赤い揺らぎ、暴走の意味
【あらすじ】バーサク状態のケイロンに屋敷を半壊させられ、外に出る一同。ペッカとガディが時間稼ぎの応戦。倒れたルルドナ(ミニチュアサイズ)が魔女ヒルデガルドの涙のしみ込んだ土湿布で暴走し、魔力があふれ、はるか上空へ浮かび上がった。
「あれは、バーサク状態!」
「え、バーサク?」
「私の魔力を込めた涙で、雑多な魔力は中和できたが、私自身のコスプレ魔力が残っていたか!」コスプレ魔力ってなんだ。今更だけど、師匠の魔力ってどうなってるんだ。
「感情が理解できずに暴走したんだ!」いやたぶん、あんたの感情には誰も追いつけねえよ。
「あの、止めるにはどうすれば……?」
「あの子は感情が理解できずに苦しんでいるんだ。それをどうにかすればいい。しかしまさかほんのわずかな魔力で暴走するとは……。ルルドナくんは、思ったよりずっと繊細なんだな」目を細め、こちらをじぃっと見る魔女。
「そんなの知ってましたよ。何せ僕の……」
「僕の……、何なのかい?」期待に満ちた目で魔女が見つめる。
「涙でできているんですから」
「今はそんなところか! じゃあやることはわかっているな! さあ、取り戻してこい!」魔力のこもったホウキで尻をぶたれて、僕は空中に飛び上がった。……ルルドナより、はるか上空に。
下降中にルルドナの方に向かえと!? 難易度高くない!?スカイダイビングのように、僕は暴走したルルドナのもとへ落ちていくのだった。
**
重力魔法――その規模が大きければ、大地すら歪む。
ルルドナはもはや意識も消えかけ、溢れ出す魔力で地面を押し潰し始めた。なりふり構わず、力を暴走させている。
〈ズウゥゥーーン!〉
このままじゃ僕たちの店が――!
上空に魔法で突き飛ばされた僕が下界を見ろしていると、ライムチャートちゃんの声が響く。イゴラくん、先ほどの魔法で魔力がつきてたんだ。
「重力よ、パンへ――《グルテン・グラビティ》!」巨大なパン生地が店の前に出現し、すさまじい重力を吸収し始めた。地形の変形が止まる。この魔法……地上への重力をパンを“こねる力”に変換してる!?
さすが魂の半分を神と分け与えた子。あまりに――規格外。
ライムチャートちゃんが声を上げる。「こっちはまかせときぃ!」
なんと頼もしい博多女子。
……もう、全部あの子に任せればいいんじゃないのかな。
――とも言っていられないか。いま、孤独と戦っているルルドナの一番近くにいるのは僕なんだから。
「ルルドナ!」下降しながら泳ぐようにミニチュアサイズの彼女に近づく。すると二人は魔法陣に支えられるようにふわりと浮かんだ。
意識の消えかえたルルドナは僕をみて、絶え絶えにしゃべる。「ごめん、私……何も、わからないの。知識があっても、強くても……強がっている、だけ……」
(そういえば元気がないというか、戸惑っている様子でもあったな。やっぱり……)「わかってる。言わなくていい」僕は言葉をさえぎった。彼女の瞳は、赤く揺れていた。
まるで、迷子の子どもが必死に助けを求めるように。
「でも……」「いやいいんだ。わかっている。ルルドナは、……僕の一部をもらってしまったんだ。わかっているさ」
「ちがう、クタニは何もわからない。私のこと、何も知らない!」
声を交わすたびに、魔法の浮力がきえていく。僕たちは、ゆっくりと落ちていった。
「知ってるさ! 僕だって何度も自問自答した!」空中で風が唸り、僕の声はかき消されそうになる―― 。
「……でも、大事なのは“今”なんだ!」
不気味に揺らめき、暴走する彼女の魔力。空の色を変えてしまうほどの邪悪な赤黒いオーラ。「え……? 何を……?」「占いで、元はAIだったって言われたこと、気にしてるんだろ? 転生前はAI? 生命ではなかった? 感情がわからない?」
「そんなこと……!」
力が暴走しているルルドナだけど、考える力は残っているようだ。僕の言葉に首を振る。
空中で無重力のじわじわとルルドナに近づいていく。彼女の髪は逆立ち、その目は赤く暗い光が漏れ出ていた。だけど、その目の奥はよく見たことがある光。転生前によく見た光。
「……そんな疑問は放っておけ! 頭が回りすぎるんだよ! もう……前世のことなんてどうでもいいだろ! ここは……異世界なんだから!」
ルルドナの目が見開かれる。
僕はそっと近寄り、ミニチュアサイズの彼女を手で包み込む。慈しみを込めた目で見つめた後、意を決して魔女の感情が染み込んだ土湿布をとった。
――ルルドナの、赤い瞳の揺らぎが止まる。同時に僕たちの下降も止まる。空中に、柔らかい光が広がり、二人は安定したように浮かぶ。
「……そう、私は、ただ情報を処理しているだけの存在だった。喜びも悲しみも、そういう反応を真似していただけ。感情が乏しくて、ごめんね」
――感情が乏しい、人間の僕だってよく言われたことだ。
ルルドナは悲しみをこらえるような目で、続ける。「でも……クタニの涙は、本物だってわかった。私、涙のおかげでこっちの世界に来れたのよ」
「……情けないな。こんな歳で……涙がカギになるなんてさ。でもわかってるよ、ぜんぶ。……きっと、僕ら似たもの同士だ」
顔を上げ、その目に涙をたたえて彼女は微笑む。「まったく情けないわよ……。でも、ありがとう、クタニ。こんな空の上まで来てくれて。……少しだけ、何か胸のあたりが軽くなったわ」一筋、涙が流れ落ちる。
〈シュゥゥゥン!〉ミニチュアサイズだったルルドナは、元のサイズに戻った。(※魔女の作った衣装も同時にサイズが変わる)
「あとは、まかせて」にっと笑ったルルドナは暴走する地上の敵に視線を向ける。同時に背後に白く輝く魔方陣が無数に展開される。その魔力量に空気が震え――。ルルドナはまるで輝く風の弾丸となって、敵の頭上へ一直線に飛び込んでいった。
暴走していたケイロンがルルドナに気が付き、空から向かってくる彼女に特大の光の矢を放つ。くるりと宙で一回転。放たれた光の矢が彼女の髪をかすめる。
彼女は矢をかわす反動を使い、さらに加速――渾身の回し蹴りが、ケイロンの腰をとらえた! 瞬間、波のように空間が震える。
いくえもの魔方陣が展開され、ケイロンが地面に叩きつけられる。
〈ズドオオォォーーーン!!〉
蹴りから放たれた重力魔法の圧力で、巨大なクレーターが出来上がる。
「ぐあああーーっ!」
断末魔をあげたケイロンは、腰を押さえながら、気を失った。
***
重力魔法でゆっくり落ちてきた僕は、ルルドナに駆け寄った。
「ルルドナ!」
ふらりと立ち上がったルルドナは親指をぐっと立てて無事を知らせる。
同じく駆け寄ってきた魔女ヒルデガルドがねぎらいの声をかける。
「よくやった。二人とも」ケイロンは意識を失って、口から泡を吹いて倒れている。
「死ぬかと思いましたよ」「敵そのものは大したことなかったわね」いや、神話クラスの相手なんですけど……。
「……先はまだ長い。二人の今後に期待しよう」魔女が伏し目がちに僕たちをねぎらうと、スコリィ、ペッカ、ガディがきた。
「てんちょー、ルルドナさん! すごいっす!」とジャンプして喜ぶスコリィ。
「おい! お前、なんて無茶を!」ペッカはすっかり心配性キャラになってしまった。
「お二人とも、よくご無事で!」ガディは手を組んで笑顔。
「……ま、何とか無事だったよ」僕は強がって手のひらを軽く上に向ける。
「あんなん楽勝よ」ルルドナは仁王立ちでドヤ顔。
そんな雑貨屋の様子を一歩引いて眺める魔女。彼女は満足げに微笑んだあと……、僕にそっと近づいて耳打ちした。
「大団円で結構。ただひとつ言い忘れたが、その衣装……スカートの下は何もはかないものだよ。ボクサーパンツとは……弟子の品格が問われるな」魔女にパンツ見られていた。
***
〈ガシャーン!〉勝利の余韻を引き裂くように、背後で何かが崩れる音が響いた。
僕たちが一斉に振り返る――……そこには――。
主人公の呼びかけで元のサイズに戻ったルルドナが見事に倒してくれました。
異世界って、いいですね。
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