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【完結済】BL漫画家の私の隣人が、どう見ても異世界から転移してきた王子サマな件について  作者: 水月


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8/21

第八話:『受けのトメ―トゥ』と『攻めのビーフ』

 アレクシスとの奇妙な共同生活は、私のBL漫画制作に、予想を遥かに超える影響を及ぼしていた。

 彼はまさに、生けるBL資料だったのだ。


 あの時、彼がシャツを脱いだ瞬間──私は、その完璧な上半身に息を呑んだ。夢中でペンを走らせる。筋肉のつき方は当然、骨格のバランス、何気ない仕草に生まれる陰影……。二次元では再現しきれなかったリアルが、そこには確かに存在していた。


 それ以来、私は彼の動きを細かく観察するようになった。

 袖をまくって料理をする姿。ソファでくつろぐ時の長い脚。料理に失敗してしょんぼりする背中……。


「アヤノ。私の顔に何かついているか?」


 タブレット片手にじっと見つめていた私に、アレクシスが首を傾げて訊ねてくる。その仕草がまた妙に艶っぽくて、私は一瞬、目を逸らしてしまった。


「いえ、ついてません。ただ……アレクシスさんって、モデル向きだなと思って」


 言うと、彼はほんの少し眉を寄せた。


「モデル……? 私は伝説の料理人を目指しているのだが」

「いや、その……漫画のキャラの資料に……」


 濁した言葉に、彼の目がぱっと輝いた。


「なるほど。私が、君の創作に貢献できるということだな。構わない。できる限り協力しよう」


 そう言って誇らしげに胸を張る彼。たぶんこれも異世界の文化を学ぶ一環のつもりなのだろう。

私は内心で思いきりガッツポーズを決めた。


 それからというもの、彼の料理修行の合間や食後、私は彼をモデルにスケッチする日々が始まった。時には、こちらが求めるポーズを真剣な顔で再現してくれる。


「この『壁ドン』というのは、なぜこのような姿勢を?」


 指示通りに壁に手をつき、顔を近づけてくるアレクシス。その真顔と、迫ってくる美形に私は耐えきれず「ひぃっ」と情けない声を上げてしまった。漫画ではいくらでも描けるのに、三次元のイケメン相手となると、心臓が持たない


「いや、アレクシスさん、それは……その……『攻め』が『受け』にするやつで……」


 顔を真っ赤にして説明する私に、彼は神妙にうなずき、あろうことか一歩踏み込んできた。


「なるほど。では、その時『攻め』はどのような表情をするのだ? 対して『受け』はどんな感情を抱く?  詳しく教えてくれれば、より正確に再現できるはずだ」


 彼はいたって真剣だった。私は完全にたじろいでいた。もはや論文発表の気分である。


 しかし、アレクシスという最高の生きて動く資料を得たことで、私の創作意欲は爆発した。

 彼の表情、動き、反応すべてがインスピレーションの源になる。

 次回作には、彼をモデルにしたキャラクターを登場させることに決めた。


 そして、私がそんな目論見を実現させようとしてる傍らでは、アレクシスが『愛』という概念をBL漫画から学び、その料理を予測不能な形へと進化させていた。


「ところでアヤノ。この『受けのトメ―トゥ』と『攻めのビーフ』を組み合わせてみた。試してくれ」


 差し出された皿は、一見シチューのようだった。トマトと牛肉の組み合わせはごく普通……のはずなのに、そのネーミングだけが異常に主張しているだけではなく、湯気とともに謎の「情熱」が立ち上っている幻覚が見える。牛肉は妙に色艶が良く、トマトはとろけるように牛肉に寄り添っている。


「いや、普通にトマトと牛肉の煮込みでいいんじゃ……」


 スプーンですくって口に運ぶ。連日の修行の成果もあり味は悪くない。むしろ普通だ。が、『攻め』と『受け』という単語が味覚の隅に引っかかり、なんとも言えない気分にさせられる。


「どうだ?『魂の共鳴』を感じるか?」


 彼は真顔で尋ねてきた。私はつい「感じるのは背徳感です」と言葉を滑らせ、背徳感に関してより詳細な説明を促されることとなった。


 アレクシスの創作料理は日々加速し、『運命の赤い糸パスタ』なるミートソース×紅生姜の暴挙や、『背徳のデザート』と称したワサビ入り生クリームなど、予想を超えたメニューが次々と食卓に登場した。


 不思議なことに、どれも微妙なラインで食べられる味で、時には妙にハマる味さえあった。これが、受けと攻めの味覚の融合……なのだろうか。


「アヤノ。君のおかげで『愛』に関して再認識出来たような気がする。料理でも、それを表現できるようになってきたな」


 彼は誇らしげに胸を張る。私は彼の愛の理解と、私の理解が恐ろしく乖離していることを確信したが、彼の無垢な笑顔を前に否定する気にはなれなかった。


 そして私の創作も、順調に新作の形をとり始めていた。

 アレクシスをモデルにしたキャラクター、その名も「アレス」。異世界から来た王子で、世間知らずだが純粋、そしてなぜか料理に情熱を燃やす青年だ。ビジュアルはもちろん、アレクシスそのもの。彫りの深い顔立ち、蜂蜜色の髪、そして憂いを帯びた蒼い瞳。


 担当編集者である鈴村君は、プロットを見た時には「王子なのに料理漫画ですか……?」と微妙な反応だったが、キャラのラフを編集部内に回覧したところ、「これ、イケますね!」と女性陣の後押しを経て企画はあっという間に通った。


◇◇◇


「アヤノ。この『アレス』なる人物、どこか私に似ているな」


 ネームを覗き込むアレクシスの声に、私は思わず硬直する。


「え、ええ……ちょっとだけ参考に……」


「私が君の創作に役立てるとは、光栄だ。このアレスは、どのような愛を紡ぐのだ?」


 彼の問いに、私は再び顔を赤らめた。

 まさか自分をモデルにしたキャラが、男同士で愛を育むとは、さすがに思っていないのだろう。


 原稿の一部をSNSに先行公開すると、読者の反応は凄まじかった。


「この新キャラ、刺さる!」

「顔面偏差値高すぎてつらい」

「……なんか既視感あるけど、気のせい?」


 特に「見たことある気がする」という声には背筋が冷えた。

 まさかとは思うが、彼の顔がネットに流出していたりは……ないよね?


 とはいえ、二次元王子であるところのアレス人気は一気に爆発し、作品の知名度も急上昇。

 鈴村君からも「先生! ヒットの予感です~!」と連絡が入り、私は創作にますます没頭していった。


 アレクシス本人は、自分の姿がモデルになったキャラが、ネットで話題になっているなど露知らず、今日も黙々とスケッチポーズを取り、創作料理に挑戦し続けている。


 私は願う。このまま、彼の素性がバレずに連載が終わることを。

 ……ただ、天然な彼と、SNSの拡散力を甘く見てはいけないのだった。



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