月へ還りゆく魔女、本当の時間
【あらすじ】ワルプルギスの夜の宴をしていると、突如、”混沌の闇”が襲ってきた。圧倒的力の前になすすべのない一同。魔女が命を代償に時空魔法で追い払うが……。
【登場キャラ】
クタニ:主人公。魔力なしの転生者。家を買うが10億の借金を負う。雑貨屋を開業し店長をしている。創作物に特殊効果が表れる。
ルルドナ:月の石の創作物から生まれた少女。重力魔法が使える。
スラコロウ:体の硬さを気にしているスライム。特殊な解呪魔法を使える。雑貨屋一のインテリ。
ヒルデガルド:ワルプルギスの昼と呼ばれる伝説の魔女。クタニの家の前の持ち主。
魔女:赤い魔女、青い魔女、緑の魔女の三人がワルプルギスの夜の宴のためにきている。
混沌の闇:突如現れた、闇の塊。魔女ヒルデガルドは何か知っているようだが……。
***
古い歌が好きだった。
賢者が残した古い歌
勇者が残した古い歌
隠者が残した古い歌
嘘がない世界
謀りがない世界
裏切りがない世界
求めるは、ただ真実。
どの歌でも、歌うのは
真実とは――月。
ああ、やっと私は
そこへ辿りつけるのか。
***
――枯れ枝が静かに地に落ちるように、魔女は倒れた。
混沌の闇が夜空に消えたとき、
俺らを縛っていた魔力が解けて、ようやく体が動くようになった。
慌てて駆け寄り、魔女の身体を抱き起こす。
「……!」
その姿は、しわが刻まれた老婆になっていた。
「あまり見るな……醜いだろう?」
つばの広い魔女の帽子を深くかぶり直し、顔を隠す。
「……そんなことないですよ。飛び切りの美人です」
魔女はかすかに微笑んだ。
「ふふふ。最後に、良い弟子をもてて幸せだったよ……」
皆が立ち上がり、やってこようとするが、俺は静かに手を上げて制止した。
きっと見られたくないだろうから。
それに、この魔女にとって、……俺は特別な存在だから。
「最後だなんて言わないでくださいよ……」
「いや、最後だ。命を代償にしたんだよ」
気づけば、頬を伝う涙が止まらない。
「私なんかの最後には、もったいないくらいの涙だ……」
俺は首を振った。
「らしくないですよ、そんなこと言うの」
「いや、これが私さ。どれほど強い魔法を操れても、自信なんてない。ただの弱い存在だ……」
「そんなこと……。ほら、今だって、老婆のコスプレ魔法をしているんでしょ? 趣味が悪いですよ……!」
魔女は静かに笑った。
「そうだったら、良かったんだがね。この衣装は、初めて独り立ちした時に着ていた服だ。部屋の奥からスラコロウくんが持ってきてくれたんだよ」
「え……?」
スラコロウが静かに転がってきた。
「ああ。本を読んでたらとんでもないことになっていてな。気がそれてる間に衣装を渡したのさ」
魔女が力なく微笑む。
「スラコロウくん、ありがとう。おかげで全力が出せたよ。それに、私の蔵書をよく読み込んでくれたようだね。皆にいろいろ教えてやってくれ」
「ああ……!」
スラコロウが力強く返事をする。彼は俺よりずっと大人だ。
その返事のあと、三つの影が近寄ってきた。
「ヒルデ……!」
仲間の魔女たちがそっと近づく。
俺は顔を上げて、すがるように言った。
「そうだ! あなたたちなら、魔法で……!」
赤毛の魔女が悲しそうに首を振った。
「ごめんなさい……。私たちにはヒルデのような魔法は使えない。それに魔法で命を代償にしたら、どんな方法でも救えない……」
「そんな……!」
緑髪の魔女が口を開いた。
「でも……私たちの魔力を使えば、彼女の時間を少しだけ止められるわ」
その言葉に、ヒルデが必死で叫ぶ。
「そんなバカなこと、やめろ……! 私の数時間のために、君たちの数年を犠牲にすることになる!」
青髪の魔女が穏やかに微笑んだ。
「いいのよ、ヒルデ。あなたはいつも一人だった。あなたが何年分もかけて得た知識や魔法を、私たちはあなたから教わった。……これはお返しよ」
三人の魔女はそっと顔を隠し、魔法の光をヒルデガルドに放ちだした。
――そのとき。
〈グオオォォーーン!〉
不意に、不気味な声が響き渡った。
スラコロウが警戒したように叫ぶ。
「きたぞ……! 混沌の闇が残した“残留体”だ!」
夜空から、黒い怪鳥がゆっくりと旋回しながら降りてくる。
その姿はまるで闇を凝縮したようで、闇そのものが羽ばたいているようだった。
スラコロウが緊迫した声で解説する。
「あれは残留物キメラ……! 混沌が残した魔力の残留体だ。普通の魔法は通用しない。かなり強敵だぞ!」
「そんなの、どうすれば倒せる……?」
スラコロウはさっさと茂みに転がり隠れながら言う。
「呪いを喰らったら手伝うぜ。それまでは頑張れよ!」
「おいっ……!」
俺がツッコミを入れたが、茂みから返事はなかった。
ルルドナが俺の隣に立ち、静かに言った。
「細かいこと気にしている場合じゃないわ。来るわよ……!」
ヘルキメラは混沌の闇の残留物ですが、非常に強敵です。
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2025.8.15 主人公の一人称を俺にして、それに合わせて各所書き直しました!




