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補修人、相良修司は蚊帳の外  作者: 久慈望
第九話 復活
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彼女の望み

 暗闇の中に、わたしは立っている。


 少し離れた正面に魔物の姿が浮かび上がる。


 それはとても、ガルファスに似ていた。


 けれど、それは姿だけで、纏う雰囲気はまったく違っていた。


「今、諦めようとしたんじゃないっすか? そうはさせませんよ」


 ゴアルガスの声がする。


 まさか、目の前の魔物が喋っているのだろうか。


「ここは……どこ?」


「さあ? おれは現世と異界の狭間って呼んでますね。今おれが必死にメリル様を引き留めてるんすよ」


「どうしてこんなことをするの?」


 純粋な疑問から聞く。


 わたしは人間に敗れ、大切な人も失ってしまった。そんなわたしに生きる意味があるとは思えなかった。


「どうして? 質問の意味が分かんないっすね。おれはメリル様を生かす。そのためだけにガルファス先生に命を与えられたんでね。そりゃああなたが死にかけてたら助けるしかないでしょうよ」


「私はもう生きていたくない」


 するとゴアルガスは、大げさに顔をしかめる。


 ガルファスは絶対にそんなことはしない。


「そう言われてもっすねえ。おれは命じられていることをやってるだけっすから」


「だってもうガルファスは居ないじゃない」


「確かにもういない」


 ゴアルガスが言うと、暗闇に光が生まれ、外の風景が映し出される。


 何もない荒野。


 わたしは空から地上を見ている。


 そこには、たくさんの魔物と人間たちが戦っていた。


 大きなダラガントとゴブリンやオークたち、ワイバーンが、武器を持った人間や魔術を使う人間に襲いかかっている。


 巨大な魔獣ダラガントが、その戦場を闊歩していた。


「これはおれの体に残った戦闘時の記録です。人間との戦いで多くの魔物は死に、生き残ったやつらも、ガルファス先生が居なくなったことで知性を失ってしまった。ダラガントはどこかに行っちまったし、おれがかろうじて自我を持ってんのは、魔素とつながることができたからっすね。これもいつ途切れるかわかったもんじゃない」


 風景が切り替わり、わたしは魔王の玉座にいた。


 これは魔王城の広間だ。


 ゴアルガスの位置も変わり、わたしを見上げている。


「私には何もない。それでも生きろっていうの?」


「おれはメリル様に命令するような立場じゃないんで、それはわかんないっすね。ただ、生まれたばかりのおれに言えることは、生きる意味なんてないってことっすよ。生きてるから生きてる。そんなもんです。やりたいことがあるかどうか、やれといわれてやるかどうか。上手くいけばそれが生きる理由になるんだと思いますね」


 わたしはゴアルガスの言葉に引っかかりを覚えた。


 確かにそうだ。


 わたしは、自分で何かをやりたいと考えたことはあまりない。ただ、ガルファスがしてくれることに応えようとして、言葉を学び体を鍛え、技術を習得した。


 外で魔物たちと触れ合って、それはとても楽しかったのだけれど、ことさら自分で何かを求めたことはなかった。


 ガルファスや魔物たちとともに生きる。


 それだけで十分だったのだ。


 お母さまとのことだってそうだ。


 処置を受ける時も、わたしは強く拒まなかった。逆らえる気がしなかったということもあるけれど、わたしはお母さまのすることが正しいと思い込もうとしていた。


 でも、ほんとうにそうだったのだろうか。


 わたしは、お母さまに言わなければならなかった。痛いのはいやだと叫び、暴れるくらいのことをしても良かった。


 なのに実際は、なにも抵抗しなかった。


 ほんとうにいやなら、城を逃げ出すことだってできたのに……


 わたしは自分で何かを決めることが怖かったのだ。だからつも誰かの助言や命令を待っていた。


 時々、わたしはガルファスにわがままを言った。


 止めてくれるとわかっているのに、困らせるために言うわがままだ。


 魔王の領地の外に出てみたい。


 外に出るということがどういうことか深く考えもせず、言葉だけで自分から動こうとしなかった。


 だから……


「わたしは、一人で生きてみたい」


 具体的なことは何もないけれど、思ったことをただ口にした。


「お? 気が変わりました?」


「わたしはゴアルガスにに言われて考え直したわけじゃない。わたしは思い出したの。ほんとうに自分がやりたかったこと。誰からの助けも借りずに外に出て、いろんなものを見てみたかった」


 するとゴアルガスは大きく口を開けて、上を見ながら大きく笑った。


 だからそんな顔はしないって。


「ハハハ! いいっすねえ! そうですよ! 生きるってのは、そういう衝動が大切なんすよ。良いじゃないですか、いろいろなものが見てみたい。おれも似たようなことを思ってますよ。いやあ、めでたい。このまま生きるのがいや……なんて言って悲しい顔されたままだったらどうしたものかと」


 “生きるのがいや”っていう時のゴアルガスは明らかに変な顔をしていた。こいつは本当にあたしを魔王と思っているのだろうか。ほんとうにふざけている。


「魔王、魔王って言っているけど、実際あんたの態度はどうにかなんないの? 普通に失礼じゃない」


 わたしはついに言ってやる。


「いやあ、尊敬はしていますよ。何しろガルファス先生が仕えていたお方ですからね。とはいえ、この性格っつうのは生まれつきなもんで早々変えられないんすよ」


「だいたい、ガルファスに似てるのも気に入らない。変な顔ばっかりするし、やめて欲しいんだけど」


「言われちゃ困りますよ。おれはもともと形がなくて、メリル様と話をしようってんで、先生の姿を借りたんですから。ぼんやりとしたままよりは話しやすいでしょう?」


「いらない気づかいね」


「へえ、そうですか。ま、どのみち現世じゃ体なんて維持できねえっすからね。今は辛抱してくださいよ」


 わたしはため息をつく。


 どうやらこいつは態度を改める気はないらしい。


 でもだからと言って、こいつをどうこうできる力も、厳しく罰する資格も、わたしにはないように思われた。


 なにしろわたしは人に負けてしまったからだ。


「じゃあ、そろそろ準備は良いっすか?」


「へ?」


 ゴアルガスが玉座に向かって歩いてくる。


「へ? じゃないんすよ。メリル様の覚悟を聞きましたから、ここから出ようってことです」


 ゴアルガスはさらに近づき、座ったわたしの目の前に立っている。


「うん……? 何かしないといけないの?」


 ゴアルガスはひどく呆れた顔をする。


 だからやめてって。


「良いから立ってください」


 わたしは言われたとおりに立ち上がる。


 するとゴアルガスは、じっとこちらを見つめてくる。


「……それで? どうすんの?」


 わたしは聞くが、あいつは黙っている。


「だから――」


「静かに! 今集中してんすから、黙っててください」


 なんという言い草だろう。


 わたしは口汚くののしってやろうかと思った。


 けれど、そんなことをする余裕はなかった。


 何かを言う前に、ゴアルガスがわたしの体に手をまわし、そして、優しく抱きしめたからだ。


「え!? ええ!? あの? ちょっと!?」


「静かにしていてください。やり方はこれで合ってるはずですが、はじめてやるんでうまくいくかどうかわからない」


「でも……」


 わたしは素直にゴアルガスの言うことを聞く。それにしても、恥ずかしいやら、怒りたいやら不思議な感覚だった。


 わたしは今までガルファスのことを信頼して、ずっと隣に置いていたけれど、こんな距離まで近づくことはなかった。


 なんだか、顔が熱くなってくる。


 出来ることなら、こいつを突き飛ばしてやりたいくらいだった。


 体に回された腕の力が強くなる。


 わたしはあと少しその力が強くなったら、ほんとうに突き飛ばしていたかもしれない。


 ふと、腕の力が弱まったように感じる。


 同時に、ゴアルガスの身体が薄れていく。


「なにしてんの!?」


 わたしは思わず叫ぶ。


「落ち着いてください。このまま現世に戻っても、メリル様の身体は安定せず、分解を繰り返すだけです。おれの力を使って、あなたを構成する核を安定させる。これでしばらくは外でも生きて行けるはずです」


「そんなことをして、あなたはどうなるの?」


「分かりません。何しろ始めてやることなもんで」


「だったらやめて! また、わたしの前からいなくなるつもり?」


 わたしはとても不安になる。


「おれのことだったら、初めからあなたの前には居やしませんよ。ただの魔素の集合体なんでね。でも、メリル様、あなたは違う。元となる体は確かにあった。それを再現するために魔素が使われているだけです。核さえ安定したら、実体を維持させることができるはずなんすよ……」


 言いながら、ゴアルガスの声は弱まっている。


「ゴアルガス!!」


「へへ……名前を呼んでくれましたね。嬉しいもんですよ。ガルファス先生からも、数えるほどしか呼んでもらえませんでしたし」


 ゴアルガスの体がさらに薄れ、わたしの体に吸い込まれていくことがわかる。わたしはそれを止めることができない。


「やめてったら……」


「安心してください。おれはいつもメリル様の近くに居ますよ。魔素とおんなじですからね。だから生きてください。でなけりゃ、おれのやったことが無駄になっちまう」


 そして、ゴアルガスが体に完全に飲み込まれた。


 まぶしい光があたりを包んだ。

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