異世界では創作された存在の感情は暴走しやすい
避難していた建物の周囲の結界が壊され、ピンチになっています。
「君の魔法の揺らぎの正体は大体わかったが、今すぐにはそれを修復することはできないね」
魔女の言葉にルルドナは困惑した表情を浮かべる。
「どういう、こと……?」
「……きっと、自分が“何者か”をまだ選べてないから、じゃないかな」
〈ががががっ!〉
魔法の矢の攻撃が家を揺らす。
ルルドナが開けてしまった穴を中心に、結界が壊れ始めている。
「これはピンチだ! さあ、敵を倒してくれ! ――これで!」
ミニチュアサイズの和風の衣装を取り出し、皆に見えるようにかざす。
赤色を基本に、抽象的な模様をつけられた衣装。僕にはわかる。あれは、月とハニワだ。
「これはね、ルルドナくん。キミの“起源”を形にした衣装なんだ。月の意志を継ぐ、特別な存在として」
「師匠! こんなときにふざけている場合では……」
「何を言っているんだ、きみ。このサイズのものを作るのは集中力がいるんだぞ! それに、……きっと魔力も安定するよ」
〈ズドン! ズドン!〉
結界に空いた穴からすごい音が届いてくる。これずっとやってたの……? バーサク状態とはいえ、ケイロン、敵ながら天晴。
「わかりました! わかりましたから結界をふさいでください!」僕は思わず叫ぶ。
「それはもうできない。こんな大規模な結界を長時間維持するだけで精一杯なんだよ。残りの魔力はこの衣装にこめてしまった。最後の魔力……受け取ってくれないか」
うるんだ瞳でまっすぐにルルドナを見つめ、そっと衣装を渡す。
「ルルドナ、だまされるなっ。師匠は演技派だ」
「ていうかなんでメイドのことを師匠って言っているのよ」
「彼の審美眼には、一目置いているのさ。……変な意味でな。見てくれたまえ、彼の姿を」
優雅に手をかざした魔女に紹介され、自分がスコットランドの伝統衣装キルトのようなコスプレをしているのを思い出した。
「……つまり、ろくな師匠じゃないってことね。ま、本人たちが楽しければいいんじゃない?」
「楽しんでいるわけじゃないんだけど……」
急に恥ずかしくなった僕は、タータンチェックのスカートをおさえる。
「ま、似合っているわよ」
……こっちもイケメンかよ。
**
〈ピキッ〉
結界にひびが入る。
「おい、もうもたないないぞ」ペッカが慌てる。
「急ごう、私からの贈り物だ」
魔女が光を放ち――ルルドナの衣装が魔女の作ったコスプレ衣装に変わる。
〈ガラガラガラーッ!〉
――そのとき、天井がついに崩落した。
**
結界が消え、家が壊される。
おそるおそる見上げるとイゴラくんの防御魔法が僕らを守っていた。
「すぐに消えます! みなさん外へ!」
外に出た瞬間、ルルドナが敵に向かって飛び出す。
「あなたちょっとうるさすぎよ!」
小さな赤い光の球体が素早く飛び回り、ケイロンに体当たり攻撃をする。
「がああー!」
よろめいたケイロンは下半身から紫の煙が吹き出る。
紫の煙でドームが出来上がる。
「その煙を吸うな!」
ルルドナは僕の声なんて気にせずに突っ込む。
僕は思わず飛び出す。
「おいっ! キミは無理だ!」
魔女の止める声がするけど、走り出す。
「ルルドナ!」
息を止め、煙の中に飛び込む。
煙の中は薄い霧が立ち込めている状態で、視界が完全になくなるわけではなかった。
地面に落ちたルルドナが踏みつけられそうになっている。
赤い光をまとったルルドナを拾い上げ、再び走り出す。
――しかし、背後に強烈なけりをくらってしまう。
「うっ!」
〈ズザァァァーー!〉
吹き飛ばされ土の上を滑る。
ガディとペッカが飛び出して、ケイロンに向かう。
「俺様たちがひきつける!」
「長くはもちませんよ!」
僕にスコリィが駆け寄る。
「てんちょー! 大丈夫っすか!?」
「大丈夫。背中に土湿布を貼っていたから」
僕は背中に貼った湿布を見せる。
「まったく、なんて無茶を」
ルルドナが意識もうろうとして僕に礼を言う。
「……クタニ、あり……がとう」
「いや、……先に言っておくべきだった。あいつの煙は意識を奪うんだ。もっとも自分で吸うとバーサク状態になるみたいだけど」
「クタニくんもちょっと吸ったようだが、私の魔法のおかげで効き目が弱まっているようだな。……私にはもうもうあんな消耗の激しい魔法を使う魔力は残っていない」
「はは、まあ、この湿布驚くほど効くんで」
「ていうか、その土湿布とやらを見せてくれないか?」
「これですか?」
背中を見せる僕。
「これは……」
魔女が鼻を近づけ土湿布を何度も触る。
「ちょ、どこ触っているんですか?」
「尻だが」
「いいから、湿布だけ触っとけや変態!」
「その元気があれば大丈夫だな。これ、ちょっといただくよ」
〈ベリッ〉
魔女は僕の背中から湿布をとると、顔を近づけて観察しだした。
「月の石入りの土湿布か。最高級品だな」
そういって魔女は、土湿布に向かって涙をこぼす。土湿布にしみこむ魔女の涙。
「演技派でよかったよ」
少しちぎってペタリとルルドナに貼り付ける。(※とてもやわらかい紙粘土みたいなイメージです)
「師匠、それ大丈夫なんですか」
「失礼だなキミは。こんな美しい涙めったにないぞ。ともかく何か変な魔力が混ざっているから、これで中和しよう」
「確か……闇魔法のルナメテオとかいうのから魔力を吸収したかもって言ってました」
「それだね。だけどこれで解消するよ」
しかし、起き上がったルルドナは困惑し始めた。
不気味に揺らめく赤黒いオーラが、彼女の体から滲み出していく。
「やだ……力が、止まらない……! なにこれ……っ!?」
ルルドナの身体が淡く黒く染まり、静かに宙へと浮かび上がる。
多重の魔方陣に支えられるように、まるで月に導かれるかのように、はるか上空へ。
――それは、悲しみと怒りと、そして困惑がまざった、感情の“揺らぎ”の暴走だった。
重力魔法が暴走し、バーサク状態ではるか上空に浮かんでしまったルルドナ。さあ、どうなっていくのでしょう?
次回バトル終了です。
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