異世界ではおっさんの涙だって奇跡を起こす
バーサク状態になった敵のケイロンに襲われ、屋敷に避難した一行。魔女の結界で守られているようですが……?
ルルドナ。僕が作った、ただのハニワ土器から生まれた少女だ。
岩でも、桃でもない。まさかのハニワだ。
――彼女は知っていたのだ。
自分が、月から生まれたことを。
ルナドールのルルドナ。
**
窓の外から、雨音。ザァザァと勢いよく雨音が続く……。
この音の正体は、――敵の放つ光の矢の魔法攻撃。
窓からそっと覗き見ると、バーサク状態のケイロンが、この家を攻撃し続けていた。
すべて魔女ヒルデの結界に防がれているが。
悪の化身のような姿。あの魔法は体力が尽きるまで目の前のものを攻撃し続ける。
『相手の魔力が尽きるまで体力回復といこう』
魔女の提案で家にこもったが……もうかれこれ5時間は続けている。
魔法の雨が降り続ける中、僕らはまるで密室ミステリーの登場人物のように、じっと屋敷に籠っていた。
今僕たちがいる魔女の結界の中は穏やかなものだった。
イゴラくんはパンを焼き続けている。スコリィが手伝う。
ペッカは木彫りをやっている。
ガディは水風呂に行ってしまった。
僕もノリで粘土をこねていた。
ソファに座って本を読む魔女ヒルデがつぶやく。魔女っ子コスプレに戻っている。
「心地よい魔法攻撃の音だが……、この結界もあと一時間ってところか」
僕たちがまっているのは、敵の魔力が尽きることと、ルルドナが目を覚ますこと。
魔女ヒルデの提案で、コスプレさせたルルドナに思い切り暴れさせようということになった。
「しかし、目覚めないね。魔力そのものは回復しているようだが。やはり、この魔力は月の魔力だけではない」
「へ、へぇ……」
「何かまだ……私に隠していることはないかい?」
「えっと……」
僕が目を泳がせていると、魔女がツカツカと近寄ってきた。
「ここだ! このタイミングが分岐点だよ!」
魔女は僕の両肩をつかみ、目をのぞき込む。
「……!」
「君はまた、失うことになりかねないよ。もっとも、君は転生者だから消えた側だろうが、事実としては変わりがない。どちらにしろ、ここで話さねば失うには違いない」
冗談のような口ぶり。けれどその目は――喪失を知る者の、深く沈んだ目だった。
ペリドットを埋め込んだような瞳がじっと覗き込む。
「その……!」
やはり、言いよどむ。自分のことを話すことは好きではない。まるで、自分を失ってしまうような気がするから。
言い淀んだ僕にがっかりしたリアクションをしてすねたようにソファに寝転がる魔女。
「あーあ、結界解いちゃおうかなぁ。はやく宴の準備したいしぃ」
「泣きました」
「は?」
上半身を起こした魔女が、うれしさ半分、驚き半分といった様子でこちらを見る。
僕は意を決して続ける。
「大泣きして、そのたくさんの涙が粘土にしみこんで、そこからルルドナが……」
魔女のいじわるそうな顔がズンズンと近づいてくる。
僕の目を覗き込んだ歓喜に満ちた目。聖女のように手を組んでさらに追加質問をする。
「え、キミ、いい大人なのに、泣いたの? 転生後に?」
「てんちょー意外と泣き虫っす」イゴラくんとパン生地をこねていたスコリィが大声で言う。
「ですよね」水風呂上がりのガディがすかさず言う。
「差別反対!」
弱弱しく叫ぶ僕に賛同する者はゼロであった。
魔女は足をじたばたせて笑い転げる。
「あっはっは! 美しい少女の涙が奇跡を起こしたことはきいたことがあるが、おっさんの涙が……!」
「差別反対!」
「いや、むしろ最高! ルルドナくんの魔力が不安定な理由、これで完璧に説明がついた! いやあ、しかしこれはコスプレ魔法に応用できないなぁ! あっはっは!」
「こうなるから、言いたくなかったんだ!」
「いいじゃあないか。それならもう目覚ましは簡単だ」
魔女は僕の顔の前で小瓶のふたをそっと開けて、僕ににおいをかがせる。
「玉ねぎくさっ!」
気が付いたときには、僕は涙を流していた。
「歳を取ると涙腺が緩くなっていやだね」
おいリアルな感想を言うな。
僕の涙をさっと取り出した小皿で受け取り、ルルドナに振りかけた。
***
――声、悲しみの。
ちがう。
声にもならない、小さなざわめき。
誰にも届かない。
何もできない。
それでも……この揺らめきは止まらない。
だって世界が終わってしまうから。
***
「……ここ、どこ……? みんな、なんで……大きいの……?」
ルルドナは目を覚ました。……小さなサイズのまま。
「よ、よかった……」
小さい姿のまま、背伸びをするルルドナ。
「最高っす! ちびルルドナさん最高っす!」
「わぁ。かわいらしいです」
安堵したメンバーが、ちびルルドナを見つめる中、魔女だけが眉をひそめる。
「……む? なんだその瞳は」
ルルドナの瞳は、まるで燃えるように揺らめいていた。
「え、瞳? ていうか誰?」
魔女ヒルデを見つめてつぶやく。
「私は魔女のヒルデガルド。この家に雇われたメイドさ。彼の趣味でこんな姿をさせられている」
「もっともらしい嘘をペラペラと並べるなっ!」
「いやいや、すまない。時間がないんだったな。……で、ルルドナくん、寝起きで悪いんだが、ちょっと魔法を見せてくれないか?」
「別にいいけど……」
「確か君は重力魔法を使えるんだったね。そこの木の枝を圧縮してくれないか」
何も言わずにルルドナが手をかざすと、周囲に魔法陣が出現し、木の枝がひしゃげる。
「いやあ、驚いた。重力魔法なんて久々に見たよ。すばらしい」
「そりゃどうも」
「しかし、迷いがあるね。揺らぎが大きい」
「……何が言いたいの?」
〈ドォォォン!〉
突然の轟音。上から魔法攻撃音が響いてきた。
屋敷が大きく揺れる。
「私の結界魔法まで壊すなんて、見どころがあるよ」
魔女は満足そうに天井に空いた穴を見上げる。
そう、重力魔法が発動した位置の真上が……天井を突き抜けぽっかりと空洞になっていた。
ルルドナが無事に目を覚ましましたが、小さいままのようです。どこか不安要素が残っています。
さらに、魔女の結界が壊れたようです。
次回、バトル後編です。
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