宴の前にはケンタウロスが集まる
戦いの後、主人公たちの後ろにいた正体は……?
「お兄様!」
駆け寄ったのは、ケンタウロス族と思われる女性。
つややかな金髪に、白のケンタウロスドレス。思わず目を引く脚線美の持ち主だった。
「新手か!?」
ペッカが警戒する。しかし――。
「がっはっは! これは派手にやられたもんだ。どうも、お久しぶりですなあ。息子がお世話をおかけしました」
「……留堂さん!」
そこにいたのは、魔王モール三号店店長、中年太りのケンタウロス、留堂さんだった。
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「娘と一緒に土湿布を仕入れに来ました。最初なので、自ら赴いたのですが、タイミングがよすぎましたかな?」
がははと豪快に笑う留堂さん。何とか意識を取り戻したケイロンが答える。
「ち、父上……。みっともないところを……」
無理をしてしゃべるケイロンに妹が寄り添う。ぼんやりと白い光に包まれている。妹が回復促進魔法のようなものを使っているようだ。
「息子よ。相手の力量を見極めないで挑むのは愚策だ。それに、戦いで勝つよりずっと良いこともこの世にはあるぞ」
といって、親指と人差し指をわっかにして、お金のジェスチャーを見せつける。
……お金のジェスチャーって、異世界でも通じるのか。
ケイロンは目を大きく開けた後、力が抜けたように笑い出した。
「ははは。父上にはまだまだかないません」
「戦いで解決することなど終わったのだ。もっとも、それを口実に鍛えるのを怠ってはならんぞ」
「はい! ……ったたた」
ケイロンは腰を押さえる。ルルドナにけられたところだ。
「あのよかったら、これ」
俺は自分に貼っていた土湿布をはがして渡す。何度も使える万能湿布だ。
「敵の情けなど受けん」
「いいから貼れよ、ケロリン」
「おいっ! ケイロンだ! しかも名前は草野だ!」
「ケロリン?」ケンタウロスの父親と娘が首をかしげる。
〈ペタリ〉
「こんな……怪しげな物体……って、きいたー!? ぜんぜん痛くなーい!」
ボケツッコミできるのかよ!
「……これを、わが四号店ドラッグストア部門でも販売したいのですが!」
かくして俺は、三号店にも四号店にも土湿布を出荷することになったのだ。
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ライムチャートちゃんがおそるおそる歩いて近寄ってくる。通常モードに戻ったようだ。
「み、皆さん、あ、あのパン生地、どうします?」
彼女の後ろを見上げると、半壊した店の前に、巨大なパン生地が横たわっていた。
「今日は祭りだ! みんなで全部焼くぞ! 家の修理なんて後回しだ!」
「いつにもなく店長がやる気っす」
「ここで売上挽回しないと、借金返せないだろ!」
腕を振り上げた俺にペッカがいう。
「だがあの巨大なパン生地をどうすれば?」
「わ、私がその辺の物質と併せてパンにしましょうか? 虫とか使えばバーガーだって……」
「いやそれはいい! ライムチャートちゃんもたまには実際に手を使って何かを作るのがいいよ! さあ、みんな! パンの形にしてくれ! 日没から宴だぞ!」
「「おぉー!」」ガディとスコリィが元気いっぱいで返事をする。
盛り上がりを見てライムチャートちゃんは後ずさってレンガの帽子を押さえる。
「いや、私はそういうのは……」
「やるぞ! だいたい店を守ったのはキミなんだ! パンをこねて売り子までする責任が、キミにはある!」
そう、店の部分は生き残っていた。奥の作業場所は先ほどの戦いで壊れたけど。
「う、売り子もですか? でも、そうなのですか……?」
ライムチャートちゃんの返事。俺はめちゃくちゃな理屈を押さえつけるために彼女に詰め寄る。
「責任から逃げちゃだめだ!」
「わ、わかりました」
「よし、早速着替よう! 師匠! コスプレ魔法を!」
〈ドスン〉
俺の背中に衝撃が走る。
「てんちょー、目が完全にアウトですっ」スコリィがけりを入れたようだ。
「お前は本当にこりないな……」ペッカがあきれる。
「不潔です」ガディのマジ声。
「そもそもキミ、もう私には衣装を変えるほどの魔力は残っていないよ。まあ、屋敷の二階に大量に衣装はあるのだが」
「はっはっは」
俺らの様子を見て留堂さんが腹を揺らして笑う。
「ここは楽しそうですな。魔王モールとはえらい違いです。どれ、我々も一緒に手伝わせてもらっていいですかな?」
「え? 父上?」
「父上! 我々は敵同士ですぞ」
「あんなに大きなもの、皆さんだけでは焼ききれないでしょう」
「……体験型パン販売! いけるぞ!」
「体験型……? そんなことして大丈夫なんですか?」
「意外といけるんだよ! 体験そのものにお金を払うって人たちは多いんだ! ですよね!? ケンタウロスの娘さん!」(※ネットでの受け売り)
俺が話しかけると、兄に回復魔法をかけていたケイロンの妹がきょとんとする。
「え、わたしですか?」
金髪のつややかな髪がゆれる。
「パン作り、したことないでしょ? この機会にやってみないですか?」
「興味はありますけど……。いいのですか、父上?」
にこにこと留堂さんが答える。
「ああ、皆でやってみようではないか」
俺は勢いで進める。
「ぜひ売り子体験も!」
「売り子もしていいんですか!? 父上、やってみていいですか?」
留堂さん、露骨に困った顔をしてから小声で「まあ……体験だしな……」といった。
「ではよろしくお願いします! わたし、ウェストフィ・理世夢といいます!」
「ああよろしく。お互いに世界を広げよう」
そういうと俺は師匠にアイコンタクトを送る。
魔女がその様子をみて、カッと目を見開く。
「……売り子をするためのコスプ……衣装が何人分も必要だな! ちょっと待っていろ!」
半壊した屋敷の中へ飛び込んでいった。
師匠、いいやつをお願いしますよ……!
いろいろ書きすぎて宴が次になってしまいました。名前がケンタウロス親子で違うのはもうあまり気にしないでください。異世界なんでそういうこともあります。
次は、コメディ宴回です。意外な伏線回収します。
2025.8.15 主人公の一人称を俺にして、それに合わせて各所書き直しました!
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