
「やったか……?」
ふわりと俺の隣に降り立ったルルドナが答える。
「たぶん……。少なくとも、もう闇の気配はないわ」
よろめきながら近寄ってきたのは、魔女ヒルデ。顔色は青白くほかの魔女たちに肩を支えられている。
「……そうだ。しばらくは、安全だ」
彼女だけでなく、周囲の魔女たちも皆、信じられないほどに老いた老婆の姿になっている。
痛ましい沈黙が流れる中、俺は悟る。……時間を代償に、魔女ヒルデは自らの最後の時間をわずかに引き延ばしたのだと。
「師匠! 動いて大丈夫なんですか……?」
「……ああ、体調が悪いわけじゃない。生命の時間を代償にしただけだからね」
「だけ、って……。なぜ、出会ったばかりの俺たちなんかのために」
「……こういう運命だったのだろうな……。あれは、私が長年、最も恐れ、警戒していた存在……概念の怪物と呼んでいたものだ。まさか、こんなにも早く、こんなタイミングで現れるとは、私も思っていなかったがね」
「概念の怪物……?」
「そうだ。長きに渡り、この世界の記憶を探る中で、私は知ってしまったのだ。世界を根底から蝕み、壊していく存在を。そして、直感したのだ。ああ、これは私が、この身を賭してでも倒さねばならないものだと。……実際は、その怪物のほんの小さなカケラを追い払うだけで、この有様だがな」
「そして、カケラを追い払った後の残りかすを追い払うだけで俺らは精いっぱいだったと」
「そうなるね……」
巨大な槍を杖のように突きながら、奥義を放ったケンタウロスの留堂さんが近づいてきた。
「やはり、あれはあの怪物の残り滓でしたか。実のところ、あのような性質を持つ魔物は、この地に時折現れておったのです。百年ほどの周期で、でしょうか。古の伝承によれば、あれは生命に宿る根源的な不安から生まれた魔の存在だと考えられております」
ガディもまた、心配そうな表情でやってきた。
「私も、古い伝承でその手の話を聞いたことがあります……。生命が抱える不安や、行き場のない負の感情が集積し、地上に生きるものの命を奪い去るという……」
そんな……いくら異世界の話だとしても、不安が魔物になって命を奪うなんて、信じられない。
「さすが、ウンディーネは教育がしっかりしているね……」
感心した声が漏れる。
「でもまるで、……転生しているようですね」
「まさに、それだ。転生者のような存在ともいえるのかもしれないが、恐怖や悲しみや不安などの負の感情が混沌として集まり、しかも意識をもった存在だ」
「そんなの、どうやって倒せば……?」
「……わからないのだ。私が長年かけて極めた最強の魔法をもってしても、あれを完全に退けるのが限界だった。ましてや、倒すなど……」
魔女ヒルデは、疲労の色濃い顔でそう言った。
入れ替わるように、留堂さんが答える。
「しかし、先ほどの残り滓のような魔物であれば、月の魔力が重要な鍵となるでしょうな」
「ああ、その通りだ。あれは単なる闇ではない。根源的な恐怖から生まれているからこそ、単純な光魔法などでは、その力を打ち消せないのだ。月の、清らかで、洗練された魔力こそが、有効なのだよ」
「だから、私の蹴りは、あの闇に届いたのね」
ルルドナは、納得したようにそう言った。そう、彼女の身体は、月の力を宿す特別な石でできているのだから。
「その通りだ。だが、あの怪物の本体を倒す方法など……今の私には、全く見当もつかない。一つだけ確かなことは、私たちが知る従来の魔法をどれだけ極めたとしても、あれを打ち破ることは不可能だろうということだ。たとえ、神の領域に達する魔法だとしても、ね」
「月の魔法を極めたとしても、ですか?」
「ああ、恐らくはな。だからこそ、クタニくん、君のその奇妙な創作物、その底知れない魔力に、私は一縷の希望を感じているのだよ」
「この、小さなハニワ、ですか」
「そうだ。月の成分が含まれているという点もそうだが、それだけではない、何か強い力が秘められていると、私は直感している。不確定なことしか言えなくて……すまない」
そういうと、魔女ヒルデは激しく咳き込み、ずるりと座り込む。
俺も肩を貸し、彼女を支え起こす。……信じられないほど、彼女の体はひどく軽かった。
「いったん、屋敷に戻りましょう……」
「そうだな……。あれだけカッコつけたのに、……潔く逝かせてくれよ。まったく、大切な友人たちのおかげで、屋敷ともお別れができそうだ」
半壊し、あちこち煤けた屋敷を見上げ、魔女は疲労の色を隠しながらも穏やかにほほ笑む。
俺が(騙されて)莫大な借金で買った家。
そうだ、ここには俺の、そして皆の思い出がつまっていたのだ。
「この家もきっと喜びますよ」
どんな家だって、ぞんざいに扱っていいものなんてない。
何十年、何百年と、誰かを守り、温かく迎え入れてきた家なんだから。
最期は、家の中で。
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2025.8.15 主人公の一人称を俺にして、それに合わせて各所書き直しました!




